皇王が倒れて以後、天衣一族の血を引く者達が全て、身体に異常をきたしている。
(まるで、あいつの翼の成長と呼応してるみたいだな)
 だるさの抜けない身体を引きずりながら、落葉はこの日も秀人と共に図書館へ向かった。紗綾はあの日以来、しばしば学校を欠席するようになっている。
「そう言えば、宝剣君って何で資料探ししてるんだっけ?」
 今更ながらやっと、その疑問に思い当たったらしい秀人が、落葉が目録のコピーに印を付けていた本を棚から引っ張り出しながら訊いてきた。
「それも、調べるものって言ったら民話系のばっかりでさ。何で?」
「……興味があるから、だ」
 落葉はそう素っ気なく返した。秀人には色々と世話になっているものの、一族でない彼に事情を明かすわけにはいかない。
「やっぱり僕より変わってるよ、君って」
 その言葉には返事をせずに、落葉は受け取った本の目次を見る。その中に、「有羽村の起こり」という民話があった。
「那珂、お前これ聞いたことがあるか?」
「あ、僕も知らないな。僕はそう言うのにあまり『興味が無』かったし」
「まぁ……俺達ぐらいの歳だと当たり前かもしれないがな」
 二人は、(いささか見苦しい光景かも知れないが)肩を並べてその話を読み始めた。そこには正に落葉が探していたことが、書かれていた。

 遠い遠い昔のこと。
 山の中で倒れていた天女を、麓に住んでいた若者が家にかくまった。
 やがて快復した天女と若者は恋に落ち、天女は地上に留まり子を産んだ。
 一族は栄え、天衣と名乗り始めた彼らは近隣一帯を治める豪族となった。
――彼らの始祖は、背に白緑の翼を生やしていたという。

「翼の生えた天女かぁ。それって、天女って言うより天使みたいだよね。日本だとどうしても、羽衣をひらひらさせてる感じがしない?宝剣君――あれ、宝剣君?」
「あ、ああ。何だ?」
「どうしたんだい、いきなりぼーっとしちゃって」
「さぁ。紗綾の風邪でも感染しうつったのかもな」
 珍しく落葉が冗談めいたことを言ったので、秀人は「ふーん?」と言っただけで、それ以上の興味は示さなかった。
 だが落葉の内心は、静かな興奮に今にも押し流されそうになっている。
(初代皇王の翼は、今の皇王のものと同じ色だった)
『先の皇王様の翼は、まるで海の色のような綺麗な碧だったよ』
 このことが示すのが何かは、まだ掴めない。が、極めて重要であるには違いない。
 落葉は席を立つと、本を即座にカウンタまで持っていった。その話のコピーを取って貰うためだ。
「あれ、宝剣君。もう帰るのかい?」
「ああ」
「じゃあ、僕も行くよ」
 秀人はテーブルに残っていた資料を素早く片付けると、荷物をまとめて落葉に続いた。

「――何とか間に合ったな」
 二人は駅前から出ている有羽村行きのバスに発車間際ぎりぎりで乗り込むと、最後尾の席に座った。
「最近、呉絽さんの車呼ばないね」
「あの人も具合が悪いからな。屋敷で休んでいたほうが良い」
 屋敷の使用人も全て一族の中から厳密なしきたりによって選別されている。呉絽や太布達も程度の差こそあれ体調を崩しているのだが、気丈にも休むことなく落葉達の世話をしようとしている。しかし、落葉は彼らに無理をして欲しくなかった。
「え、呉絽さんも風邪なんだ。宝弓さんと言い、そっちでは流行ってるのかい」
「そうだな」
「何だか、大変だねぇ。でも宝剣君は平気ってことは、身体が丈夫ってことだね」
「だと良いんだがな。自分が馬鹿じゃないことを祈るばかりだ。さっきの話じゃないが、まさか紗綾が風邪を引くだなんて思ってもみなかったからな」
「相変わらず、酷い言われようだなぁ、宝弓さん。けど彼女も根性あるよ、『あたしは落葉と一緒に学校行きたいのっ!』って、時々無理してやって来るしね。宝剣君随分好かれてるじゃん」
 秀人が言うと、落葉は嫌そうに顔をしかめた。
「そう言えば、この辺の昔に興味があるんだったら、天衣様のお屋敷にこそ、山ほど古文書とかあるんじゃないの?」
「かもしれない。だが、俺が頼み込んでも見せてくれるかどうかは判らないが」
「何で?って、あ、そうか。君の出生の事情って複雑だったんだよね」
 そこで何の躊躇もなくあっさりとそんなことを言ってのけるのは、流石秀人である。あまりにもあっけらかんとしすぎていて、腹を立てる気力も失せる。
 しかし、秀人の提案は、正に落葉も考えていたことであった。
 歴代の『皇王』の翼の色を、知りたい。そうすることによって、先程生まれた曖昧なひらめきを形にしたい。
 帰宅したらすぐに越智に相談しよう、と思った落葉は、闇に堕ちた景色に重なる、自分の影と視線を合わせた。

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