旧制第一高等学校寮歌解説
仄々と朝明けにけり |
昭和3年第38回紀念祭寮歌
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1、 若人は今こそ覺めよ 旅こそは昨日に繼ぎて 諸共にいざ出で行かん たまきはる 2、 朝日の春の霜置き 吹く風はまだ肌寒し *「朝日の」は、昭和10年寮歌集で「朝朝に」に変更。 3、 行きにけん人の足跡 我が前に斯くも續ける |
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昭和10年寮歌集で、次の変更があった。 1、調 ニ短調からキーを下げて、イ短調に移調した。ニ短調ではかなりの高音で歌いづらかったが、これが解消された。 2、音・拍子 「たーびこそは」の「-びこそ」(4段1・2小節) 各4分音符は、付点4分音符に変更、この2小節も8分の6拍子となり、「たあーーびーー こーーそーー はーー」と気分をこめゆっくりと歌えるようになった。 3、スラー・タイ 原譜のスラー・タイは昭和10年寮歌集で付された。 テンポはLargo 「幅広く緩やかに」である。一高先輩から「もっと速く歌え」と言われたことがあるが、この寮歌は表示のテンポどおり、ゆっくりと低く、思いを込めて歌うのがいい。私の好きな寮歌の一つである。 |
語句の説明・解釈
語句 | 箇所 | 説明・解釈 |
1番歌詞 | ほのぼのと向ヶ丘に朝が明けた。橄欖の新芽が芽吹いている。一高生よ、目を覚ませ。昨日に継いで、今日もまた、さあ、みんなと一緒に、真理追究の旅に出かけよう。真理追究の旅は、命ある限り、果てしなく続く。 「橄欖の新芽ぞ萠ゆる」 橄欖に新芽が芽吹いている。「橄欖」は一高の文の象徴。 「若人は今こそ覺めよ」 朝だ目覚めよの他に、思想弾圧が始まったことを踏まえるか。 「旅こそは昨日に繼ぎて」 真理を追究する旅は、昨日に継ぎ今日も続ける。 「憂苦の人生を旅に喩え、しかしそれを乗り越えて行こうとする。第四節第2句には『ひねもすの旅の疲労』とあって、憂苦の人生を乗り越えていくむつかしさを歌う。」(一高同窓会「一高寮歌解説書」) 「たまきはる生命の限り」 生のある限り、真理追究の旅に出かけるのである。「たまきはる」は枕詞。タマは魂、キハルは刻む、または極まるの意で、「命」「現」「幾代」「昔」にかかる。 |
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2番歌詞 | そうではあるが、自分が入学した向ヶ丘の土地には、暖かで陽射しの明るい春となっても、まだ朝は霜が降って、吹く風も肌寒い。最近の世の中の動きを見ていると、この世の中は一体、どうなっていくのだろうかと不安だ。 「然すがに我が登り來し 丘の上の柏下土」 「我が登り來し 丘の上の柏下土」は、自分が入学した向ヶ丘の柏の下土は。「柏の下土」は、柏の木、すなわち一高を育てる栄養源。一高の伝統と精神。「然すがに」は、そうあるところで、の意が古い意味。転じて、そうではあるが。それでも。 「朝日の春の霜置き 吹く風はまだ肌寒し」 左翼学生の取締りをいうか。「朝日の春」は、暖かで陽射しの明るい春。昭和10年寮歌集で「朝朝に」に変更になった。 昭和2年6月20日、”不穏ビラ撒き”で寮生2名の退寮処分告示。学校は無期停学処分に。左翼一高における左翼学生処分の始まり。 昭和3年7月6日、生徒1名、都下学生自治擁護同盟のデモに参加、日比谷署に検挙され、無期停学となる。 「見巡らす眼路の涯 仇し世の運命も知らず」 「眼路」は、目で見通せる範囲。眼界。「仇し世」は、かりそめの世。この世の中。「運命も知らず」は、どうなっていくのかと最近の世の中に不安を感じている。 |
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3番歌詞 | 周りの友達は、みな賢そうに見えて、自分を残してどんどん前にいってしまう。ひとり残された我が身が淋しくて悲しくて、涙にくれるばかりだ。 「友垣は啻賢しらに」 「友垣」は、(交わりを結ぶのを垣を結ぶのにたとえていう)ともだち。朋友。「賢しら」には、如上の意味の他、「讒言」の意味もある。 「淋しもよ之の現し身 白玉の憂を持ちつ」 「白玉」は真珠のような粒の涙。「白玉の憂」は、憂いて涙を流すこと。 「『淋しもよ之の現し身』は、挿入句で、『友垣は啻賢しうらに』は『白玉の憂を持ちつ』にかかる。あこがれて入学はしたものの、友だちは憂愁をも白玉のように美化しつつ先へどんどん進んでいってしまい、何か自分は取り残されたような淋しい現実をかみしめているのだ。『之の』は「この」と同じで、上代語では強調して『之の』ともいう。」(一高同窓会「一高寮歌解説書」) 「『白玉の憂』とは、自分の優れた才能が世の人に知られないという嘆きを意味する」(森下東大先輩「一高寮歌解説書の落穂拾い」) 「行きにけん人の足跡 我が前に斯くも續ける」 「行きにけん人の足跡」は、自分一人を残してどんどん前に行ってしまう友達のこと。 友達はどんどん前に行ってしまい、自分だけが取り残された気分だ。 |
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4番歌詞 | 終日の旅の疲れに、どうしようもなく深夜に目が覚めてしまい、またしても恐怖に襲われる。温和な自分に言い聞かそう。盲人のような足取りでよい、友達のように急いで遠くに行くことを望んではいけないと。 「射干玉の夜のくだちに」 「ぬばたま」は枕詞。「黒」「夜」「宵」、夜に関係ある「月」「夢」などにかかる。「くだち」は、夜が次第に更けること、夜明けに近い頃のこと。 「ひねもすの旅の疲れも 草枕術なく醒めて 復しても吾恐怖あり」 「旅」は、真理追究の旅である。「恐怖」は、自分だけが取り残されて真理が得られない恐怖。「草枕」は、旅寝の枕。ここでは寄宿寮での眠りをいう。 「和魂よ盲目の如く な望みそ直に遠くを」 「和魂」は温和な徳を備えた神霊。ここでは、「温和な自分」と解した。 「平和を盲目的にただ遠い将来に望んでも仕方がない」(一高同窓会「一高寮歌解説書」) |
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5番歌詞 | この上はどうであろうとも、諒闇が明け、昭和天皇が即位して、平和で明るい昭和の新しい御代となった。自分だけが人生の奥義を究めることが出来ず、何時までも、悩み苦しんでばかりいて、いいのだろうか。 「 この上はどうであろうとも。ままよ。それならばそうしておこう。唐代以後の俗語という。 「諒闇明くる御代」 大正天皇崩御(大正15年12月25日)から1年たったので、諒闇が明けての意。「諒闇」は、天皇が父母の喪に服する期間で、1年と定められ、国民も服喪した。 「彌生の光昭らけく 和みつゝ此の天地に」 昭和天皇が即位し、昭和の時代となったこと。昭和3年11月10日に天皇、京都御所紫宸殿で即位礼挙行を予定していた。「彌生」は「彌生が岡」を、「昭らけく 和みつゝ」は、昭和をかける。 「押し照れりあゝ吾一人」 「押照る」は、一面に照りつける。くまなく照る。 「白雲の奥處も知らず」 「奥處」のルビは、昭和50年寮歌集で「おくが」に変更になった(岩波古語辞典、広辞苑では、ともに「おくか」)。奥まったところ、はての意。誰も知らないことまで、自分だけ知らないと勝手に思い込んで悩んでいる。自信喪失か? 万葉886 「常知らぬ国の奥處を百重山越えて過ぎ行き」 「何時迄か泥み居るべき」 「何時迄か」は、昭和10年寮歌集で「何時迄も」に変更になった。「泥み」は、いきなやむ。なやみ苦しむ。 |