旧制第一高等学校寮歌解説

舊き星

昭和7年第42回紀念祭寮歌 

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     1ー曙
奮き星傳統(つたへ)の丘に     (きらめ)きの薄ろぎゆきて
百重雲亂るゝ中ゆ      曉闇(げうあん)の嵐を孕み
射し出づる黎明(あけ)の光は   社會(ひとのよ)自由(まゝ)(てら)さむ

     2-闘
叢雲の正義をおほひ    虚空(そら)に滿つ修羅の焰に
荒れ狂ふ東亞の朔風(かぜ)は  闘争(たゝかひ)廢墟(あと)を吹けども
狼烟(のろし)映ゆ地平を目指し   騎士(ますらを)曠野(ひろの)を馳する
    
     
3-懐
旅立ちて茲に三年(みつとせ)     情意(こゝろ)をば山に涵養(やしな)
心魂(たましひ)を野にぞ開放(はな)ちて   巡禮(めぐ)り來し旅路の際涯(はて)
見はるかす故郷の空や  見よ霽れて紅のあかきを
*「紅のあかきを」は昭和50年寮歌集で「虹のあかきを」に変更。
 
     6-篝
紅の焱ぞ燎ゆる       若き兒が祭の篝
思想(おもひ)こそ千々に分かてど  一つなる旅の哀愁(うれへ)
溢れ來る泪拂ひて      仰ぎ見む(あけ)明星(あかほし)
音符下歌詞「うすらぎ」(2段3小節)が「うすろぎ」と変更された(昭和10年寮歌集)。

 昭和10年寮歌集で、次の変更があった。
「はらみ」(4段4小節)    レードレーーに。

 3大楽節からなる3部形式の曲。この変更で第1大楽節(1・2段)と第2大楽節(3・4段)の譜は完全に同一となった。メロディー構成は、大楽節を大文字で表すとA-A-Bである。クライマックスは最後のB、リズム・メロディー・拍子(3拍子から2拍子)を変え、サブ・エンディングとしている。


語句の説明・解釈

語句 箇所 説明・解釈
奮き星傳統(つたへ)の丘に (きらめ)きの薄ろぎゆきて 百重雲亂るゝ中ゆ 曉闇(げうあん)の嵐を孕み 射し出づる黎明(あけ)の光は 社會(ひとのよ)自由(まゝ)(てら)さむ 1番歌詞
長い間光を放ってきた向ヶ丘の星の光が薄らいで行って、今にも嵐が来そうな真っ黒で幾重にも重なった乱れた雲の間から新向陵・駒場の朝日の光が射し出す。新しい朝が来れば、社会主義思想は、日の目を見て、自由になるであろう。

「舊き星傳統の丘に 燦きの薄ろぎゆきて」
 駒場移転を踏まえる。「舊き星」は、本郷一高を星に喩える。「傳統の丘」は、自治を伝えてきた向ヶ丘。「燦きの薄ろぎゆきて」は、朝が来て、星の光が見えなくなってゆく。朝は、駒場移転の朝である。
 昭和6年11月、森校長は、倫理講堂に生徒一同を集め、遅れていた駒馬移転は昭和10年夏に実施と発表した。大正7年9月19日、駒場移転準備委員会が設置された。

「百重雲亂るゝ中ゆ」
 「中ゆ」は、中から。「ゆ」は時や動作の起点を表す。・・・より。から。「射し出づる」にかかる。「雲」は、太陽の光、すなわち真理・正義を妨げるもの。思想取締りの厳しい情況をいうか。

「曉闇の嵐を孕み」
 「暁闇」は、暁に月がなく、暗いこと。また、夜明け前の暗い時。「嵐」は、社会主義思想の大量取締り処分を暗喩する。あるいは社会的大変革を意味するか。新向陵・駒場移転と、社会主義社会の到来を重ねているようである。この句に限らず歌詞全般について、意味は極めて複雑である。

「射し出づる黎明の光は 社會の自由を炤さむ」
 「黎明の光」は、新向陵・駒場。また真理・正義を象徴する太陽の光。「炤す」は、照らす。明らかにする。「社會の自由」は、この世の自由、特に社会主義を信じ、活動する自由のこと。思想信条の自由をいう。すなわち、社会主義活動は、今は弾圧されているが、いずれ正義の社会主義社会が到来し、日の目を見て自由となる日が来るであろうの意を含む。

 「自由」は「まま」と読む。同様に「自由」を「まま」と読む他の寮歌に、昭和4年「彼は誰れの」の「ひたぶるに自由なる王國を(5番)」 昭和9年「梓弓」の「自由にして胸うちひらき(3番)」がある。
 「自治」に比べ、一高寮歌には「自由」の言葉は少ないが、ないわけではない。例えば、明治37年「明けぬと告ぐる」、明治40年「朝金鷄たかなきて」、同年「あゝ大空に照る月の」 明治45年「希望の光紅に」、大正6年「比叡の山に雪消えて」、大正9年「のどかに春の」、大正10年「あゝ紫の」、昭和8年「手折りてし」、昭和8年「見よや見よや」。しかし、昭和10年「彌生の丘四十五年」を最後に、一高寮歌から「自由」なる文字は消える。
叢雲の正義をおほひ 虚空(そら)に滿つ修羅の焰に 荒れ狂ふ東亞の朔風(かぜ)は 闘争(たゝかひ)廢墟(あと)を吹けども 狼烟(のろし)映ゆ地平を目指し 騎士(ますらを)曠野(ひろの)を馳する 2番歌詞
群り立つ雲が太陽をおおって、暗い世の中となっている。満洲のの空には砲弾が飛び交い、戦場には炎が舞い上がり、胡沙吹く風は、戦いで廃虚となった跡を吹き荒れている。その満洲で荒れ狂う嵐のように、一高の左翼思想の取締り処分は、情け容赦のなく過酷を極めているが、満洲の地平の彼方には、憬れの社会主義の狼煙が上るソビエト・ロシアがある。その地を目指し、勇ましい一高生は、騎士の如く風荒ぶ荒野を駆けるのである。

「叢雲の正義をおほひ」
 「叢雲」は、むらがり立つ雲。1番歌詞の「百重雲」に同じ。具体的には軍の跋扈、思想を弾圧する権力などをいう。「正義」は、太陽。学問の自由や左翼思想が弾圧され正義の通らない暗い世の中となっている意。

「虚空に滿つ修羅の焰に 荒れ狂ふ東亞の朔風は」
 柳条湖事件に端を発した満州事変をいう。「修羅」は、あらそい。「修羅の焰」は、砲弾の焰。「朔風」は北風。「朔」は北の方角。「東亞の朔風」は、満州事変。また、満州事変に名を借りて、左翼思想大量処分の嵐の意も含む。
  昭和6年9月18日 関東軍参謀ら、柳条湖の満鉄線路を爆破、これを口実に
               総攻撃を開始ー満洲事変始まる。
     7年1月 6日  陸軍・海軍・外務3省関係課長、満州国独立方針を協定。
        2月29日 満州事変の調査で国際連盟のリットン一行が来日
        3月 1日 日本、満洲国の建国を宣言。9日、溥儀が執政に就任。

「闘争の廢墟を吹けども」
 「闘争」は、表面は満州事変のことだが、語句そのものから受ける印象は、社会主義闘争の意。従って、「闘争の廢墟」は、満州事変の戦場跡と、過酷を極めた思想問題の大量処分をいう。後述するように、昭和6年3月13日には19名の第4次大量処分が、紀念祭直前の大正7年1月23日には、15名の第5次大量処分が発表され、寄宿寮を驚かせた。

「狼烟映ゆ地平を目指し 騎士ぞ曠野を馳する」
 「狼煙映ゆ地平」は、満洲の地平の彼方には、憬れのソビエト・ロシアがある。「騎士」は、一高生の左翼学生活動家。「曠野を馳する」は、満洲の原野を馬に乗って駆ける。左翼思想の弾圧にも拘わらず、かえって高揚する左翼思想学生の悲壮なる意気をいう。すなわち、度重なる思想問題の大量処分にも拘わらず、一高の左翼思想活動は滅びない、活動は続けるとの宣言のようでもある。
 「のろし映えたり友よ腕組め」(昭和4年「彼は誰れの」6番)
 「みはるかす地平の果に 生れ出づ あかき星あり」(昭和6年「朝あくる」1番)
 
旅立ちて茲に三年(みつとせ) 情意(こゝろ)をば山に涵養(やしな)ひ 心魂(たましひ)を野にぞ開放(はな)ちて 巡禮(めぐ)り來し旅路の際涯(はて)に 見はるかす故郷の空や 見よ霽れて紅のあかきを 3番歌詞
向ヶ丘の寄宿寮に起伏しして三年、真心(まことのこころ)を丘で養い、野に出て真理追究に没頭してきた。向ヶ丘三年の真理の旅路を終えんとする時、遙かに越し方を見返すと、故郷の空は晴れて、虹が明るくくっきりとかかっている。

「旅立ちて茲に三年」
 向ヶ丘三年をいう。

「情意をば山に涵養ひ 心魂を野にぞ解放ちて」
 一高生は人生の旅の途中の三年間、人間修養と真理追究の目的で向ヶ丘に旅寝する。「情意」は、感情と意志。真心(まことのこころ)。「山」は、人間修養の場としての向ヶ丘。「野」は、真理追究のフィールドとしての向ヶ丘。寮歌では「野」「曠野」等と表現することが多い。
 「旅路はるかに見渡せば 曠野は遠く路荒れて」(昭和4年「嗚呼繚乱の」4番)

「巡禮り來し旅路の際涯に」
 「巡禮り來し旅路」は、向ヶ丘三年の真理追究の旅。聖地を尋ねる巡礼に喩える。「際涯」は、三年の旅の終わりに。

「見はるかす故郷の空や 見よ霽れて紅のあかきを」
 「見晴るかす」は、はるかに見渡す。「故郷」は、向ヶ丘。 昭和50年寮歌集で、「紅」は「虹」と変更された。「虹」は、将来の希望を表す。「あかき」は「明き」。明るい。
月魄(つきしろ)搖蕩(たゆた)ふ夕べ 橄欖花(オリーブ)の崩るゝ樹蔭(かげ)に 友をなみ暫時(しばし)憩へば 湧き出づる智慧の聖泉(いづみ)や 掬ひとる不壞(ふゑ)眞理(まこと)に たまゆらの生命(いのち)かなしむ 4番歌詞
東の空が白々として暮れなずむ夕、橄欖の花がバラバラに散った樹陰に、語り合う友もいないので、しばし一人憩えば、知恵が泉のように湧いてくる。知恵の泉から不滅の真理を掬いたいと思うが、悲しいかな、真理を得るには、人生はあまりにも短い。

「月魄の搖蕩ふ夕」
 「月魄」は、月の出る直前に、月の近くの空が半円形に白んで見えるもの。また月をいう。満月の時期であれば、東の空。「搖蕩ふ」は、ぐずぐずする。月が出そうで、なかなか出ないことをいう。
 新撰菟玖波集 「いさよふ月など詠めるも、つきしろあかりて出もやらぬほどをいふなり」

「橄欖花の崩るゝ樹蔭に 友をなみ暫時憩へば」
 「橄欖」は、一高の文の象徴である。その花が崩れた、形を失ったということは、思想の弾圧取締りがあったことを意味する。本郷一高の本館前には、大きな橄欖(「すだ椎(スダジー)」)の木が植わっていた。「友をなみ」は、友達がいなくなったので。「なみ」は「無み」、「み」は接続助詞で、形容詞(まれに形容詞型活用の助動詞)の語幹につく。多く上に「を」を伴い、・・・のゆえに、・・・なのでの意で原因・理由をあらわす。左翼学生活動で処分されたのであろうか、あるいは処分を恐れてであろうか。
 「かたみに語らふ 友をなみ」(大正15年「烟争ふ」3番)
 「昭和6年3月13日 学校、思想問題で19名の第4次大量処分発表。放校1、除名3、停学11、戒飭4。この年、学生の左翼思想事件頂点に達し、全国で395件、学生処分991人。他方、学生の右翼組織も拡大する。」(「一高自治寮60年史」)
 「昭和7年1月25日、学校当局は、前年11月に以来起った三高戦問題に関連し、検挙された左翼学生ならびに”使嗾されたとみられる者”計15名について、除名1、停学9、戒飭3、注意2の処罰を発表した。」(同上)
 「1月25日には寮生13名の處分發表せられて寮内を驚かしぬ。こは去んぬる年、三高戰問題に關連して検擧を受けたる左翼運動の關係者及び之に使嗾せらし(使嗾せられし?)者に行はれたるものにて、以て將來の輕擧妄動を愼めしものなり。眞の學理の探究に身を置かず徒に街頭に身を下して輕擧妄動をなし、かゝる多數の被處分者を出せるに至りしは千載の恨事と云はざるべからず。」(「向陵誌」昭和7年)

「湧き出づる智慧の聖泉や 掬ひとる不壞の眞理に」
 「智慧」は、真理を得る智惠。「不壊の眞理」は、不滅の眞理。「掬ひとる」は、真理を得る。

「たまゆらの生命かなしむ」
 「たまゆら」は、ほんのしばらく。少しの間。
 「たまゆらの、三年が憩ひ 吾がおもひ、語り得果てず 去りぬべき、運命近きを 高樓に、わびし鐘の音」(昭和2年「たまゆらの」1番)
 「真理は永遠なるに、之を究める人生のあまりに短きを惜むふかい心に、今も共感を覚える。」(井上司朗大先輩「一高寮歌私観」)
荊棘(いばら)蔽ふ嶮岨(こゞ)しき道を 踏分けて登りし丘や 啓蒙(みちびき)豫言(をしへ)の鐘を 使命(つとめ)知る同志(ともら)と共に 四十二の祭に撞けば (こだま)すよ飢餓(うゑ)の巷に 5番歌詞
左翼思想取締りの厳しい道を、処分を恐れながら向ヶ丘に登り、社会主義社会の到来を予言するマルクス・エンゲルスの思想の実現のために、同じ使命を悟った同志と共に、第42回紀念祭の鐘を撞けば、その鐘の音は、資本家に搾取され、飢えに苦しむ労働者の住む町に「万国の労働者よ団結せよ、起ち上がれ」と谺のように響く。

「荊棘蔽ふ嶮岨しき道を 踏分けて登りし丘や」
 「荊棘蔽ふ嶮岨しき道」は、左翼思想取締りの厳しい道。何時、左翼活動を行っていることが発覚して、重い処分を受けるかもしれないことを覚悟しての意。厳しい受験勉強のことと解しては、後の句との脈絡が繋がらない。

「啓蒙の豫言の鐘を 使命知る同志と共に」
 「啓蒙の豫言」は、資本主義は歴史の必然性をもって亡び、万人が平等で飢えのない社会主義の世が来るとのマルクス・エンゲルの資本論に説く予言。「使命知る同志」は、社会主義社会の実現を使命として活動する左翼学生運動家。彼等の使命は、貧民街に救済事業を行うセツルメント運動とは似て非なるものである。
 「ひゞくなる鐘の端嚴しき 塵深き伏家にあれど 黙示知り感激に笑む 若き兒に友情あり」(昭和6年「朝あくる」5番)
「『使命』とは衆生救済の使命であり」(一高同窓会「一高寮歌解説書」)

「四十二の祭に撞けば」
 「四十二の祭」は、第42回紀念祭。度重なる一高の左翼思想大量処分にも拘わらず、一高における左翼学生活動は滅びない、まだ活動を続けていると世間に健在ぶりをアピールした表現ともとれる。

(こだま)すよ飢餓(うゑ)の巷に」
 「飢餓の巷」は、資本家に搾取され、飢えに苦しむ労働者の住む街である。ちなみに、昭和5年に世界大恐慌が日本に波及し、産業界では操業短縮が盛んに実施され、失業者が巷に溢れていた。この不況は昭和7年ごろまで続き、昭和6年は不況の真っ只中にあった。農村部も東北・北海道の冷害による不作が深刻で、東北の農村では娘を売りに出すほど疲弊していた。寮歌の解釈には、経済的社会的な時代背景の理解も必要である。昭和7年の5.15事件では、血気にはやった青年将校が起ちあがったが、一高生も、一高生なりに社会の矛盾を感じ、若さゆえの正義感から社会主義活動に身を投じた者も少なくなかった。
 「特に注目されるのは『5 - 啓』において、宗教的な意味での啓示が眼目に据えられている点であり、『使命』とは衆生救済の使命であり、『飢餓の巷』は救済すべき貧民街を意味していると思われる。」(一高同窓会「一高寮歌解説書」)
 「寮の外の世界に渦巻くイデオロギーに対し、限度一杯の共鳴をもらしている。」(井上司朗大先輩「一高寮歌私観」)
紅の焱ぞ燎ゆる 若き兒が祭の篝 思想(おもひ)こそ千々に分かてど  一つなる旅の哀愁(うれへ)に 溢れ來る泪拂ひて 仰ぎ見む(あけ)明星(あかほし) 6番歌詞
篝火は、紅蓮の炎と燃え上った。さあ、若い一高生が楽しみにしていた紀念祭の日がやって来た。信じる思想は各人によって異なるが、真理を求める旅で陥る愁いは同じである。溢れる涙を払って、今宵は、明の明星が出るまで、夜通し紀念祭に酔いしれよう。

「紅の炎ぞ燎ゆる」
 「紅」は、護國旗の紅であるより、ソ連国旗の赤い星(五芒星)を意識したものであろう。「燎原」の「燎」の字も社会主義の運動が「燎原の火の如く」広がれとの願を込める。「燃えたてよのろしのかゞり」(昭和4年「彼は誰れの」6番)と同じ意と解す。

「思想こそ千々に分かてど 一つなる旅の哀愁に」
 「思想こそ千々に分かてど」は、信じる思想は一高生により異なっても。「一つなる旅の哀愁に」は、同じように真理を追究して味わう哀愁。

「仰ぎ見む曉の明星」
 「曉の明星」は、明の明星。明の明星は、夜明け近くに東の空に現れる。
 
                      

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