旧制第一高等学校寮歌解説

群雲を紅染めて

昭和5年第40回紀念祭寮歌 

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1、群雲(むらぐも)を紅染めて      天つ日は輝き落ちぬ
  水や空(さかひ)も知らず    ひと色に暮るる蒼海(わだつみ)
  沈み行けさらば日の影  今ははたかへり見すまじ
  新しき燈火(ともし)掲げん     わが船の(へさき)に高く

2、眞理(まこと)の樹綠なす國    いづくにか求めん舟路
  さきがけの光榮(はえ)に誇りつ 自治の笛高ひヾかせて
  出で立ちしかの(あした)より  檝枕(かぢまくら)波にいく年
  涯しなきゆくへ思へど   歎息(なげき)せぬわれら若き兒

4、使命(つとめ)知るわれら若き兒  (たぎ)つ血の杯擧げて
  もろ共に雄誥(をたけ)びすれば  叫び和す新潮(にひしほ)の聲
  いざ行かん怒濤(なみ)のたヾ中 わが道をひらき進まん
  目指すかた見よ雲裂けて (きらめ)くや今宵新星(にひぼし)
平成16年寮歌集で、次のとおりの変更があった。

1、音の変更
 「むらぐもを」の「を」(1段2小節)   レ
2、歌詞各七語の終わりに、全てフェルマータを付けた。
 (例)くれないそめて(フェルマータ)、・・・かがやきおちぬ(フェルマータ)。


語句の説明・解釈

語句 箇所 説明・解釈
群雲(むらぐも)を紅染めて 天つ日は輝き落ちぬ 水や空(さかひ)も知らず  ひと色に暮るる蒼海(わだつみ) 沈み行けさらば日の影 今ははたかへり見すまじ 新しき燈火(ともし)掲げん わが船の(へさき)に高く 1番歌詞 集まり群った雲を真っ赤に染めて、太陽が輝きながら没した。海の色も、空の色も区別がなくなって、薄暮色一色に海は暮れていく。太陽よ、沈むなら沈んでいけ。今はもう顧みることはしない。我が船の舳先には高々と新しい灯を掲げよう。

「群雲を紅染めて」
 「群雲」は、あつまりむらがった雲。主に雨降り前後の雲、月にかかる雲をいうが、ここでは落日にかかる雲。夕焼け雲。

「天つ日は輝き落ちぬ」
 「天つ」は、天界の、天界にあるの意。太陽。真理、正義を象徴する。
 「綠なす草野の上に かゞやきし日はしづみゆき 光なき夜は來りぬと」(昭和9年「綠なす」1番)」

「水や空界も知らず ひと色に暮るる蒼海」
 「わだつみ」は、「海(わた)」つ「霊(み)」の意で「海神」のことだが、海神のいるところ、すなわち「海」の意にも用いる。

「沈み行けさらば日の影 今ははたかへり見すまじ」
 「沈み行けさらば日の影」とは、古い眞理、すなわち古くなった伝統をいう。今はもう顧みる必要はないのである。駒場移転を念頭に置いているとすれば、本郷の向ヶ丘を暗喩する。

「新しき燈掲げん わが船の舳に高く」
 古い伝統を捨て、新しい自治の灯を自治寮に高く掲げよう。「燈」は自治の理念、新しい伝統。「船」は自治寮。寄宿寮を自治の船に喩える。駒場移転を踏まえたものであろう。
 「我のる船は常へに 理想の自治に進むなり」(明治35年「嗚呼玉杯に」4番)
 「而も吾人は近き將來に於て此の美しき傳統の城向陵を去り、芳草青々たる駒場原頭に新自治城を建設せんとす。嘗て安井小太郎先生歌うて曰く、「祅氣如今満天地、願爲君王長城」と。嗚呼、眞に駒場の新自治城を以て敢て向陵に劣らざる君主の長城たらしめんと欲せば、吾人たる者茲に一層光輝燦爛たる過去先人の業績を追想せざるべからざるなり。」(「向陵誌」昭和5年2月)
眞理(まこと)の樹綠なす國 いづくにか求めん舟路 さきがけの光榮(はえ)に誇りつ 自治の笛高ひヾかせて 出で立ちしかの(あした)より 檝枕(かぢまくら)波にいく年 涯しなきゆくへ思へど 歎息(なげき)せぬわれら若き兒 2番歌詞 橄欖が香り、柏葉の綠もぞ濃き理想の自治を目指すには、どの方向に針路をとったらいいのか。全国の高校に先立って自治を認められた光栄を誇りながら、高らかに自治を掲げて寄宿寮を開寮してから、幾年たったか。理想の自治を求めて、これからも果てしなき旅を続けなければならないが、我等一高生は決して歎いたりはしない。

「眞理の樹緑なす國 いづくにか求めん舟路」
 「眞理の樹緑なす國」は、不滅の真理。理想の自治。あるいは、「國」という語と全体の脈絡から、地上の楽園といわれた社会主義の理想郷を暗喩するのかも知れない。「緑なす」は、常緑の、不滅の。
 「綠なす眞理欣求めつゝ」(昭和12年「新墾の」序)
 「永劫の眞理を求めつゝ おどろの浪の八重汐路」(昭和5年「溟滓る胸の」5番)
 「我のる船は常へに 理想の自治に進むなり」(明治35年「嗚呼玉杯に」4番)

「さきがけの光榮に誇りつ 自治の笛高ひゞかせて」
 「さきがけの光榮」は、全国の高等学校にさきがけて自治を認められた誉れ。
「濁れる海に漂へる 我國民を救はんと 逆巻く浪をかきわけて 自治の大船勇ましく」(明治35年「嗚呼玉杯に」3番)

「出で立ちしかの朝より 楫枕波にいく年」
 「楫枕」は、楫を枕に寝るの意で、舟の中に泊まること。寄宿寮を自治の舟に喩える。「波に幾年」は、40年。明治23年3月1日、東・西寮に入寮が許可され、一高の自治の歴史は始まった。

「涯しなきゆくへ思へど 歎息せぬわれら若き兒」
 「涯しなきゆくへ」は、理想の自治に辿りつくには、まだまだ行く先は遠い。「若き兒」は、一高生。
風おこり雲(はや)く飛び 落ちかゝる鳥羽玉の闇黑(やみ) 虚空(そら)に滿つ怪しき沈黙(しゞま)  夜嵐(よあらし)の怒りをはらむ 輝かせわれらが燈火 この一夜照らせ荒海 (すべ)知らず暗闇(やみ)に彷徨ふ 諸船にゆく手示さん 3番歌詞 風起こり雲の流ははやく、闇の帳が落ちようとして暗く、辺りは不気味な静けさに包まれている。今にも、夜の嵐が襲ってきそうである。我らが船の舳先に掲げた燈火を輝かせ、この一夜、荒海に行く手を照らせ。真っ暗な荒海になす術を知らず、木の葉のように漂う僚船に行く手を示してやろう。

「風おこり雲疾く飛び 落ちかゝる鳥羽玉の闇黑 虚空に滿つ怪しき沈黙 夜嵐の怒りをはらむ」
 自治の船が遭遇する幾多の困難をいうが、その実、全国的な思想取締り、なかんづく一高における左翼学生の大量処分(所謂「三月事件」)をいうものであろう。この紀念祭の直後には、さらなる第二次の大量処分を控える。寮生の重く暗い雰囲気を伝えるものと理解したい。「烏羽玉の」は、「闇黑」にかかる枕詞。
 昭和4年3月 9日 学校、思想問題で第一次大量処分発表。IS会員
             (一高社会科学研究会)16名を処分。
 昭和4年4月16日 共産党員全国的大検挙、起訴339人(4.16事件)
 「而して此の學年末に當り、思想問題より生徒18名の犠牲者を出し、且之と関聯して向陵刷新會の解散を命ぜられたるは、光輝ある向陵の歴史に取りて大いに遺憾なる事件なりとす」(「向陵誌」昭和4年)
 「5名の新任委員中4名までも『三月事件』で奪われた我瓣論部は、ここに一大受難期に遭遇しなければならなかった。厚生か?將、また壞滅か? 學校當局の過重なる干渉と、保守的寮生の惡罵、嘲笑との嵐の中に我瓣論部は、あまりにも重き歴史的使命をその双背に擔ふべく、再建に努力せねばならなかった。」(「向陵誌」昭和4年瓣論部部史)

「術知らず暗闇に彷徨ふ 諸船にゆく手示さん」
 「諸船」は、仲間の船(僚船)。国民ともとれる。
 「自治の光は常暗の 國をも照す北斗星 大和島根の人々の 心の梶を定むなり」(明治34年「春爛漫」6番)
使命(つとめ)知るわれら若き兒 (たぎ)つ血の杯擧げて もろ共に雄誥(をたけ)びすれば 叫び和す新潮(にひしほ)の聲 いざ行かん怒濤(なみ)のたヾ中 わが道をひらき進まん 目指すかた見よ雲裂けて (きらめ)くや今宵新星(にひぼし) 4番歌詞 大恐慌の下で国民が重く苦しんでいるとき、何をすべきか、一高生は自分の使命をよく知っている。悲憤慷慨の気持ちが激しく湧き起って、仲間と共に勇ましい掛け声を上げれば、新潮が大きな波音をたてて応える。怒濤逆巻く厳しい環境にあっても、自分の道は自分の努力で切り開いて、信じる道を進んでいこう。目指す方向の雲が晴れてきた。今宵はきっと新しい望みの星が瞬くことであろう。

「使命知るわれら若き兒」
 「使命」は、「眞理の樹緑なす國」(2番歌詞)を求め、「術知らず暗闇に彷徨ふ諸船にゆく手示さん」(3番歌詞)こと、すなわち済世救民が一高生の使命である。

「激つ血の杯擧げて」
 「激つ血の杯」は、悲憤慷慨の心。酒を飲むわけではない。

「もろ共に雄叫びすれば 叫び和す新潮の聲」
 みんなと一緒に勇ましい声を上げれば、同調し大きな波音をたてる新潮。「新潮の聲」は新しい思潮、社会主義のうねりのことであろうか。
 「遠ち方に波ひゞくあり ひた寄する潮聞くやわが友」(昭和4年「彼は誰れの」4番)

「いざ行かん怒濤のたゞ中 我が道をひらき進まん」
 「怒濤の中」は、厳しい環境をいう。左翼思想取締りが吹き荒れる中。したがって、「我が道」は、社会主義の活動の世界である。

「目指すかた見よ雲裂けて 燦めくや今宵新星」
 「新星」は、新し自治の指針の星か、それとも社会主義の星(ソ連)か。「雲裂けて」は、雲間から太陽(真理・正義)が顔を出したこと。「雲」は、行く手の障害、すなわち社会主義思想取締りを暗喩する。
 「北の方星ひとつあり 赤ひかる星見ずやわが友」(昭和4年「彼は誰の」2番)
 「世界の光 雲破る 新興日本に 友よ起て」(昭和5年「鯨波切りて」2番)
            
先輩名 説明・解釈 出典
園部達郎大先輩 作曲者・水野重幸君(昭7)は同じ文二の同級生。・・・幼にしてバイオリンを習い、『楽友会」の重鎮、『群雲を』と『吹く木枯に』(昭7)の2曲を為した。・・・昭和6年、理端の八木進君が『数字の譜を五線譜に堂々と直したいが」、と言ってきた。私は即座に水野君を推薦。私共の『西寮三番』の前でテストを開始、八木進はじめ理端の連中の歌うのに合せて、水野君が弾き(バイオリン)、それを五線譜に写すというやり方。始めたのがお互三年二学期だから、どれだけ採譜したか分からぬが、これが切っ掛けになって、井上司郎さんに依ると、加藤武雄、保田虎之助(共に昭11)、藤井正雄(昭12)らによって現在の『寮歌集』に成ったという。 「寮歌こぼればなし」から
            

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