この頃、私の周りには「イトウクラフト」の竿を使用する人が増えてきた。大量生産ができない工房の竿はなかなか手に入りにくい。また、その竿の調子すら振ってみることが出来ない。私自身、そこの工房のライディングネットを注文したが、残念ながら断られてしまった。息子の友人の一人はその竿の愛用者である。
昨年の晩夏、ボートを利用し田子倉湖より「とある沢」に入渓した。その友人A君は福井県出身で九頭竜川や三母衣ダム付近でルアー竿を振り回していたようだ。釣り技のほどはよくわからないが、息子が撮った写真の中から、確かな腕を持ったルアーマンであることは理解できた。息子のようにルアーを投げている後ろから、大鳥梁山泊の面々が指導してくれるのとは違い、自己流でここまでくるにはずいぶんと勉強したに違いない。
今、私は自分が竿を振ることより、他の人が竿を振っている姿を見る方が楽しい。枯れてきたわけではないが、特に若い人が振っている姿はうれしく、頼もしく思えてならない。そのA君はここぞという淵でみごとなルアーテクニックを見せてくれた。小渓ではないが、竿はイトウクラフトの510ULXを使用しラインは5ポンドと決して大物使用ではなかった。彼はまた歩くライン取りも確かで、ルアー竿を片手にむずかしい沢をうまく飛び回っていた。それは彼の釣り技をを物語っていた。ポイントポイントにルアーをうまく着水させ、あたかも傷ついた小魚のように泳がせている。だが、なかなか岩魚は飛び出ない。まだ、遡上していないのではと脳裏を横切る。数は出ないが小物はかかる。最後の遡上止めの滝を目指し、右岸より10メートル程度の岩場を越える。滑る岩場から岩棚を四つ足で越えて、やっと一人が立てる場所に2本つなぎののロッドを三人手がかりで渡すとA君はロッドを静かに振った。一投目、中心の流れより右下にルアーが近づいた瞬間、左深場より黒い大きな影が飛び出た。ルアーアクションに負けた岩魚は一気に飛び出て、ミノーをくわえ込んだ。足場の悪い中でのヒット、大物である。また、手渡しにネットを渡し、足場の悪い岩棚からうまく取り組むことが出来た。急いで岩棚より降り、小さい滝の溜まりに岩魚を放した。あまりの大きさにA君は声も出ない。息子は自分の記録を破られてしまっているのではと思いながらも笑顔が絶えない。計測すると52p、息子の記録より1p少ないが、A君にとってはトロフィー物。記念撮影後、A君は当たり前のように大岩魚をリリースした。息子もA君も、そこが私との大きな違い、若者と老人の差だろうか。頭の中には剥製が横切ったが・・・・。
宿の「とんじろ」に戻ってからいろいろと反芻する。あの竿で難なく大岩魚を取り込むパワー、そして難なく出来るルアーアクション。A君がひじょうに竿を大切に使用していたことがすべて理解できた。源流で竿を傷つけず、持ち歩くことは不可能であるが、神経質なまでに竿に注意を払っていたのがよくわかる。私は道具は所詮、消耗品と考えていたが・・・・。今の若者は立派である。少し見習う必要性を感じた。その夕方、宿の若手梁山泊数名で本流に出かけた。釣り技はまちまちで、フライの名人・ルアーの名人と多種多様。ただし、えさづりは禁止されたようだ。その結果、やはりA君のロッドに大物が飛び出たようだった。フックが浅かったせいか、取り込みは出来なかったらしい。若手のフライマンも見事な放物線を描く。また、ルアーラインも一直線に見事に描く。老兵は過ぎ去るべきである。
年が明け、金銭的に余裕があったので「イトウクラフトのパックロッド」を探しに行った。運が良いことに1本手に入れることが出来た。ただし、使用は7月の源流でと考えている。さて、第一投目が楽しみである。A君も5月の連休用にEXC820MXを手に入れたと息子からメールが入った。ただし、サクラマスでもう引きを楽しんだと報告が来ている。私もその竿を触らしてもらおうと今から楽しみにしている。
A君が惚れ込んでいる竿は大学生にとっては高嶺の花である。しかし、彼はそれを4〜5本を所有している。どんなに苦労して手に入れたのか、竿の扱いを見ているだけで想像が出来る。彼の心を強く動かす「イトウクラフト」に頭が下がる。名竿こそ、素晴らしいルアーマンが生まれるのではと思えてならない。私のようなキャッチ&キャッチマンでは名竿を使う資格はないのだろうか。彼らの心情に少しでも近づければ、そのロッドを振ることを許してもらえるだろうか。今年の源流が待ち遠しい。
平成17年2月記 袖太郎
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