青と蒼と藍

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VS士郎(シロウ)

第5話

 聖杯戦争

 その名で呼ばれた戦いが終わって早数ヶ月。
 あの戦いのあと、わたしの周囲の環境はめまぐるしく変わった。
 そのなかでも最大の変化の一つである要因をつくった少女、セイバー。わたしのサーヴァントとして聖杯戦争をともに戦い、聖杯が失われたあともこの世にとどまることを選んだ少女。

 初めのころは彼女とのつきあいかたにわたしも少し不安を覚えた。
 誇り高き騎士にして類まれなる剣の使い手。にもかかわらず、時々やたらと可愛い仕草をはなちまくり、同性であるわたしまで邪まな妄想に取り付かれてしまうほどのかわいらしい女の子。ちょっとばかし食い意地の張ってるところが若干あれだけど、サーヴァントのため歳を取ることが無いという永遠の美少女。

 そしてなにより――ある意味で私の最大の敵。

 反則だ。間違いなく反則。
 その存在そのものが反則。
 敵とするにはあまりに強大すぎる。

 でも、ある意味においてわたしの最大の敵ではあるが、彼女との生活は純粋にわたしも楽しい。女の友情、なんて軽々しく言うつもりはないけど、ともに命をかけて激戦をくぐりぬけて来たのだからやはりいろいろと分かり合えることもある。
 彼女のいない生活などもう考えられないぐらいにわたしの生活に浸透してきているセイバー。これからもきっとそうなんだろうし、そうあってもらいたいと心から思っている。

 で、もうひとり。
 私の生活の――というより私の人生において、その存在を徐々に巨大化させているもうひとりの人間。
 衛宮士郎。
 正義の味方を目指すと公言する、それはちょっとどうなのよ的な少年。ただ、あんまりにも真面目に、愚直にそれを目指し続けるものだから、なんとなくわたしまで「ああこいつはこれでいいのかなあ」なんて思ってしまい微妙に眉をひそめてしまう今日このごろ。
 こいつが私の人生においてもっとも大事なポジションをしめるだろうことは明白。というかもうすでに決定済み。
 こいつがまっすぐに生きていくことを見守ること、あるいは道を踏み外しかけたら蹴っ飛ばしてでもそれを修正してやること、それが今後のわたしの生き方のひとつ。

 しかし。
 なんだかこう、最近、すでにその道を踏み外してしまっているような気がしないでもない。



 人はさまざまな経験をつむことで成長する。
 衛宮士郎はほかの男では望んでも決して手に出来ないものを手にいれた。それも二人同時に。
 その経験が彼を強くする。その成長度は目を見張るばかり、あるいは腰を抜かさんばかりか、いろんな意味で。
 まさかこれほど急激に変わるとは想像もしていなかっただけに、わたしは少々動揺を禁じえない。最初のころはわたしがイニシアティブをにぎっていたはずなのに……

 わたしとセイバーの関係が変わってきたのもこれが原因のひとつといえるだろう。間違い無いのは、これのおかげでわたしたちはお互いを分かり合えることが出来たということだ。おなじ悩みを持つものとして。
 つまりあれだ。
 敵の敵は味方。
 最大の敵と思われていた少女は今や最大の味方となり、ともに生きていこうと誓った少年はなぜか目下のところ最大の敵となりおおせた。





 春も半ばを過ぎ、最上級生としての学園生活にも次第に慣れ始めたある日。
 わたしはまたしてもおなじクラスとなった三人の少女と昼食をともにすることになった。

「おー、由紀っち。ついに薄情もんの遠坂をつれてくることできたのか」

 人を一目見るなり薄情者よばわりしたのは蒔寺楓。わたしの数少ない悪友の一人で陸上部の走るほうのエース。

「念願かなう、か。よかったな、三枝」

 クールにそう言うのは眼鏡をかけた美人、陸上部の高く飛ぶほうのエース、氷室鐘さん。あまりわたしとは面識がなかったが最近はこうしてよく会う。ま、あいだに他の誰かがいるのが普通だけど。

「え、あ、その……」

 そして、わたしの隣でちょっと困ったように小さくなっているのが三枝由紀さん。可愛らしいというよりも愛らしいといったほうがしっくりくる女の子。なぜか私を気にかけてくれてたびたびこうやってお昼ご飯に誘ってくれる。今回は前もってお弁当を用意したのでようやくそのお誘いに応えることが出来たというわけだ。

 本来わたしにはお昼をともにするべき人間がいるのだが、そいつとは最近冷戦状態にある。そもそもわたしたちの関係は学校のほうでは秘密にしている。まえはこっそりと屋上で会ったりもしていたが、このごろは陽気も暖かくなって屋上も人が多くなり人目につきやすくなったのでそれもやめにした。
 だからまあ、一人でさびしくお弁当を食べるのもなんだし、三枝さんのお誘いに乗ろうかなと思ったわけである。

「薄情者とはずいぶんですね、蒔寺さん。これでもあなたよりは礼儀を心得ているつもりですけど」
「だったらそんな顔で人を見るなっつうの」

 口を尖らせながらそんなことを言ってくる蒔寺。
 これで和服を着せたら日本美人に早変わりするのだから世の中は不思議だ。おまけにいろいろな風鈴やガラス細工などを集めるのが趣味で、それに関しての造詣はわたしよりも深い。やっぱり不思議だ。

「そんな顔とは?」
「だからそれだよ、それ。微笑みながら目に殺気をためるなっての」
「……おもしろいこと仰るのね……蒔寺さん」
「げ、マジ怖え」

 言いながらお箸を両手に構えるのは一体なんのまねなのか。

「まあ落ち着け、蒔の字。三枝が困っている」

 氷室さんがすっとそばの椅子を引いてくれる。

「え、あ、うん。ありがと、鐘ちゃん」

 わたしと蒔寺の言い合いにちょっと怯んでいた三枝さんがほっとしたようにその席に座る。
 となるとわたしとしてもこのまま蒔寺を睨み殺すわけにはいかないわけで、持ってきたお弁当箱をつくえにおいて椅子に座った。

「ふむ、では食事にしようか」
「そうですね、そうしましょう」
「まあいいけどさー」
「は、はい」

 三者三様の返事をし、三枝さんのひかえめな「いただきます」の声とともにわたしたちは昼食に取り掛かった。




「あ、このお弁当、遠坂さんが作ったんですか?」
「ええ、そうですよ、三枝さん」

 だしまき卵をつつきながら答える。甘くてふんわり。溶かしたバターを溶いた卵の中に入れるのがポイントだ。うん、今日のは上出来。

「ええー、遠坂が料理ー、うそつくな、にあわねー」

 なんとも無礼な言いぐさはもちろん蒔寺。語尾をのばしてしゃべるのはどうかと思うけど?

「……蒔寺さんが普段どういった目で私を見ているのかが良くわかる台詞ですね」

 にっこりとわらう。

「うっ、こ、怖え。だから表情だけで笑うなっての。目が怖いんだよ、目が」
「あら、ずいぶんと失礼な仰りよう……」
「ふん、こっちだって、そのタカビーな喋り方が頭に響くんだ」

 なんとなく睨み合うわたしたち。

「蒔、命がけで遠坂嬢をからかう勇気には敬意を評するが、できれば一人のときにしてはもらえないか。不毛な争いには巻き込まれたくないし、ほれ、三枝が泣きそうになっているぞ」
「ま、蒔ちゃん、べつにわたしは……」

 おびえる小動物みたいになってる三枝さん。いけない。またやってしまった。確かにこれは反省ものね。最近どうも情緒が不安定のような気がする。

「ごめんなさい、三枝さん。せっかく誘ってもらったのに無粋なまねをしてしまって。それから蒔寺さん。今日のところはやめておきましょう。でも、次に会う時にはもう少し言葉を選んでくれると嬉しいですね」
「最後にさりげなく脅すなっての。わーかったよ」

 ぶーっ、てな感じで頬を膨らませる蒔寺。一度、本気で矯正させる必要があるかしら、などとちょっぴり不穏なことを考えてみる。はぁ、駄目ね。いくら敵わぬ戦いに最近疲れているとはいえ、こんな余計なことに労力を消費するわけにはいけない。

 我が力はすべてあの男を倒すために―――




 とまあ、そんなこんなで昼食も終わり、わたしたちは休憩時間をてきとうに話しながらすごす。
 三枝さんのほにゃっとした笑顔がとってもかわいい。こういう子を前にすると隠している尻尾をつい出してしまいそうになるのでちょっと危険だ。

「ありゃ、なんかおもしろそうなことやってる」

 突然素っ頓狂な声をあげたのは――もう言わなくてもわかっている。蒔寺は窓から身を乗り出すようにして外を見下ろしていた。
 わたしたち三年生の教室は一階と二階にあるのだが、この教室は二階、それもちょうど角の教室。見下ろせばすぐそばに体育館があり、蒔寺はその体育館の裏のほうへ目をやっているようだった。

「ああ、こりゃあれだね、男女の密会ってやつ」
「み、み、みっかい?」

 三枝さんがちょっとばかり首をかしげているが、蒔寺のほうはもう聞こえていないようだ。ただ、目をこらしている。

「んん……良く見えないなあ」

 やれやれ、蒔寺もやっぱりそういうのは好きみたいね。

「女の子のほうは全然わからないや。男のほうは……うーん、髪の毛の色しかわからないなあ。赤い髪の男なんてこの学園にいたっけ」

 女の子ってこういうの――え、赤い髪?

「ほう、どれ」

 あまり興味のなさそうだった氷室さんが蒔寺の言葉に反応した。遠めで見やり、うむ、とうなずく。

「なるほど。顔は見えないが、あの赤いつんつん頭には見覚えがあるな」
「え? そうなの、鐘ちゃん?」
「えー、誰だよ」
「ほら、最近有名になりつつあるあの男だ」

 有名に――なりつつある?

「あー、あれがそうなのか」
「え? え?」

 なっとくした蒔寺と困惑している三枝さん。

「あの、鐘ちゃん? ええと、その、有名って?」
「ん? ああ、三枝はこういう話しは知らないか、じつはな……」
「実はね由紀っち。ここんとこ女子どもの間でうわさになりつつある男がいるわけなのよっ!」

 説明しようとする氷室さんをさえぎってなにやら自慢げに話し始める蒔寺。突っ込むべきところだがわたしはそうしなかった。
 だって――わたしも知りたいし。

「この学園には女子に人気のある男がもちろん何人かいるわけなんだけど、最近その勢力図に変化が見えはじめたってわけ。で、その急先鋒があいつ。このあいだまで入院していた間桐慎二や、ちょっとおかしな堅物生徒会長の柳洞一成、この一、二番人気の両者の間に割り込んできたのが、あいつ、衛宮士郎なのよっ!」

 どどーん、てな効果音でもつきそうな勢いでまくしたてる蒔寺楓。

「ええと、衛宮士郎くん?」
「おう、由紀っちも聞いたことくらいあるんじゃないか?」
「え、う、うん。すごい、やさしい人だって……」
「優しい? あれはそんなレベルのもんじゃないね。お人よしだよ、お、ひ、と、よ、し」
「ふむ、まあ、数々の伝説を持つ男だからな」

 伝説? ああそうか、氷室さんは走り高飛びの選手だったわよね。だったらあのことのうわさぐらい聞いていても不思議じゃないか。
 でもそんなことよりも気になることがある。
 あいつが?
 衛宮士郎が?
 慎二や生徒会長並みに人気がある?
 あの二人とおなじくらい人気があるってことは、それってつまり、この学園でもかなりもてているってこと?
 あの衛宮士郎が?

「ちょっと前まではやさしくて気のきくいい人、てだけの評判だったんだけど、なあんか最近はそれが変わってきたんだよねえ、とくに下級生どもに」
「そ、そうなの?」
「そっ。背も伸びたし、顔つきも変わったし」
「なにより雰囲気が変わったな。私も二年のころになんどか見かけたが、あのころと今の衛宮はまるで別人だ。この数ヶ月でよほどの変化があったのだろう。士、別れて三日、即ちさらに刮目してあいたいす、だな」
「な、なんだそれ」
「うん、そうだな、しばらくぶりにあった友人が驚くほどの成長をはたしていた、と、まあそんな感じの意味かな」
「このあいだ会った美加みたいに?」
「……あれを成長したといえるかは、非常に微妙だな」
「え? でも、奇麗になってたよね、すっごく」
「そうとうお金かけたみたいじゃん」
「美への執着心というやつか。まあ、あの女のことは置いておくとして」
「そうそう、衛宮。このあいだも告白されたらしいぞ、それも一年に」
「入学したてで男をつくろうとするとは、今年の新入生はなかなかやるようだな」
「そ、そうなの?」
「あー、由紀っちにはまだ早いかな、こういう話題は」
「ふむ、三枝に男ができたらショックを受ける人間が多そうだな、いろいろと」
「そうだね、それはあるかも。でも――衛宮とかいうやつもやるね。新学期になって告白されたのこれで何度目よ? うわさになったやつだけでも」
「今日のをいれてすくなくとも三回は聞いたな、私は」

 なんて楽しそうに話を続ける三人組。一人は若干取り残されぎみだけど。




「おもしろそうね。その話――わたしにもくわしく教えてくださらない」


 努めて冷静さを装い、わたしはそうたずねた。
 淡々と。
 礼儀正しく。
 あら。
 それなのになんで三人はわたしのことを怯えたような目つきで見ているのかしら?









 午後の時間はとどこおりなく過ぎていく。
 授業中の教師の言葉は右の耳から左の耳へ、わたしの頭をなんら刺激することなく通り過ぎていった。

 そして放課後。
 なんのクラブにも属していないわたしはさっさと学園をあとにする。
 帰り道をひとりてくてく歩きながら、頭のなかで蒔寺や氷室さんの言葉を反芻する。

「そ、そ、そんなこと言われても、う、うわさをちょっと聞いただけで、なあ」
「う、うむ。私たちもそう詳しくは知らないわけであって、であるからそんな怖い微笑を見せられても……」
「……あう…あう…あうぅ」

 結局さしたる答えを得ることは出来なかった。
 ただひとつ、今日わかったことといえば。
 衛宮士郎。
 あいつが――この遠坂凛の、その……恋人? ともいうべき男が、実は学園でひそかに、というかうわさになるぐらいに結構もてているということだ。

 確かに二年生のころからあいつは有名人ではあった。
 なにしろあれだけのお人よしだ。便利屋あつかいするやつらも多かったし、陰で冷ややかに笑っているやつらもいた。まあ、最近はそんなやつらを見かけたらすぐにでも矯正してやってるけど。

 でもうかつだった。
 まさかあの士郎が学園の女子たちに人気があるなんて……。わたしたちの関係を知られないようにするために、ここのところあえて士郎から遠ざかっていたせいでそれに気づくのが遅れたみたい。

「そういえば……この数ヶ月であいつ、結構身長高くなったわよね」

 成長期というやつなのだろうか。隣に並ぶとわたしでも上から見下ろされることになる。セイバーだと大人と子供だ。
 あまりに近くにいすぎたために気づかなかったが、そういえば最近顔つきも変わってきた。少年の面影が少しずつ消えていき、大人の男へと変貌していく。

 考えてみれば聖杯戦争であれだけの死戦をくぐり抜けてきた士郎なのだ。そこらへんでのんべんだらりと気ままに過ごしていた男連中とは、発散している雰囲気が違っていてあたりまえだ。女の子たちってそういう空気の変化に敏感だし、彼女たちの興味を引くのもわかる気がする。
 それに士郎って真面目にしているときはキリッとしていて結構カッコいいし。

 …………

 なんて惚気てても仕方ない。
 とにかく。

「いっかい、ちゃんと調べておいたほうがよさそうね」








 その日の夜。
 夕食を食べ終え、入浴もすませたわたしは自分の部屋でそのときが来るのを待っていた。
 夕食時に士郎の顔をのぞき見て、学園のことで意識していたせいもあったのだろうが、不覚にも、ちょっとだけ、わたしは頬を染めてしまった。うん、女の子たちにもてるのもわかる気がする。
 でもこれ以上セイバー以外の敵をつくるのは正直かんべんしてもらいたい。ただでさえ最近はいろいろあって心身ともに疲労がたまっているのだ。気苦労の種は増やさないでほしい。

 と。
 そのとき。

 隣の部屋から聞こえてくる音。
 どうやら始まったようね。

 わが家には――じゃなかった、この衛宮家にはある決まりごとがある。そしてその決まりごとによってこの家の一週間は運営されている。
 まあ、決まりごとといってもそんな大したものじゃない。別にみんなで話し合って決めたものでもない。ただなんとなくそうやって進んでいるだけ。

 ちなみに。
 今日、水曜日は「セイバーの日」
 である。

 まあちょっと詳しく説明すると、日曜から順番に「遠坂凛の日」「セイバーの日」「遠坂凛の日」「セイバーの日」「遠坂凛の日」「セイバーの日」「遠坂凛とセイバーの日」となっている。
 それがいったいなんなのかは――まあ、別にいいでしょう。

 わたしは隣から漏れ聞こえてくるなんとも不思議な鳴き声をあえて無視して、自分の部屋のとびらをあけた。




 あいかわらず殺風景な士郎の部屋。最小限のものしか置かれていない。
 まあもっとも、士郎はあまりこの部屋にいることは無いのだからそれはそれでいいのかもしれない。普段はたいてい居間にいるし、剣の修行のときは道場、魔術の講義のときはわたしの部屋、自己鍛錬のときは土蔵、寝るときは――ふたつの部屋のうちのどっちか、一週間に一度だけこの部屋かなあ、と、そんなていど。

 だから生活感などほとんど感じられないこの部屋。
 そこに唯一ある木のつくえ。小さな引き出しが添えられたつくえ。
 その引き出しがほんのわずかに開いていた。

「ここね」

 わたしはその引き出しをそっと開ける。
 わたしが使い魔で確認したところによると、士郎は今日受け取った手紙をこの引き出しのなかにしまっていたはずだ。
 なかから出てきたのは形も大きさも色もさまざまな封筒。
 可愛らしいシールで封がなされていたり、ハートマークが書かれていたり、奇麗な絵が描かれていたり。これらがどういった手紙なのか、どういった理由で士郎に渡されたものなのか、さすがのわたしでもわかる。

 つまりあれだ、いわゆるラブレター。

 何通かあるそれらはすべて封が解かれたあとがある。士郎が一通り目を通したのだろう。
 わたしも中身を確認したい誘惑に取り付かれるが――それはやめておいた。他人の手紙を盗み見るというのはさすがに、ね。とりあえず全員の名前だけはしっかりと頭に刻みつけておいたけど。

 さてと、とりあえず確認はしたが、これでどうにかなるというわけでもない。やはりいちど士郎と話す必要がある。もしかして――わたしやセイバー以外に――惹かれている女がいるのか――
 そこらへんをきっちりと。

 あ。
 そのときわたしの視界に飛び込んできたものがある
 つくえの上にある士郎のかばん。
 そのなかからほんのちょっとだけ覗く小さな紙切れ。
 先ほど見た手紙とは違いなんの装飾もなされてないそれ。
 そこに、なにかの文字が書かれているのが見えた。

 気になったわたしはそれをついつい手にとってしまう。
 書かれた文字は。
「明日、放課後、体育倉庫で待ってます。もう一度会ってください」
 それだけ。

 明日? 放課後? なんで体育倉庫? もう一度って?
 そもそもほかの手紙はつくえにしまってあるのに何でこれだけかばんのなかにあるの?

 いろんな疑問が頭のなかを駆け巡り、わたしは遠くから聞こえてくるセイバーのかすれ声ですら耳に入らなくなっていた。






 翌日。
 放課後までの時間はあっという間に過ぎていった。
 三枝さんが微妙に元気の無いわたしを心配して声をかけてきてくれたりもしたが、それにも気のない返事をかえすことしか出来なかった。
 昨夜からの疑問はまだ頭のなかに渦巻いている。
 いくら士郎がほかの女の子から言い寄られても、そのすべてを拒絶さえしてくれればいい。わたしだってそうだ。自惚れでもなんでもなく、言い寄られることに関してはわたしのほうが士郎よりもはるかに多い。そのことごとくをわたしはあっさりと断わってきた。士郎も多分そうしてくれるだろうと思っていた。

 ではなぜ、あの手紙だけは大事そうにかばんにしまい、しかも一度はあったらしい女の子にもう一度会う気なのだろうか。

 わたしは士郎が来てくれないことを祈りつつ、みっともないことをしているなと自覚しながらも、約束の場所である体育倉庫の奥でそっと気配を殺してひそんでいた。


 とびらの開く音。
 誰かが入ってきた。
 士郎だ。

 わたしは息をのんだ。
 見つからないように気配を絶つ。

 士郎はしばらくあたりを見渡していた。待ち人を探しているのだろう。まだ来ていないことを察すると、しばらくここで待つことを決めたようにマットの上に腰を下ろした。
 わたしは士郎がすぐそばにいるのにもかかわらず、ただ黙って、静かにその身を隠していた。


 どのくらい経っただろうか。
 再びとびらが開く音となかへと入ってくる人の気配。

「待たせてしまってすいません、衛宮先輩」

 聞こえてくる声。士郎がなにか返事をした。でもわたしはそれを聞いていなかった。だって、そんなことより気になることがあったから。

 今の声。どこかで聞いたことがあるような。いや、それ以前に今の声って……
 わたしはそっと顔を出した。

(あ……)

 あの子、やっぱりどこかで見たような気がする。ていうか――

(男……!)


 身体中の力がどっと抜けていく。
 なによ。男の子じゃない。
 先輩ってことは一年生か二年生ね。じゃあなにかの相談話? もしかして弓道部関係?
 もう。
 変な心配させないでよ。
 別に男女の密会ってわけじゃなかったのね……

――って、ちょっと待って。
 相談話をするだけでなんでわざわざこんなところに呼び出したりするわけ?
 しかも、あんな手紙まで出して。

 わたしはもう一度顔を覗かせる。
 やっぱり、どう見ても男の子。どこかで見た憶えのある、どことなく可愛らしい男の子……
 可愛らしい?
 あれ。もしかして。え、うそでしょ。そりゃあ確かに士郎は、その、あっちのほうにも興味があったみたいだし、というかわたしやセイバーはすでにやられちゃったわけだけど、でも……いくらなんでも……いくら士郎でも。

 微妙にいやな妄想を浮かべているわたしの耳に、二人の男の声が聞こえてくる。

「それで――答えを聞かせてくれるんですよね」

 答え?
 答えってなによ?
 僕の気持ちを受け入れてくださいとかなんとか?
 じょ、冗談はやめてよ。士郎はわたしのものなんだから。なにが悲しくて男に男を取られなきゃいけないのよ!

 後輩らしい男の子は真剣なまなざし。うわっ、これはマジだわ。
 思いつめたような瞳で士郎を熱く見る男の子。
 思いつめたように。
 思い、つめた、ように……?

 あれ。
 あの瞳。
 やっぱりどこかで……


 ――っあ!
 ――思い出した――









「す、好きですっ! 遠坂先輩! ぼ、僕と、付き合ってくださいっ!」

 そう告白されたのは一ヶ月ほど前だっただろうか。
 真剣なまなざしでわたしをまっすぐ見つめてきた男の子。
 告白されるのには慣れている。いろんな告白のされ方というのも経験してきた。なかにはわたしと付き合うことをいわゆるステータスの一つとして、俺こんないい女を連れて歩いてるんだぜ、といういわば買ってもらったおもちゃを友達に見せびらかす子供みたいな、そんな考えで言い寄ってくる連中もいた。もちろん、そんな連中にはそれ相応の、それこそ一生トラウマに残りそうな拒絶の仕方もしてきた。
 でもときどき本当にまっすぐに、本当に真剣に、わたしを好きだといってくれる人もいた。
 そのなかでも一番まっすぐだったのがこの子。純粋にわたしを好いてくれているというのを、それこそ身体中で表現していた。
 だからこそわたしも、ごまかすことなく、ひどいこともせず、ただまっすぐにその告白を断わった。わたしには好きな人がいるから、と。


 その男の子が、いまは「わたしの好きな人」の前で真剣な表情をしている。あのときと同じように。
 それでわかった。この子が士郎にどんな答えを求めているのかが。

「衛宮先輩、こんなことをお願いして申し訳ないとは思っています。でも、僕はどうしてもあなたの答えが聞きたいんです。聞かなきゃいけないんです。あなたは……遠坂先輩を、彼女を――愛しているんですかっ?」

 あ、愛して――っ!?
 あいかわらず……ストレートな子ね。
 さすがの士郎もびっくりしているみたい。あ、でも、ここに来るまでに答えは決めていたみたいね。すぐに口を開いて。―――あっ、て、ちょっと待って。わ、わたしここにいるのよ。士郎のその答えを、こんなところで、こんな気持ちで聞いていいわけが……






 ――あ。
 ―――言っちゃった。
 ――――聞いちゃった。



「そう、ですか。……良かった」

 男の子がつぶやく。

「あ、すいません。こんな失礼なことを聞いてしまって。……でも、うれしかったです。その、こんなことを真剣に答えてくれて。僕、本気で遠坂先輩を好きでした。いえ、今でも好きです。でも――これでようやくあきらめることが出来ると思います。入学してからずっと彼女が好きで、一年経ってからようやく告白できて、簡単に振られちゃいましたけど、でも、彼女を好きになったこと全然後悔してません。良かったです、本当に。つらいことばかりでしたけど、でも、そ……遠坂先輩が好きになった人が衛宮先輩で――良かったです、本当に……」

 最後のほうは絞り出すような声。士郎は黙ってそれを聞いていた。

「それじゃあ、今日は本当にありがとうございました。え? あ、はいっ! 僕もこれからがんばりますっ! その、僕がこんなこと言うのもあれなんですけど……僕、お二人のこと応援してますっ!」

 そう言って男の子はやたらと元気に「失礼しますっ!」とこの薄暗い倉庫をあとにした。

 残ったのは士郎と身を潜めていたわたしだけ。

 男の子は元気になったみたいだけどわたしの気持ちは最悪。自己嫌悪の極致。
 士郎の言ってくれた言葉が嬉しいけど、それを聞けたことは嬉しいけど、その言葉をおくられたわたしは何でこんなところにこんなふうにしているわけ?
 最低。
 自分が嫌になる。
 とにかく今は士郎がここから立ち去るのを待って……






 え?
 ええと、その、この肩に置かれた手はいったい、その、なんなのかしら?

「し、士郎っ! え、やだ、ちょっと、どうして?」

「え? うそ? 最初から気づいてたの? なんで、気配だって完全に消してたのに……」

「魔術の痕跡? あ……そ、そうか……」

「な、なによ。ふんっ、うるさい。わたしだって、その――たまには失敗するわよ」

「だ、だいたい、気づいていたのなら言ってくれればいいじゃない。そうすれば……こんな気持ちにならなくても……」

「聞いてもらいたかったから? ――ええと、その、あれを?」

「ちょっ、なにを、え? 疑ってただろうって? な、そんなこと……」

「……うん、その、ごめんなさい。ちょっとだけ疑ってたかもしれない。あ、ちょっとだけよ」

「だって士郎、なんか最近女の子にもててるみたいだったから。うん、いろいろとうわさがあって……」

「あ、士郎、なに? え、証明してみせるって。も、もう大丈夫よ。ちゃんとあの言葉を聞かせてもらったし……って、ちょっと、士郎っ!」

「な……んっ、なにをやって、っん……え? 言葉じゃなくて――からだで……って、や、そんなことやらなくていいわよっ! わかったって言ってるで……んんん――っ!」

「ば、ばかっ、やめなさいっ! こ、ここは校内なのよ! んっ、だ、だれか来るかもしれないし……んっ、あ、あん……」

「はぁ……ん、ん、もう……ばか……」




   遠坂凛
     VS
      士郎

 うやむやのうちに始まる第五戦




「あぅ――っ! し、士郎、んっ……なんか、いつもより、んあっ……き、きついよぉ……」

「やぅっ! ん、そ、そんなとこ、ふあぁ……士郎」

「士郎……しろう……わたし、もう……」



ガラガラガラ、ギイィィッ


「「――――っっっ!!!!!!!!」」



「うわっ、あいかわらずほこりっぽいなあ、ここは」

「いいからさっさと入れ。重てぇ、手がちぎれるー」

「はいよ」



「―――っ!(ちょっと、士郎、んっ、あ、だ、だれか来た……みたい、んっ)」



「えっとぉ、これはどこ置いておくんだっけか?」

「どこでもいいだろ。そこらへんに置いとけよ」



「(んっあ、し、士郎っ! な、なんか、中で、くぅっ、お、おおきく、なって……うぁっ)」



「えー、そんないい加減だと先輩に怒られんじゃねえか?」

「じゃあ、奥にまで持ってけよ。俺はやだからな、こんな重てえのそこまで持ってくの」



「―――っ(お、おくには、来ないでぇっ!)」



「わーかったよ、じゃあ適当に片付けとくわ。先輩に怒られたらおまえのせいだからな」

「大丈夫だって」



「(はぁ……良かった……んっ、て、士郎、あぅっ、く、い、いつまで入れてんのよ。は、んっ、はやく、ぬいてよぉ)」



「これはここでいいかな?」

「んー、いいんじゃねえの」



「…………ひぁっ――!」



「ん? 今なんか聞こえなかったか」

「知らねえよ、そんなの。いいからこっち手伝えって」



「(や、ご、ごめん、士郎。やっぱり抜かないで、こ、声が出ちゃう。う、うごかないで、じっとしてて)」



「んー、まあ、こんなもんかな」

「そうだな、こんなもんでいいだろ。じゃ、帰ろうぜ」

「ああ」



「(はぁ……はぁ……はやく、行ってよぉ)」



「あっ! そういえば先輩にグラウンドのライン引き頼まれてたんじゃなかったっけ」

「あ、そういやそうだったな。うわ、めんどくせえ」

「はぁ、しょうがないよ。やろうぜ。あのライン引くやつどこにあったっけ」

「うーん、たしか奥のほうにあったんじゃないか?」



「――――っっ!!!」



「ん、じゃあさっさと終わらせようぜ」

「ああ、そうだな……って、おい、なんか変な感じしないか?」

「え?」



「(来るな、来るな、来るな、来るな、来るな、来るな)」



「う―――た、たしかに」

「な、なんだ? これ」



「(かえれ、かえれ、かえれ、かえれ、かえれ、かえれ)」



「お、おい。今日はやめとかないか」

「あ、ああ。な、なんか、これ以上先に進むと、い、生きて帰ってこれないような気がする、なぜだかわからないけど……」

「あ、明日でいいだろ」

「そ、そうだな……」



ガラガラガラ、ギイィィ、ドタドタ、は、早く行こうぜ、お、おう、バタバタ、バタン







「…………行った、みたいね」

「はあ……良かった。もしこっちに来られてたら記憶を抹殺しなくちゃいけなかったし」

「――んぁっ、や、ちょっ、士郎っ! な、なにいきなり張りきりだしてんのよっ!」

「え? 人が近くにいて興奮した……って、なに言ってんのよ、馬鹿っ! あんたはいったいどこまで馬鹿だったら気がすむのっ!」

「うぁっん、だ、だから、やめなさ、ひあっ! う、んんぅ、やぅっ、そ、そこはだめ、んっ、くぅっ、ひあぁ――っ!!」

「やぁ、こんな、かっこう……あ、う、しろう、の、けだもの……」









「ふ、ふふふ」

「ずいぶんと――好き勝手やってくれたものね……士郎」

「あら、どうしたの? そんな顔して」

「ああ、これ。士郎も何度か見たことあるでしょ。奇麗よね、ぴかぴか光って――このわたしの左腕……」

「もう、いくらでも自由に動き回っていいわよ。どうせすぐに――動けなくなるんだからっ!」

「あ、こらっ、逃げるなっ! おとなしくわたしの『呪いガンド』をくらいなさいっ!」

「待ちなさいっ! この――あ、う、こ、腰が……立たない……」

「う――こ、の……あとでひどいんだからっ! 憶えてなさいっ、この馬鹿士郎―――っっ!!!」



 ちなみに……
 その日の夜は偶然にも「遠坂凛の日」だったわけで、
 ひどいめにあわせるどころか、
 逆に愛情たっぷりにいじめられることになったわけで……


 第五戦完敗
 続けざまに第六戦――やっぱり完敗


 本日の遠坂凛
 さくっと二連敗



「セイバー! わたし悔しい――っ!!」
「凛……」

 なんとなくセイバーに慰められる遠坂凛であった。


 戦いはまだまだ終わらない……




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あとがき

遠坂凛校内編をお届けします。
最初に考えていたものとは若干違う仕上がりになりましたが、
書きたいところは書けたのでよしとします。

さて次は、セイバー町内調教編、
になるかもしれないし、ならないかもしれない。
そこんとこ結構いい加減ですが、
気楽〜にお付き合いくださると嬉しかったりします。
では。

6月8日、微妙に修正。

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