失敗山日記 T−1 |
初めてのビバーク、熊 in 奥多摩 天祖山(99年11月6日) |
―― 山で非論理的になるのは私だけ? (ブドウ糖の不足?) |
by 山へ行っちゃあいけない男(登山不適格者?) |
ジャンプ( その2 その3 その4 その5 その6 ) |
その1 |
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朝 一杯水避難小屋を発ち、水松山(=アララギ山)下の分岐まで来たのはもう12時半頃。途中立ち寄った酉谷避難小屋が気持ちよく、のんびりしすぎたことが悔やまれます。そしてこの分岐で天祖山への道標を見たのが、ケチの付き始め。 以前から楽しみにしていた長沢背稜でしたが、ここまでは同じようなまき道が続き、紅葉もほぼ終わって意外と退屈でした。またこの先の芋木のドッケへの登りには時間がかかりそうで、雲取山頂小屋に着くのは日没前後になりそうな気配です。日没後の避難小屋着はいやなものです。 天祖山への登り返しはまさに「梯子坂」〈脚注〉と名づけたいほどの急坂で、胸をつくようによじ登りました。山頂の天祖神社で小休止。ここをあとにしたのは3時になろうかという頃でした。 右に降りる道があるようですが、何の物好きか、前方へのブッシュを数歩進んでみました。前方が少し開けましたが、やはりこちらに道はないと歩を緩めたときです。 |
* 梯子坂 | 「梯子坂のくびれ」から天祖山へつづく尾根上の、まさに胸つく急坂は |
『梯子坂』と呼びたくなるし、私もそう思っていましたが、実際は違うようです。 | |
梯子坂のくびれから孫惣谷への斜面が「梯子坂」で、昔、伐採した木材を搬出するために梯子状の桟を設けて作業したからだそうです。 | |
この辺りの名称は地図や道標(書き込みも含め)によって色々なので序に整理すると、水松山から南に最初のピークが「梯子坂の頭」(1662)、そこから下ったタルが「梯子坂のくびれ」、さらに例の急坂を腕を使って登ったピークは「ナギ谷の頭」(1671)で、その次が天祖山ということになるようです。 |
以上は、復刻版「奥多摩」(百水社1992年刊、宮内敏雄著)の受け売りです。 |
*連載の読み物のように、1日1ページずつ読んでいただくのが私の希望です。 |