失敗山日記 T−
 初めてのビバーク、熊 in 奥多摩 天祖山(99116) 
  ―― 山で非論理的になるのは私だけ? (ブドウ糖の不足?)
by 山へ行っちゃあいけない男(登山不適格者?)
その3

 そのうち日没になりました。今度は左の谷を動く光があります。もう真っ暗なので距離感はありませんが、あまり遠くない所で左右に動く懐中電灯のような光です。ゆっくりと橋の上で夕涼みでをしているのだと私は思い込んだようです。近くに夕涼みするような人里はないはずなのに。
 私がヘッドランプを左右に動かしてみると、向こうの光もこちらに気づいて、こちらを照らしているようにも感じられます。
 暫くそんなことを続けましたが、光が近づいて来る様子はありません。それに光の主が足場の悪い谷をこちらに向かって来ては却って危険です。彼らと例の吼え声とは谷を挟んで90度位方向が違いますから、熊の心配だって私よりも少ないでしょう。明るくなるまでそっとしておくほうが賢明と、ビバーク場所に戻りました。
 さらにどういう精神作用なのでしょう。この尾根に戻って来たことさえも、いつの間にか私の記憶からは消え、道が見つからずにビバークする設定になっていたようです。信じられないような話ですが、落ち葉に隠れた踏み跡捜しからくる心労と脳のエネルギー不足が原因と、下山後の私はかってに思い込んでいます。

 本格的にビバークの準備に取りかかりました。シートを敷き、セーターを着込んで、ますは腹ごしらえ。
 当初の予定では今夜は雲取避難小屋で自炊予定だったので、食糧は充分にありますが、水が300ccしかありません。小屋手前の水場で炊事用の水を確保するつもりだったので、2、5リットルのプラスチック水筒は今朝小屋を出るときに空にして、ペシャンコのままなのです。
 温かく、カロリーが高いラーメンでも食べたいところですが、300ccでは無理。米を炊くにも200ccは必要です。水は少しでも残しておきたいので、150ccでも出来る即席のドライカレーと決めましたが、匂いが強いのではと少々気がかりです。
 定住性がなく、餌の都合で勝手気ままに移動するうえに、警戒心の強い森の王者がまだ近くにいるとは思えませんが、もしいるとしたら、先程の吼え声とこの場所との距離は数十メートルに過ぎないのですし、嗅覚の鋭い彼(彼女?)を呼び戻しはしないかと。
 それにここ20年程、日本で月の輪熊に殺された人のほとんどは山菜を採っていた人で、食い物が絡んでいるのです。〈脚注〉

 とはいえ、腹を満たしておかないと夜の寒さが心配です。星降る夜ですから雨の心配はないものの、放射冷却でこれから冷えてくるでしょう。土間にこぼれた水が朝凍っていた昨夜の小屋ほどではないにしても、まだ標高800メートル以上と思われるこの地点なら、明け方には0℃近くに下がるでしょう。
 こんな風にとりとめもなく考えをめぐらせつつ、貴重な水を沸かしてドライカレーの袋に入れ、秋刀魚の缶詰を開けます。食事はすぐに終わってしまいました。

 〈脚注〉・・・『山でクマに会う方法』 山と渓谷社刊より
 
*連載の読み物のように、1日1ページずつ読んでいただくのが私の希望です。