12-1-3.リアルな細密画と単純化した線画 3(手塚治虫)
私が次に「リアルな細密画と単純化した線画 の組み合わせ」に出会ったのは、手塚治虫作品
の中でした。
そのときは杉浦茂の作品と結びつけて考えたりはしませんでしたが、なんとなく奇妙な感じがしたので記憶に
残っています。
「ケン1探偵長」の中で、阿蘇山の雄大な風景が絵物語風に描かれ、その中に単純な親しみやすいマンガの線で
描かれた主人公が登場すると、次第に画面全体がマンガ調に移行して行きます。
作者の意図はよくわかりませんでした。たんに作者が阿蘇へ旅行した楽屋落ちだったのかもしれません。とにかく
舞台が阿蘇山へ移ったことは強烈に感じさせます。このあと、手塚治虫がこの方法---背景はリアルに、人物は単
純な線で描く---を多用することはしばらくありませんでした。さいとうたかをらの劇画の作者たちが、何人もの
共同作業で作品を描きだしたとき、この方法をルーチンに使いました。ボーイズライフに連載した「007シリー
ズ」の中でこの方法は多用されました。その後リアルな背景と単純な線の人物という組み合わせはまったく日常的
なものになりました。
後期の手塚治虫作品の背景は福元一義氏らが描いていたようですが、この「ケン1探偵長」ほど細密ではなく、
もう少しマンガにマッチした簡略化した線で描かれたように思います。
「ケン1探偵長・マウスボーイの巻」の先鞭はいたずら好きの天才が時代に10年先行して、散発的に
行った実験のひとつでしょう。