田谷の洞窟めぐり
2009年08月02日


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 今日は横浜市栄区にある「田谷の洞窟」へ出向きました。何度も近所の温浴施設に出向いていますが一度も入ったことがありません。鎌倉時代から密教の修行場となっていて、正式名称は「ゆがどう」つまりヨーガに通じます。妻を温浴施設に残して午後4寺に真言宗定泉寺で手続きを済ませて洞窟に入ればひんやりします。板の先に釘を立てたローソクを灯してもたちまち消えます。要所要所には電灯も点いているから不安を隠して先に進みました。
 数日前に読み終えたマンダラ解説本で塔を右に見て回るのがインド仏教のしきたりと知ったばかりに水路に沿って左に進めば奥の院に至りました。これでは逆回りだと元に戻り行者道をたどれば膝を屈し、頭を下げて進むしかない細道がくねくねと続きます。途中には行き先をふさいだ暗いトンネルもあって上り下りを強いられました。ときおり丸く切り開いた空間の壁面上部にローソクの灯る石仏が見えても周囲に誰もいません。子どもの声が響いても人影が見あたりません。
 一人で山を歩いて沢筋に入り込みいつになったら脱出できるかとあがいた苦い体験が脳裏をよぎり、入浴にとどめるんだったと後悔する始末でした。4寺30分で受付が終わるから電灯を消されたらと心細い。戻るのもしゃくだから先に進めばようやく奥の院にたどり着きました。ほっとして洞窟から出ればこれから入ろうとする老女のグループに出会いました。にぎやかなグループにはわたしのような不安はないでしょう。温浴施設に戻れば待ちくたびれた妻に「信心なんて持ち合わせていないくせに、よけいなことをするからバチが当たったのよ」と笑われる始末です。

 武澤秀一さんの『マンダラの謎を解く 三次元からのアプローチ』(講談社現代新書、2009年)は、インド、中国、朝鮮を含めて曼陀羅を建築から解き明かす好著です。マンダラと密教が同じものだと思っていたわたしには意外の連続でした。マンダラは、仏教以前にあったインドのバラモン教の儀式をおこなうために造られた土壇だといいます。そして土壇上に神々を迎える呼びかけや祈願、礼讃の言葉がマントラだそうです。インドでは壇を回り、中国では塔に仏像を安置する宮殿に変質したといいます。
 そしてマンダラには立体的な「床マンダラ」と水平的な「壁マンダラ」に分かれ、前者はチベットの砂マンダラ、後者は真言宗ほかの密教マンダラ図になるようです。つまりマンダラは仏教以前からのインドのコスモロジー(宇宙観)に発し、大乗(上座部)仏教に発する密教とは別物となります。ちなみに、インドやチベットでは壇(塔)やマンダラを右に見て回るそうです。
 武澤さんのこの本の「おわりに」に田谷の洞窟と南方マンダラが出てきて、「両者いずれにおいても全体を統(す)べる確たる”中心”が認められない」といいます。「この国において、確たる”中心”はどこか嘘っつぽいのである。”中心”を否定する意識がつねにはたらく。」p236というのに笑いました。
 そして武澤さんは次のような指摘をされます。「日本における(神社や寺院のー補足ー)デザイン感覚には、中心ひとつが突出して周囲を完全に支配する関係を避ける傾向がある。こうした心情は時代をこえて深くつよく流れている。そうした感性のあらわれとして、伽藍配置や社殿配置に見られるヨコ並びがあり、それは仏像の配置法にまで及んでいる」p213、「中心性よりヨコ並びを好み、全体より部分、本来性より便宜性に走る傾向は必然的にマンダラ的性格を弱め、崩してゆく」p214といい、インドや中国の大陸とは異なる島国ゆえの中心性の欠如というのもうなずけます。

 宗教には関心が欠けるものの日本人の発想や習俗はインドや中国と異なるのは確かです。自然から人間まで八百万の神々にしてしまい、現世利益と結びつく信心はわたしも持ち合わせています。そして、幾何学的論理的な思考より「ヨコ並びを好み、全体より部分、本来性より便宜性に走る傾向」で趣味や道楽を続けています。でも、それが全体主義を拒むことにもつながるのではないかとも思います。
 唯一神を持ち出して信じない者の排除や抹殺を持ち出すより寛容や融和で煙に巻く方がマシでしょう。ここらへんは武澤さんと違いますが日本人の大らかさではないでしょうか。温泉に入浴して満足している妻に効能をただすような不粋をしないようなものです。負け惜しみや強がりにしても粋(いき)を美化するのも日本人です。生半可な知識で通(つう)ぶるのは困ったものですが・・・。

 洞窟めぐりをきっかけにマンダラから日本人の感性に結びつけるのも支離滅裂です。でも、久しぶりにおもしろい本を読みました。仏教思想でなく、建築から見る視点も退屈しません。ぜひ読んでいただきたい本です。仏像やマントラを羅列してわけのわからない密教解説せず、言いたいことを明確にしています。(2009/08/02)

 【補記】出向いた温浴施設は「湯快爽快たや」です。洞窟の横にあるラドン温泉ではありません。湯上がりがさっぱりする日帰り温泉です。3年前から愛用しています。
  


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