２

　どうも僕は知らない間に眠ってしまっていたようだ。ふと、起き上がると右手がしびれていて動かなくなっていた。寝相も悪かったようだ。時計を見たらもう十二時四十分を回っていた。お昼の仕度をしないといけない。スーパーか総菜屋に昼食を買いに行こうかと思ったけど、とにかくだるくてあまり動きたくない。外からはまだ憂鬱な雨音が部屋の中に忍び込んでくる。家にあるもので何かを作ることにしようと思い、台所にいって見回すと、カップヌードルがあった。これなら三分でできるし、お湯を注ぐだけだ。

　僕はお湯を沸かし、カップヌードルのふたを開け線までお湯を注ぎ込んで、三分間を計った。カップヌードルは三分ちょっと前くらいに開けるのが僕は好きだ。麺がちょっと固目の方がおいしい。カップ麺におけるアルデンテといったところだろうか。茹で過ぎのカップヌードルはあまり食べる気にならない。だから、カップヌードルを食べるときは時間の計測が大切だ。お湯の量も線よりちょっと上の方がいい。これはただ単に僕はやや薄味が好きだからだ。

　それにしても、粗末な食事だ朝はグレープフルーツ半分だけだし、昼はカップヌードルだけ。最近はいつもこんな感じだ。勤めていた頃も朝はいい加減だった。食べたり、食べなかったりで、食べたとしてもトースト一枚だけだとかだった。だけど、昼は会社の近くにある喫茶店でランチをよく食べた。カルボナーラとか、チキンドリアとかナスとポテトのグラタンだとか、今から考えると豪勢な食事をしていた。だけど、その豪勢な食事が脂肪肝や尿酸値の上昇につながってしまうのだから何がいいのかわからない。とにかく食生活の改善、それが僕にとって一番の緊急課題であるかもしれない。

　カップヌードルを食べ終わってしまうと夕方まで、何もすることがない。夕方からは久しぶりに彩子に会う約束になっている。彩子と僕の関係を説明するのは難しい。恋人っていうわけでもないらしいし、友人とすましてしまうのもちょっと気が引ける。

　彩子とは以前、同じ職場で働いていて知り合った。その職場を僕達は相次いで辞めたけど、僕は彩子のことが気になって何回か電話やメールを使って連絡しているうちにプライベートでも会うようになった。ただ彩子は僕からの連絡の回数が多いと苦情をよく言った。ストーカーとまで呼ばれたこともあったけど、一週間に一度メールしたくらいでストーカーになってしまうのだろうか？ただ、‘あまり電話しないで’といいながら、電話をするといやそうではあるがよく話してくれて、会う約束をしたりする。そして会うとたまにホテルにいっしょに入ったりする。僕にもよくわからない関係だ。二人ともただ寂しいだけなのかもしれない。

　一度、彩子に‘俺ら付合っているのか？’と訊いたことがある。そうしたら‘付合っているわけないじゃん’と言われてしまった。そういうことを規定されるのがいやな性分なのだろう。友人の女性は体の関係があるかないかで付合っているという表現を使うか、そうではないかを定義しているが、彩子にすればそんな定義はナンセンスなのだ。

　彩子は見た目はなかなかいい女だ。顔もまあまあ可愛いし、体もまあまあ均整がとれている。だけど性格はあまりよくない。およそ人間の情があまりなく、薄情だ。自意識過剰なタイプでいっしょにいてうんざりすることもよくある。それに自己中心的で何でも自分を元にしている。だから、映画など誘っても自分のストライクゾーンに入っていないとまず観ない。自分の趣味を人に押し付けるということはないが、付合いが深くなるとそれもちょっと寂しいような気がする。そんな彼女が何故気になってしまうのか、僕は自分でもほんとのところはよくわからない。ただ、バイクのおもちゃを買ってひとりはしゃいでいたりして、可愛いところもある。

　彩子は僕とは違い仕事好きだ。現在は零細な編集プロダクションで雑誌などの編集の仕事のアルバイトをしている。仕事柄、夜遅くなることも多いようだけど、好きな仕事なのであまり気にならないらしい。このあたりは僕と正反対だ。僕だったらどんなに自分に合った仕事でも夜遅くなるのはいやだし、会社で働いていたときも毎日定時で帰りたいと思っていた。

　僕は彩子に比べればまだ情はあると思うし、人間的だと思うけど、あまり元気があるタイプではなくて、怠け者だ。よく、会社で求められる人材として‘バイタリティに溢れていて、ポジティブで協調性があり明るくて勤勉’と言われるけど、その正反対の人間と思ってもらえればそんなに遠くない。元気がなくて、何につけてものんびりしていて怠け者でそんなに明るくなく独善的だ。だけど、‘バイタリティに溢れていて、ポジティブで協調性があり明るくて勤勉’なんていう人間気持ち悪くて仕方ない。

　僕と彩子の共通していることは友人が少ないことだろう。僕も彩子もあまり友人がいない。ただ、その原因はまったく違う。僕はかなり面倒臭さがり屋なので、積極的に人付き合いをしない。だから、自然と交際範囲も狭くなる。彩子は積極的に人とは接する方だけど、性格のきつさから相手の方から避ける場合が多いような気がする。また、あまり感情が表に出ないから、冷たい女と思われるのかもしれない。

　彩子は前に男に生まれればよかったと言ったことがあったけど、そうかもしれない。それで僕が女として生まれて出会えば、理想的？な夫婦になれたかもしれない。家庭をかえりみない仕事中心のモーレツサラリーマンと夕食は全部冷凍食品やレトルトで済ましてロクに家事もしないグータラ主婦。まさに絵に描いたような夫婦だ。だけど僕は男として生まれ、彩子は女として生まれた。そして出会った。

　さて、夕方までどうしていようか？天気がよかったら、もう出掛けて映画を観たり、喫茶店に入ったりして時間を潰していればいいけど、傘を持ってぶらぶらするのはあまり気が進まない。ぎりぎりまで家でのんびりしていようと思った。

　彩子に会うはいつ以来だろう。簡単には思い出せないくらい長い時間が経っている。今日は月曜日だから、たぶん食事をして酒を飲んでお終いだろうけど、久しぶりだからひょっとしたら妙な気持ちがお互い起こるかもしれない。そうだ、風呂にでも入っておこうと思い、湯船に湯をはることにした。それに、そういうふうにはなったはいいけど、すぐに終わってしまったというのでははずかしい。一回くらい抜いておいた方がいいかもしれないと思った。そうしていけば、時間も多少は長く持つはずだ。

　掃除の終わったきれいな部屋で僕は部屋着用のジャージとパンツを下ろし、ペニスを右手でしごき始めた。頭の中で彩子との一番新しい場面を懸命に思い起した。ペニスの方も僕同様、最近はあまり元気はないが、それでも徐々に固く熱くなっていった。よく考えれば固くなったのは久しぶりだ。だんだんと気持ちよくなってきたが、何となく手にぬるぬるとした感触がある。いや、まだのはずだ。先走り何とかというヤツだろうかなどと思いながら固くなったペニスを握っていた手を離し、目の前に持ってくると赤い血がついていた。

　僕はびっくりしてしまった。そんなに激しくしていないのに出血してしまうとはどういうことだろう。今までオナニーで出血なんてしたことなかった。最近あまり使っていないから粘膜が弱くなったのだろうか？そもそもどこから出血したんだろうと柔らかくなってしまったペニスをよく見たけど何処からも出血した様子はない。だけど、手には血が付いている。よく手を見ると血の他に何か黒い固まりも付いている。何だろうと思い指で触ってみると、潰れた虫のようだ。

　それはどうも蚊のようだった。ペニスをしごいている時に手かペニスに止まった蚊を撒きこんでしまったようだ。たぶん、その蚊は血をいっぱい吸っていて動きが悪くなっていたんだろう。それにしても鈍い蚊だ。僕はもうオナニーをする気が失せてしまった。パンツをはき、部屋の真中に大の字に寝転んだ。