第4回うおのめ文学賞参加作品

うぐいす



 散歩好きになった私に友達が絶好な情報をもたらしてくれた。多摩川の脇にあるT公園でいろいろな種類の小鳥を見ることができるらしいということだった。友人と電話で話したときにブロック塀の上に餌を置いて小鳥をよんでいる話しをしたら、教えてくれた。ちょっと前まで小鳥なんて何の関心もなかったのに今はそういったものを見るのが楽しみになってしまった。不思議なものだ。田舎で暮らしていたときは小鳥なんてあまり関心なかったのに…。

 T公園には東急線のT駅で降りて、そこから徒歩で五分くらい歩く。私の最寄の駅からTまでは電車で七〜八分で行けるから家から三十分あれば着ける。日曜日にそのことを教えてくれた友達といっしょに行く約束をしたんだけど、暇な私は今すぐ、行きたくなっちゃった。それでひとりで行ってみることにした。

 始めは電車で行くつもりだったんだけど、日曜日には電車に乗らないといけないし、ちょっとした節約とダイエット効果も考えて歩いていくことにした。でも、ほんとの理由はただ歩いて行きたかっただけなんだ。歩いていけばそこに着くまでの間にいろいろなものに出会えるし、何より自分の足で歩くって気持ちいいじゃない。家からT公園までは六Kmくらいあるから、ちょっと疲れそうだけど、最近は散歩で足を鍛えているから何とか行けそうな気がする。

 午前中に家事を終えて、昼はキャベツとニンジンとハム、それにちょっとニンニクを入れて焼きそばを作って食べた。普段は焼きそばにはニンニクは入れないのだけど、今日はスタミナをつけようと思って入れたら、結構おいしかった。さあ、これで準備万端、そうだ途中でのどが乾くかもしれない。清涼飲料水を途中で買うのももったいないので、水筒に水を入れて持っていくことにした。だけど、水筒なんてあまり使わないものだから、どこに仕舞ったのかわからなくなってしまい、結局空いた五百mlのペットボトルの容器を水筒の代用にした。ますます貧乏くさくなってるね…。

 ピンクと黒のリックサックの中に水が入ったペットボトルを入れて、部屋を出た。外は陽がいっぱいだったけど、もう十月の下旬だから上にはウィンドブレーカーを羽織った。ほんとに外は気持ちがいい。特の今の時期は暑くもなく、寒くもなく、過ごし易い。私の誕生日も秋だから、この時期が一年のうちで一番好きなのかもしれない。そうだ、今度友達にあったら、好きな季節と誕生日の因果関係を調べてみよう。やっぱり、みんな自分の生まれた季節が一番好きなのかな?冬に生まれた人は冬が一番好きで、春に生まれた人は春が一番好きなのかな?

 歩き出して二十分も経つと体がぽかぽかと温かくなってきてウィンドブレーカは必要なくなってしまった。私はそれを脱いでリックに仕舞った。ウィンドブレーカの下は水色のスエットを着ていた。散歩のときはこれが最適だ。動き易いし、汗をかくことを気にしなくてもいいし、洗濯も楽だし。だけど、ちょっと速く歩き過ぎたかもしれない。気持ちが前に前にと進んでいるようだ。もうちょっとゆっくり、秋の景色を楽しみながら歩こうと思った。

 家からT公園に行くには大きく分けて二通りの道順がある。ひとつは大通りをひたすら真っ直ぐ歩く方法、もうひとつは住宅地を縫うように歩く方法、私はちょっと歩く距離は長くなるんだけど後者の方にした。

 この道順だと家から三十分くらい歩いたところに神社のお社がある。木々が茂っていて昼間でも薄暗くてちょっとした森のようになっている。私は正月の初詣くらいしかお参りなんてしないのだけど、今日はちょっと寄ってみようかと思った。

 鳥居をくぐると道には玉砂利が敷かれていてちょっと歩きづらくなる。玉砂利の道の両側には桜の木が等間隔で植えられていて、桜の花の季節には多くの人が花見を訪れる。

 桜の葉はちょっとだけ紅を塗ったように赤くなっている。私が玉砂利を踏みしめる音と風が木々をそよぐ音と小鳥のさえずりが聞こえる。玉砂利の参道を歩き終えると四、五段の階段があって、それを上ると今度は石の道になる。石の道を歩き、途中にある手洗い場で手を洗い、口をすすいでからお社に向かう。石の道の終点にまた三、四段の階段があり、それを上るとお社がある。周囲は雑木林になっていてその何処からか小鳥の話し声がする。

 私は自然にお社の前に進み出て、手を合わせて頭を下げた。そして、お社の横にある道から神社の裏手に抜けた。今、何をお願いしたのか、自分でもわからなかった。それによく考えたらお賽銭もあげなかった。何にもお願いしなかったのだから、いいのかな?でも、ほんとうに何もお願いしなかったのだろうか?心の中に何もなかったような気もするし、そうでなかったような気もした。何のために神社に寄ったのだろう?それすらわからなかった。明確な目的なんてなかったんだ、ただ何となく寄ってみたくなったんだ。そう、私って何にも理由がないのにそうしたいから、そうするっていうことがよくある。会社を辞めてしまったことだって、そうしたいからそうしただけなのかな?

 神社の森を抜けるとまた秋のひかえめな陽が私を包んだ。まだ、二時前なのにもう西に傾いている。住宅地は静かで車の往来もほとんどない。たまにポスティングをしているアルバイトの人がせわしなく動いているくらいだ。私も毎日、毎日、散歩ばかりしているんだから、趣味と実益を兼ねてポスティングのアルバイトでもしてみようかな?と思った。だけど、仕事になっちゃうと散歩の楽しさがなくなっちゃうのかもしれない。

 小さな公園の横を通ると四,五歳くらいの男の子が二人で駆け回っていた。そのお母さんと思われる女性が二人、ベンチで楽しそうに会話をしている。子供達はキャッキャッとまさに駆け回り、飛び跳ねている。子供ってとても野性的な感じがする。野生の動物が持っている輝くような美しさがある。だけど、大人でそんな人、見かけたことがない。野生の美しさを持っている大人って私は見たことがない。みんな生きているのか死んでいるのかわからないような力のない目をしていたような気がする。どうしてこの美しい野生は成長するにしたがってその輝きを奪われてしまうのだろうか?

 高級住宅街のD駅の前を通り過ぎ、急な三つの坂道を下り、少し歩くとT公園の入り口がある。入り口の繋がる道を右折するとT公園の鬱蒼とした雑木林が見えてきた。T公園に来たのは始めてのためか、とても遠くの知らない場所にいきなり入り込んでしまったような不思議な感覚に囚われた。


―つづく―

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