妻の不動産投資

 妻が不動産投資の勉強を始めたのは昨年の夏くらいだった。興味を持ったきっかけは、家を買えたことだったと思う。当初、家を買うことに関しては妻の方が積極的だった。僕はパートという身分、そして、収入の少なさからハナから家を買うなど無理だと思い込んでいて、妻の不動産探しを横目にただ見ているだけだった。

 妻はよさそうな物件をみつけると管理する不動産屋に連絡するなどして、積極的に動いていたが、僕はいろいろと言い訳をして重い腰を上げなかった。しかし、妻のあまりの熱心さに根負けし、とりあえず形だけでも探す振りをすることにした。一軒目の不動産屋では、僕の想像通り冷たい態度を取られたが、妻は気にする様子もなかった。

 そして、二軒目の不動産屋で試しに住宅ローンの事前審査をしてもらったところ、ある程度の融資を受けられることがわかり、にわかに家を買うということが現実味を帯びてきた。そして、ほとんど毎週不動産屋通いを続け、家を買うことができた。

 この体験が、妻に大きな影響を与えた。家を買ってしばらくして、近所を散歩していると売家の看板があり、680万円という破格な価格だった。築年数は30年前後、間取りは3LDKか4Kといった感じで、うちの近くだから駅からは遠く、坂道の途中にあるため立地もよくないが、それにしても安く、投資用としてはいいかもしれないと妻と話していた。この辺りから妻の不動産投資の勉強が始まった。

 You Tubeなどで不動産投資に関する動画をよく観るようになり、また、セミナーなどにもでかけて本気でやる気になっていった。僕は傍観していた。不動産投資にはある程度まとまった資金が必要なはずだし、投資の物件をそうそう簡単に手に入れられるとは思わなかったからだ。そのうち諦めるだろうと、賛成も反対もしなかった。

 年が明けたくらいから、妻は勉強だけでなく、実際の物件を見に行くようになった。あまりの本気度に不安になってきた。僕はもともと怖がりで、投資には全く向いていない性格だ。若い頃、同僚の株に投資する話を聞き何の知識もないのに、止めた方がいいとアドバイスをしたこともあるくらいだった。

 妻が投資に失敗したことを思うと止めさせた方がいいのではと考えるようになった。それとなく、妻に不動産投資は慎重にと忠告したが、何の知識もない人間の忠告を聞くような妻ではなく、はいはいわかりましたといった感じだった。そして、ついに間違いのない物件が見つかったと言い出した。

 話を聞いてみると、東京の都心から電車で30分くらいの神奈川県H市の物件で駅から徒歩5分ほどのところにある1Kだという。築年数は25年だったが、マンションの外観からは築年数ほどの古さは感じなかった。不動産投資の最大のリスクは空室、つまり借り手が現れないことだ。都心から電車で30分といっても、通勤圏には遠く、1Kということで借りるとしたら、若い人が想定されるが、それほど需要のあるようには思えなかった。僕は、もう少しよく考えてからの方がいいといったが、何故か妻は自信満々で大丈夫といった。

 ただ、H市ということで価格はそれほど高くないようで、最悪の場合でも‘損したね’くらいで済みそうな雰囲気もあり、表立って反対はしなかった。失敗したとしても、妻の考えが多少なりとも慎重な方へ傾いてくれれば高い授業料を払ったと思って受け入れることにした。そして、妻はその物件を投資用として買った。

 賃貸用としての部屋なので、リフォームとハウスクリーニングは必須だが、リフォームに関しては壁紙を取り換えるくらいで済むという。リフォームが済んだら見に行こうなどと気楽なことをいっていたが、新型コロナウイルスの感染拡大、それに伴う非常事態宣言と最悪な状況になってしまった。

 だから、言わないこっちゃない、止めた方がよかったじゃないかと小言の一言もいいたい気持ちもあったが、一生懸命に動いていた妻をみていると何もしていない僕には非難する権利はないような気がして何も言わなかった。ただ、入居者が決まるのは相当先になるだろうと思った。入居者が決まらないということは、家賃収入はないわけでローンの返済や管理費などの出費をまともにかぶることになる。それに耐えられる体力が何処まであるか、大丈夫だろうとは思いながら、心配であることに変わりはなかった。

 ところが、そんな心配をしていた矢先にあっさりと入居者が決まってしまった。それも個人ではなく、会社が社員寮の一つとして賃借してくれることになった。これには妻も驚いていた。その会社はH市に移転するらしく、それに伴う社員寮を探していたということだった。マンションには妻の買った部屋の他にいくつかの空室があったが、一番早く入居できる物件が妻の物だったようだ。

 運命は勇者に微笑む…羽生善治さんのそんな言葉が頭に浮かんだ(2020.5.20)




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