イエスマンの悲劇

 以前、同じ部署で働いていたGさんが会社を辞めることになった。初めて、この情報を聞いたとき、とても信じられない気がした。それはまず、Gさんの年齢と家族のことが思い浮かんだからである。

 Gさんは、48歳、妻と小学校4年生の男の子との三人家族で、分譲マンションに住んでいる。子供がまだ小さいうえ、マンションのローンも残っており、48歳という年齢から、今以上の待遇の職場をみつけるのは難しいと思われ、どのような理由があろうと会社を辞めるということは考えられなかったのである。また、Gさんは絵に描いたような事無かれ主義者であり、うまく、会社内を遊泳しているように見えたので、そのような選択肢があったとは、全く意外な感じがした。

 そして、以前にも書いたが、彼は上司であるNさんのイエスマンだった。僕に仕事を与えず自主的に辞めさせようとするNさんの陰湿な行為に、手を貸していた。事の善し悪しを考えず、ただ唯々諾々とNさんの命令に従う彼の態度に呆れかえっていた。ただ、Nさんのセクハラ問題の起きたとき、彼は唯一の‘反逆’を試みた。Nさんのセクハラを、部長に報告したのは、彼だったのである。

 しかし、その後、彼のスタンスは定まらなかった。当時、Nさんは50代後半であり、Gさんは40代前半だから、会社としても何かと問題のあるNさんに変えて、部署のリーダーにGさんを据えるということ考えていたようだった。実際に、「これからは、僕が中心となって効率のいいやり方を考えます」と僕にいったこともあり、「一人で複数の仕事をこなせるような、配置を考えているので協力してください」と抱負を語っていた。しかし、それは全く実現しなかった。Nさんが、いい顔をしなかったのだ。

 Nさんがいい顔をしなくても、彼を無視して、自分の方針を貫くことはできたし、僕だったらそうしていると思う。しかし、長年、事なかれ主義でNさんのイエスマンだったGさんには、闘うということができないようだった。また、会社からのフォローもなく、いつしかNさんのイエスマンに逆戻りしてしまった。

 このことは、彼にとって致命的な出来事だった。Nさんのセクハラ問題は、「やった」「やらない」の水掛け論のまま終わり、GさんにNさんのセクハラを訴えたパートさんの信頼を失い、また、Nさんからは逆恨みされる結果になってしまったのである。そして、僕が営業部に異動になったことにより、Nさんの攻撃の対象は彼に移っていった。

 Nさんのやり方は、やはり陰湿だった。表立って事を荒立てるということはせず、必要な情報を与えず、影で彼の評判の落ちるようなことを言いふらし、パートさんには彼とは違う指示を与え、実質的に彼の存在を消していった。Nさんに変わって部署のリーダーに…という彼の希望も、以前にも増してNさんの支配が強まる結果に終わり、絶望的な状況に陥った。

 そんなことになれば、普通、状況を転換するため、Nさんとの対決も辞さずということになると思うが、彼はNさんに反旗を翻すこともなく、また、忠実な番犬というわけでもなく、ただ、無為に日々を過ごす毎日を続けた。そして、ついに精神的な限界が来てしまった。それは、Nさんだけでなく、パートさんとの関係も大きく影響していたようだ。

 モンスターパートともいえるYさんを筆頭として、Gさんはあまりパートさんに好かれていなかった。それは、セクハラ問題も大きかったが、他も部分でも彼が今ひとつ信頼できないからだった。イエスマンというのは、結局、自分の意見をいわない人のことである。常の上司の意見に相乗りしているため、本当の姿が見えないのだ。本当の姿の見えない人を、信頼する人間などいない。

 先日、Gさんの送別会が行われた。Gさんは辞退したらしいが、Nさんに押し切られてしまったらしい。Gさんの辞退した理由は、送別会が自分のためでなく、Nさんのために行われることがわかっていたからだ。Nさんは、Gさんの送別会にかこつけて、本当は若い女性のパートさんと飲みたいだけだった。

 送別会でGさんを労う言葉は、誰からもきかれることはなかった。(2017.9.20)




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