パートをクビにするパート

 三カ月くらい前からペルー人のリリアナさんという人が、同じ会社で働き始めた。リリアナさんが入社した切欠は、娘さんのサキさんが一足先に働いていたことによる。娘さんの紹介により、お母さんも同じ職場に入ったというわけだ。会社はここのところ求人を広告しても、あまり人が集まらず、従業員の知り合いなどで職を探している人がいたら、紹介してもらい積極的に雇用しているのである。

 しばらくの間、母娘で机を並べて作業し、昼食などもいっしょにとっていたが、娘さんのサキさんが会社を辞めてしまった。サキさんは大学生で、自分の故郷でもあるペルーを広く知りたいということで、一時的に帰国することになったのである。サキさんが辞めてから、リリアナさんの評判は徐々に悪くなっていった。

 悪いといっても、彼女の性格や行動に問題のあるわけではない。リリアナさんはペルーで生まれ育った。一方、娘のサキさんは、日本生まれで、基本的に日本で育った。見た目は二人とも南米系だが、性格は、母はペルー的で、娘は日本的という感じだ。サキさんは、当然、日本語も堪能で読み書きに問題はないが、リリアナさんは簡単な会話ができるくらいで、漢字などは読めない。

 そのため、仕事に支障の出ることがあるらしい。娘のサキさんのいたときは、恐らくフォローしていたのだろうけど、現在は周りの人に訊くしかないため、訊かれる方も度々だと煩わしくなるらしい。会社は、ペルー人とわかっていて採用しているのだから、漢字が読めなくても、作業を進めるうえで大きな障害にはならない前提なのだが、何か問題の起きたときに不便なことも起きてくるのである。そして、彼女は腰が悪いため、荷物の持ち運びができず、それも周りをイライラさせる原因になっているという。

 ただ、一番の問題は、パートのYさんに嫌われていることかもしれない。Yさんは、50代後半の女性で、以前、僕が殺意を覚えた人である。Yさんが、リリアナさんを嫌う理由は、作業の捗らないこともあるが、それより、何かわからないことのあったとき、自分のところに訊きに来ないことの方が大きいようだ。リリアナさんがYさんに作業上の質問をあまりしない理由は簡単で、怖いから訊きづらいのだ。

 はじめは、同じパートながら、部署のリーダー的存在になっているYさんに訊いていたようだが、感じることがあったのだろう、いつしか、人当たりがよく、やさしい20代のパートAさんに訊くようになっていった。彼女は、やさしく丁寧に教えているが、回数が多くなると自分の作業に支障のでるため、最近ではやや困っているらしい。それを見ていたYさんが改めて「何かあったら、訊いてね」とリリアナさんに声をかけたらしいが、今度はYさんが席を離れたときを選んで、Aさんに訊くということを繰り返し、それをYさんが見てしまい、さらに悪感情を募らせてしまった。

 Yさんは「私は、もう無理」と周囲に発言し、社員のNさんにもそのことを伝え、リリアナさんの解雇にまで言及したらしい。Nさんは、Yさんの訴えを受けて、パートにいわれてすぐ解雇というわけにもいかないと思ったらしく、とりあえずあと一月様子をみて、改善させなければ辞めてもらうという方針になったようだ。

 それにしても、社員があまり仕事のできないパートやアルバイトを解雇するということならわかるが、パートが他のパートさんを辞めさせてほしいと要求するなどということは、僕には考えられないことである。いっしょに仕事をしていて、何かと問題のある人がいるとして、それを上司である社員さんに報告するということはあると思う。しかし、面倒をみられないから辞めさしてほしいとまではいわないし、また、いえない。或いは、世間的には、Yさんの言動は、それほど、度を越したものといえないかもしれないが、やはり、間違っている気がする。

 そもそも、Yさんが同じパートなのに、上司のような存在になっているのも、おかしい。先輩のパートだから、仕事を教えたり、注意をしたりということはあると思うが、全てを仕切るような態度は、明らかに自分の立場を逸脱しており、勘違いも甚だしい。仕事で困ったことが起きたとき、丁寧に教えてくれる優しい人に訊くのは、極めて自然な行為であり、わざわざ面倒臭い人間のところにはいかないだろう。

 僕は、仕事よりも人間の方がはるかに大切だと考える。人を、すり潰してまでやる仕事などない。まして、社員より、自由な立場の非正規の従業員なら、仕事を円滑に進めたいがために、やや問題のある人を辞めさせるなどということをするべきではない。むしろ、問題を表面化させないために、フォローするべきだと思う。

 やる気がなかったり、故意に作業に支障のでるようなことをする人なら別だけど、多少、仕事が遅かったり、ミスが多かったりするくらいなら、どうにでもカバーできる。パートに働きに出るというのは、いろいろな理由はあるだろうが、普通に考えれば生活費を稼ぐためであり、リリアナさんもいろいろとお金のかかることがあるから、働きに出たわけで、彼女の生活のことも考えなくてはならないと思う。

 仕事とは、本来、人間に従属するものであり、人間の生活を豊かにするためのものだったはずだ。それが、いつしか、お金儲け第一の効率ばかりが優先され、人間が、仕事の奴隷になった。いまや、人間や生活より、仕事が優先される社会になり、多くの人々はすり潰されている。仕事より、人間が大事、そう思いたい今日この頃である。(2017.8.24)




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