灯りを求めて

 このホームページ最初の文章は「真夜中のサイクリング」というものだった。当時は品川のアパートに住んでいて、零細企業を辞めた直後で無職だった。あまり家ばかりにいるのもよくないので、日中も散歩に行ったり、サイクリングに行ったりしていたが、夜の方が何故かリラックスできた。夜道は人通りも少なく、辺りも暗いから、自転車に乗りながら、いつしか自分の世界をトリップしていた。

 ただ、「真夜中のサイクリング」に、全く‘目的’がなかったというわけでもない。それは前に勤めていた零細企業の前を通ることだった。「真夜中のサイクリング」に出る時刻はだいたい九時過ぎだったため、その会社の前を通るのは九時半前後だったように思う。何故、そんなことをしたのかというと、まだ仕事をしているのか見るためだった。会社に灯りが点いていれば、残業をしているということになる。

 僕は自分が会社を辞めたことの正当性を、自分自身に納得させたかった。毎晩九時過ぎまで、残業をさせる会社など辞めて正解だった、長時間労働を社員に強いる会社などにいなくてよかったのだということを、自分自身に確認させたかったのである。

 会社を辞めたことを後悔はしていなかったし、いつかは辞めることになるだろうという予感は早い段階からあった。しかし、入社してわずか三カ月で退職したことを全面的に肯定できているというわけでもなかった。心の中にはわずかに、後ろめたい気持ちが残っていた。その残滓を、自分の決断を肯定するために、消したかったのだと思う。

 最近になってまた、たまに夜の散歩にいくようになった。現在、住んでいるところは、高台にある。高台というのは、不便なことが多い。最寄駅まで遠いうえに、帰りはずっと上り坂になるため、会社帰りに会社近くのスーパーに寄って買物をした後など、レジ袋を持って帰宅するのは大変である。また、近くにスーパーがないため、休日などは食材を買いに行くだけで小一時間もかかってしまう。

 不便なところもあるが、高台ならではの恵まれたところもある。夜景がきれいなのだ。それが、夜の散歩へと僕を誘うのである。特に南側の展望はよく、家から少し歩くと、ほとんど廃屋になっているアパートがあるのだけど、そこの駐車場からは、大黒ふ頭方面の眺望が眼下に広がり、横浜ベイブリッジまで見ることが出来る。

 さらに足を伸ばして、少し行くと、西側に開けているところがあり、そこからはみなとみらい方面を見渡すことが出来、ランドマークタワーや船の帆をイメージしたヨコハマグランドインターコンチネンタルホテルが見える。ただ、こちらの方は、手前にマンションなどが立ち並んでいるため、光の海という感じには遠く、夜景としてはやや劣るように思う。

 方向を変えて、二十分ほど歩くと、北側の眺望のいい場所がある。こちらはランドマーク的な建物はないが、眼下に住宅が立ち並んでいるので、きれいかもしれない。‘きれいかも…’というのは、まだ、ここは夜に行ったことがないのである。

 前はただ一つの会社に灯りが点いているかどうかを確認しに、そして、今は夜景を楽しむため、夜の散歩に出ている。灯りを求めて、ぶらぶらと…。(2013.9.1)




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