会社に行くのは暇だから

 ここのところ会社も仕事量が少なくなってきたようで、他の部署のパートさんが僕の仕事の手伝いに回されてきた。そのパートさんは24歳の独身女性で、仮にRさんとしておこう。回されてきた経緯は、Rさんのやっている仕事が減ってきたというだけでなく、他の二、三の事情もあるようだが、土曜日も出勤してくれるということが、そのひとつだったらしい。

 僕は、基本的に土曜日は休んでいるので、その埋め合わせをできる人を探していたら、幸か不幸かRさんが浮上したというわけである。折角、来てくれたのだけど、僕のやっている作業も仕事量はそれほど多くはないので、手伝いというよりは話相手という感じになっている。

 彼女の受け答えや態度から、体育会系であるらしいことはわかったが、念のために訊いてみたら、高校時代は卓球部だったそうである。この会社に来る前はコンビニで働いていたということで、重いものでも気持ち良く運んでくれる。

 高校を卒業した直後は、将来、イラストの仕事をしたかったので、その関係の専門学校に通い、知り合いの会社でしばらく働いていたが、ゴラゴタがあって退社し、その後はいろいろな仕事を転々としているという。「イラストの仕事は今は考えてないの?」と訊くと、「いつかはやってみたいけど、今はひとまずそっちの方は休養です」ということだった。どうも、クライアントの指示に従って描かなければいけないのが、苦痛になっているようである。自分の描きたいように描かせてはくれませんからといっていた。

 そんな彼女に「夏休みはどうするの?」と訊いたら、「夏休みはとりません」という答えが返ってきた。この会社で夏休みをとらないパートさんは稀有な存在である。冗談半分に「会社に出勤すること以外で、何かすることはないんですか?」といったら、「昨日、親にも同じようなことをいわれました」と笑いだした。若い娘が家と会社の往復だけで、休日はゴロゴロというのだから、親も心配になったのかもしれない。

 しかし、後でよく考えてみると「会社に出勤すること以外、することがない」というのは僕にも当てはまるような気がして来た。いや、会社員と呼ばれている人たち全てに当てはまるかもしれない。

 前に勤めていた会社に、欠勤を繰り返している同期の社員がいた。僕と彼は仲がよかったから、「体の調子もそんなに悪いようには思えないし、何でそんなに会社を休むの?」と単刀直入に訊いた。すると、「だって俺、毎日会社へ行けるほど暇じゃないから」という答えが返ってきた。彼は、暇なときは会社に行き、それ以外は何か分からないが自分の用事をしているという。このコペルニクス的転回に当時は、軽い衝撃を受けたことを覚えている。

 僕たちは会社に行きたくていっているわけではない。多くの場合、経済的理由と世間体のため、仕方なくいっているのである。他にやることもないし、それじゃー行くかという程度なのである。そして、大して面白くもない仕事を、さも重要であるかのごとく自分を欺いてやっている。

 また、そのくらいに考えておいた方が、いいのではないだろうか。会社への忠誠心を高め、仕事を神聖視することは、あまり健全ではないように思えるからだ。とにかく、日本人は仕事を最優先にし、いつも「仕事が忙しいから」といって物事から逃げているような印象がある。それはある意味、楽ではあるのだが、そんなことを繰り返していると、知らぬ間に会社人間になって、自分を失ってしまう。

 Rさんのご両親は、普通の感覚を持ち合わせている、昨今では貴重な人たちだと思った。娘や息子が会社にいっていれば、とりあえずは安心という親がほとんどなのではないだろうか?それを会社に行くだけの娘を心配するとは…、僕は感心してしまった。そのことを彼女にいうと、「そうですか?」と懐疑的だったが、少しうれしそうな表情をした。(2013.8.7)




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