生活が楽しくなってきた

 最近、生活が楽しくなってきた、とはいっても、特別なことをしているわけではなく、食事を作ったり、掃除をしたり、洗濯物をたたんだりと、そんな基本的なこと日々の生活に楽しさを覚える。

 正社員として働いていた頃は、今考えると生活というものがなかったような気がする。当時は遠距離通勤だったから、朝早く家を出て、会社に行って仕事をして、夜遅く帰って来てテレビを観ながら母の作ってくれた夕飯を食べ、風呂に入って寝るという毎日の繰り返しで、休日も疲れてゴロゴロしていることが多かった。

 当時の上司なども日曜日はひたすら寝て、疲れをとるだけだといっていた。料理も、掃除も、洗濯も妻または母親任せという人は日本人では多数派なのではないだろうか。会社の中でもそういった人ばかりだったから、そんな会社中心の生活が当たり前だと思っていた。身の回りのことは親任せの仕事しかできない人間になり果てていたのである。

 今は食事の準備を妻と交代でしているので、夕飯を作るときは、仕事の終わった後、スーパーにいって夕食と翌日の朝食の食材を買う。メニューは残っている食材から予め決まっていることもあるが、だいたいはスーパーで品物を見て考える。インゲンが安いから、ゴマ和えにしようだとか、レタスは高いからサラダは止めようとか、ブリを安売りしているから照り焼きにしようとか。

 ほとんど一日おきにスーパーに行くため、野菜の値段にはかなり敏感になり、その日に使うつもりはなくても、特に安くなっている場合は買っておいたりする。若い頃、農家で住み込みのアルバイトをしたことがあるが、野菜の値段の上げ下げには悲喜こもごものあることを思い出したりした。

 休みの日には、天気が良ければふとんを干し、窓を開け放って掃除をする。洗濯は妻、掃除は僕の係りに何となくなってしまった。もともと妻は掃除が嫌いな性質で、独身時代の部屋はお世辞にも整理整頓が行き届いているとは、いい難かった。僕も独身の頃、掃除はほとんど母親任せで、風呂掃除以外はたまにパソコンやミニコンポの周りのホコリを拭きとるくらいだった。しかし、大掃除のときは率先してやっていたから、根は掃除好きなのかもしれない。

 食事を作るのもキャンプをしながらのバイク旅行では、ほとんど自炊だったから、これまた好きなのかもしれない。一度、コンビニの弁当が安売りをしているのを見て、それで済ませたこともあるが、キャンプ場でコンビニの弁当を食べるというのは、非常に情けない気持ちになることを知り、止めた。それと同様に夕食をコンビニの弁当で済ますということに、何故か僕は罪悪感を覚えて、できないのである。僕が手作りにこだわってしまうのは、母が常に手作りの食事を出してくれたおかげかもしれない。

 このようなことが出来るようになったのは、働いている時間が減り、その分、生活に当てられる時間の増えたことによる。収入が減った変わりに生活する自由を得たのである。結婚当初、妻はスーパーで夜遅くまで働いていたから、ほとんど僕が夕飯を作っていた。そんな、こんなで自然と料理がまあまあできるようになり、楽しくなっていったのかもしれない。

 普通に生活をしていると、動いている時間が長くなる。夕食の当番のときなどは、仕事帰りにスーパーによって食材を買って、家で料理をするとだいたい七時前後になり、食事を終え、後片づけは食事当番でない妻がやって、僕は食後のコーヒーの準備をして…なんてやっていると、もう九時である。

 仕事が家事に変わっただけのようにも思えるが、会社が中心だったときは、職場でのイヤな気分が延々と続いたりしたが、今では生活に紛れて知らぬ間に消えてしまう。気分転換というのとはちょっと違う気がする。気分転換は、意識的に行うものだが、そうしなくてもスーパーにいって夕食のメニューを考えていたりすると、職場でのイヤなことを忘れるというより、どうでもよくなってしまう。

 生活というものをしてこなかった人というものは、いざとなるととてもモロいと何かの本で読んだ記憶がある。実生活もしっかりとしている人は柱が複数できるが、会社に行くだけの人は一本の柱しかない。それが折れてしまったら、後には何も残らなくなる。

 生活とは生きるための活動であり、時間と似ていると似ているような気がする。時間は人の意思とは関係なく、流れつづけるが、生活も同じである。いくら深い苦悩があっても、お腹が空いたら食事を作って食べ、眠くなったら昼間干したふかふかのふとんで寝る。そうして、一日が過ぎていく。

 どんなに辛いことでも、苦しいことでも、時がそれを吸収し、生活に紛れて薄まっていく。そうしているうちに日は暮れ、そして、また、明ける。(2012.4.14)




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