以前、駅から会社への近道としてシンフォニーホールや各種店舗、そしてオフィスの入っているビルを通っていて、二階の駅へ向かうプロムナードと繋がっている外の広い通路にいくつものベンチがあり、そこでホームレスらしき人たちが、ぼんやりと暮れゆく景色を見ているということを書いた。僕はほとんど毎日、そこを通っているのだけど、最近、そこのベンチにずっといる人に気づいた。 四十代後半から五十代前半くらいで、均整のとれた体つきをしている頑健そうな感じの男性である。髪は長髪だが後できっちりと束ねていて、不潔な感じはしない。アメリカの俳優スティーブン・セガールをイメージしてもらうといいかもしれない。彼がホームレスとわかるのは、いくつもの荷物を持っていることと、その中に傘のあることである。 彼は以前からいたような気もするが、僕がその存在を意識するようになったのは最近のことだ。昼食はここのところずっと会社の近くにある中華店の三百五十円のお弁当で済ませていたが、その日はたまたま小銭の持ち合わせがなく、財布の中には五千円札が一枚あるだけだった。もちろん、五千円札で三百五十円のお弁当を買ってもいいわけだけど、何となくせせこましい気がして、外食することにした。 外食するといっても、豪華なものを食べるわけではなく、駅の近くにあるラーメン屋のラーメンと半チャーハンのセット六百五十円だったりするのだけど、ラーメン屋に行く途中で、ビルの二階のベンチに座っているセガール氏を見たのである。 僕は衝撃を受けた。というのは、前日、六時くらいに仕事を終え、駅に向かう途中、同じベンチに彼が座っていたのを覚えていたからである。昨日の夕方から、今日の昼まで、彼はずっと同じベンチに何をするでもなく、座り続けていたのかもしれないと考えたら、いろいろな想いが湧いてきて、イヤな気持ちになった。 しかし、よくよく考えてみると、僕がそのベンチの前を通ったのは、昼の十二時と夕方の六時くらいだったから、彼もただ昼食と夕食をとる場所として、選んだ可能性も強いように思われた。そして、彼が夜通しそこにいられるはずはないのである。ベンチの構造上、そこで寝ることができないからだ。 初めにベンチの設置されたとき、それは大人が四、五人座れる横に長いタイプのものだったのだが、いつの頃からかその真ん中に金属製の肘掛けが取り付けられて、ごろっと寝そべることができなくなってしまったのである。明らかにホームレス対策で、それは一階のフロアにも共通している。 一階の待ち合わせ場所のロビーには何故か竹が植えられていて、その周りを一周する形で円形のベンチが設置された。それは大人でもゆうに十二、三人の座れるものだったが、知らぬ間にそのベンチのほとんどの部分にどういう意味なのか板が垂直に立てられ、人の座れるスペースといったら三、四人分しかなくなってしまったのである。板と板の隙間に人が座っているといった感じである。そして、そのベンチというよりはオブジェの上には‘ここに長時間、滞在することを禁止します’という張り紙までされていた。 このビルは二十四時間開放されているため、夏は涼しく、冬は暖かい、この場所で夜を過ごすホームレスもいたのかもしれない。その対処のため、窮屈なベンチにしてしまったのだろう。 それは、このビルだけでなく周辺にも及んでいて、近くの公園まで、そういう状態になっているのである。やはり、人の横になれそうな長いベンチの真ん中に、金属製の肘掛けが取り付けられて、横になれないようにしている。昼休み、気候がいいからと会社近くの公園のベンチで昼寝をすることも、できなくなってしまった。 僕は、このベンチを見ると、人間のケチくささを感じて、イヤな気持ちになる。冷たいベンチで横になることのできないセガール氏は何処で夜を過ごしているのだろうかと気になった。(2011.11.7) |