台風15号

 9月21日、台風15号が関東地方を縦断していった。その日、昼に弁当を買いに外出したときは、風がいくぶんか強いくらいで雨はそれほど降ってはいなかった。弁当を食べ終え、椅子を並べて寝転んでいると、社員がやってきて、台風が関東地方を通ることはほとんど間違いないから、仕事に支障のない人は早目に帰るようにとフロアーにいるパートさんにいった。窓から外を見たら、雨がかなり激しく降っていて、風も強そうだった。

 それほど仕事の入っていないパートさんは2時であがったようだった。他のフロアーのパートさんに訊いたら、だいたい3時くらいであがるつもりで、社員も定時で帰るよう指示が出ているという。僕のいる部署もそれほど忙しいということはなかったのだけど、社員さんから帰宅の指示が出ないため、他の部署のパートさんが続々と帰って行く中、嫌々ながら仕事をしていたら、電車の止まる可能性が強いので上がっていいという指示が出た。

 僕と妻は3時半に会社を出て、最寄駅に向かったが、凄まじい雨と風で前に進むこともままならない。暴風の中、何とか50メートルくらい歩いて振り返ると、妻は一歩も歩けないでいた。妻のいるところまで戻り、寄り添うようにして前に進んだが、前から吹いていた風が、今度は後から襲ってきた。自分の意思とは関係なく、突風に背中を押され、ほとんど全力疾走というかたちで道路を横切り、眼鏡が何処かに飛んで行ってしまった。

 目の前のビルにぶつかりそうになったが、何とか踏み止まると、妻も僕と同じように突風に飛ばされ、歩道になだれ込み、転んだ。駆け寄ると、掌から血が出ていた。他に痛いところはないかと訊くと、所々痛いという。左腕から落ちたらしく、動かせるかと訊くと、腕を回したので、少しほっとした。

 今度は、自分の眼鏡を探さなくてはならない。恐らく車道にいちばん端のコンクリートの側溝帯にあるはずだと思い、激しく雨の降る中、傘も差さずに水の溜まっている歩道との境目に顔を近づけ舐めるように見ていくと、あった、あった、レンズのひとつも外れているかと思ったが、多少つるが曲がり、フレームの下の部分に傷がついているだけだった。

 妻と肩を寄せ合い駅に通じるビルに向かったが、数メートル歩いただけで、妻の傘が壊れてしまった。それでも、何とかビルの中に逃げ込むと、中は避難している人で一杯だった。改めて妻のケガの具合を確認すると、目に見えるところでは左の掌切り傷、薬指にも切り傷、肘に擦りむいた後、強打した腕には鈍い痛みがあるという。以前に鎌倉の山中で妻をおいてけぼりにしてしまったことが思い出され、今回ももっと僕が気をつけていれば妻の転ぶこともなかったのだからと自己嫌悪に陥った。

 どうも、僕は自分のことばかりで、他人への配慮が欠落している。何でもマイペースで、他人に合わせることがうまくできず、正に自分勝手を絵に描いたような人間である。このような男と結婚してしまった妻を不憫に思った。それなら、少しでもまともな人間になるように努力すればいいのだが、のど元過ぎれば熱さ忘れるで、同じようなことを繰り返してしまうのである。そんなことを思いながら駅に向かって歩いた。

 会社の最寄駅は3つの路線が乗り入れていて、そのうち2つはすでに止まっていたが、幸いにして僕たちの乗る路線はまだ動いていた。ホームに下りると、すでに電車が待っていて、乗り込むとすぐに出発した。

 家に帰っても夕食の食材がないので、自宅近くのスーパーに寄った。スーパーは営業していたが、駅からスーパーに向かう50メートルの間に僕の傘も壊れてしまった。最近の傘は、やたらとヤワになったように思う。昔の傘は、これほど簡単に壊れなかったように思うのだが、コンビニで買った安物のビニール傘だから仕方ないかもしれない。差さないよりはましと、壊れてさらに暴風に晒されボロボロになった傘にすがりつくようにして自宅に向かった。

 家の路地までくると、その路地の真ん中に見覚えのある塩化ビニール製の波板が落ちている。家の2階のベランダの屋根を見たら、やはりひとつ抜けていた。風で飛ばされてしまったのだろう。波板を拾い、家のわきに置いて、中に入った。全身ずぶ濡れである。着替えて、家の雨戸を閉めていると、バリバリという音が2階から聞こえてきた。2階に上がりベランダを見ると、2枚目の波板が飛ばされていた。

 それは、どういう具合か、家の庭に落ちていた。外に出て、それを拾い、先程の波板に重ねておいた。あとはただ、甲羅に閉じ籠った亀のように台風の過ぎ去るのを待った。一度停電になり、結局、ベランダの波板は3枚が飛ばされ、1枚が大破した。(2011.9.26)




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