工場意見交換会

 仕事を終え、家に帰り、ポストの中を見たら、以前ここで取り上げた工場から、‘近隣の皆様へ’と題された葉書が来ていた。

近隣の皆様へ
 拝啓、梅雨の候、皆様におかれましては益々ご健勝のことと存じます。また、平素は格別のお引き立てを賜り厚くお礼申しあげます。
工場が稼働してから早くも3ヶ月が経ち、安定した製造を行っています。このような安定生産ができたのも、ひとえに皆様のご支援の賜物と感謝しております。これからも安全、安心な商品作りを心がけ、従業員一同日々精進してまいる所存です。
 つきましては、日頃ご支援いただいていてます近隣の皆様を招いて下記のとおり親睦会と意見交換会を催したく存じます。
お忙しいとは思いますが、是非ご出席の程よろしくお願いいたします。今後ともご一層のご愛顧と、ご指導を賜りますようお願いいたします。
まずは、書中をもちましてご挨拶申し上げます。

敬具

平成22年6月吉日

○○株式会社△△工場
工場長 何某

 この葉書を読んだ時、始めに思ったのは、どのくらいの人たちが出席するのだろうということだった。わざわざ工場まで出向く人たちがそれほど多くいるとは思えなかった。親睦会の催される日は土曜日になっていたが、この日はたまたま出勤日に当たっていた。しかし、仮に何の用事がなくても僕は出席するつもりはなかった。親睦会及び意見交換会と書面ではなっているが、実質的には工場の稼働に伴う苦情がないかどうかの聞き取りだろう。

 特に騒音も悪臭も、また従業員の不始末もなく、新しく出来た工場に何の問題も僕は感じていない。強いてあげるなら工場の建物が大きすぎるため、西側の見通しが多少悪くなったことだが、これはどうしようもないことである。工場内を見学してみたいという好奇心が多少はあったが、特に気にすることもなく、この葉書のことは忘れていた。

 数日して、仕事を終え、回覧板を隣の家に持っていったとき、奥さんとばったりと会った。その時、「Hさん、工場の意見交換会は行くんですか?」と隣の奥さんに訊かれ、葉書のことを思い出した。「土曜日は仕事なものですから、行けません」というと、「私は行きますから、何か苦情があったら言ってください。工場の方に伝えておきますから」と言われた。彼女の話しぶりからすると、出席する人はかなり多いようで、意外な感じがした。

 苦情といわれても、特に思い当らなかったが、明け方、車の音が気になることがあったので、そのことをいうと、「ああ、それは工場内のゴミを出しているんですよ。大型トラックで運ぶから、結構うるさいでしょ。以前は真夜中に、出入りしてうるさかったから、苦情を言ったんで、それはなくなったけどね。3時、4時なんて、熟睡してるから気づかなかったでしょ?」と奥さんはいった。前にも苦情を言いに行ったことがあるということだから、今度の意見交換会はそれが伏線となっているのかもしれない。

 ただ、朝の車の出入りの音はそれほど僕は気にしていないので
 「ええ、まあ。朝の車の音も、騒音というレベルでもないとは思いますけど、気にすると気になるというか…」と曖昧にいうと
 「ええ、伝えておきます。それと嫌な臭いがすることはないですか?」と訊かれた。臭いに関しては、全く覚えがないというと、
 「これからは窓を開けることも多くなるから、気づくと思いますよ。ほら、今だって、ね、少し臭うでしょ?」といわれた。そういわれてみれば、何となく臭う気もしたが、果たしてそれが工場からのものかどうかは、よくわからなかった。ただ、最近になって夜に窓を開けてテレビを見たり、夕食をとっているときに、妻が変な臭いがするといって顔をしかめることがよくあり、その度、僕が疑われていた。

 身に覚えのあるときもあったが、そうでもないことも多く、妻の気のせいだと思っていたが、工場からの臭いだったのだろうか?とにかく、僕の疑いを晴らすにはいい情報だと思い、早速、妻にこのことを伝えた。
 「隣の奥さんの話では、工場から悪臭が漂ってくることがあるらしいよ。食品関係だから、その影響かもしれない」
 「そう、そうだったの。変な臭いがすることがあったけど、工場だったのかな?」
 「たぶんね」自分が原因のこともよくあったが、とりあえず、工場のせいにしておいた。これで、しばらくは、妻に責められることは減るだろう。

 それにしても、後になって工場の意見交換会に行けなかったのが、とても残念に思えてきた。行く人数が少ないと気後れしてしまうが、大勢なら心強い。最近では工場見学がブームになっているようだし、今度、機会があったら参加しようと思った。(2010.6.23)




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