東扇島東公園

 土曜日、仕事を終えた後、妻と川崎駅からバスに乗り、東扇島東公園へ行った。この公園のことを知ったのは、通勤電車の中の広告で、海風が気持ち良さそうな海辺の公園の風景と対岸の浮島の工場群の夜景の写真がきれいだったため、行ってみたいと思ったのである。

 川崎駅から東扇島循環というバスに乗ると東扇島東公園まで行くのだが、僕たちは千鳥町の東電前でバスを降りた。千鳥町も東扇島と同じく埋立地で、東扇島とは海底トンネルで繋がっているのだが、この海底トンネルは自動車だけではなく、人の歩くことのできる人道トンネルも作られていて、そこを歩いてみたいと思ったのだ。

 東電前でバスから降りた僕たちは千鳥町の南端にある‘ちどり公園’に向かった。人道トンネルはこの公園を過ぎたところから始まっている。地下に通じる入口から入ると、自動ドアがあり、階段が続いていた。この階段を下り終えると、約1キロメートルの長い地下通路が始まる。この地下通路は一直線に伸びており、幅は自転車が何とかすれ違うことのできるくらいで、狭くたいへんな圧迫感を覚えた。通路は平坦ではなく、しばらくは緩やかな下り坂になっている。「ここは歩道です。自転車は降りて通行してください」と女性の声のテープが繰り返し流されていた。

 しばらく歩くと道は平坦になった。全く風景の変わらない道を淡々と歩くのは精神的に疲れる。監視カメラが所々あるとはいえ、逃げ場のない無人のこの地下通路で襲われたら、どうすることもできない。ここを歩こうと思ったことを後悔した。

 定期的に自動車道路に通じる鉄の扉があり、海底トンネル内で事故が起きた時の避難路になっているようである。というより、避難路を歩行者用に開放しているといった方が正確かもしれない。

 出口に近づくに連れて道は緩やかに上り始めた。そして、階段が現れ、それを上っていくとようやく地上に出ることができた。ここを歩いている間にすれ違った人は4人で、そのうち3人は自転車に乗っていた。一人の歩行者は中年のおばさんだったが、よく女性一人でここを歩けるものだと、感心してしまった。

 人道から出ると、辺りは木々の囲まれた殺風景なところだった。ここは東扇島北公園ということだが、とても公園とは思えない雰囲気で、標識もなく、どちらに行っていいのかさっぱりわからない。勘に任せて海沿いの倉庫街を進んでいくと、東扇島西公園という標識が現れた。どうやら反対方向に歩いていたらしい。

 道は単純なはずだし、入り組んでいるということはないのだから、標識とは反対方向に行くことにした。東公園は東扇島の東端にあるのだから、東に向かって歩き続ければそのうち着くはずである。

 ほとんど人もおらず、交通量も全くない殺風景な道を歩いて行くと、コンビニがあったので、アイスクリームとジュースとチョコレートとポテトチップスを買った。コンビニの外に出ると、ガラスに「休日は東公園に行こう!」と書かれたチラシが貼ってあり、そこに載っていた地図を見ると、この道を歩いていけば東公園に着くことがわかった。海に近いせいか風が強く、陽もだいぶ陰ってきたので涼しい。10分くらい歩くと、ようやく東扇島東公園に着いた。

 6時を過ぎていたせいか、公園内にはほとんど人はいなかった。無造作な雰囲気と空の広さは北海道の公園を思わせた。入るとすぐに芝生で覆われた広い丘が広がっていた。その丘の上を海からの風が通り、とても気持ち良かった。丘を海の方へ向かって歩いて行くと、ヘリポートがあり、さらに進むと海沿いの長いボードウォークに出る。川崎港の対岸の浮島の石油コンビナートや工場群が見えた。川崎港を運行する貨物船や、浮島の向こうに羽田空港のあるため、飛行機の離発着も見ることができる。妻はしきりに空の広さを感嘆していた。

 ボードウォークを歩いて行くと、テーブルとベンチがあったので、そこに腰かけ、コンビニに買ったアイスクリームを食べた。買ってから、かなり時間が経ったため、アイスはだいぶ溶けていた。

 「夜になると、工場の夜景がきれいだろうな」と妻にいった。BOSSのCMで京浜工業地帯の夜景を見て、あまりの美しさに心が動き、いつかは見てみたいと思っていたのだ。しかし、妻はよくわからないという顔をした。

 妻にとって工場の夜景とは寂しいものらしい。というのも妻の故郷ペルーのリマでも工場は空港の近くにあり、いつも遊びからの帰りに見るものだったそうだ。工場に夜景を見ると、楽しい時間が終わってしまうことを想い出すのだという。

 お腹の減っていたせいもあり、アイスクリームの後、ポテトチップス、チョコレートを食べているうちに、陽は沈み、辺りは暗くなってきた。BOSSのCMほどではないが、対岸の工場群の夜景はきれいだった。風が心地よく、妻はベンチの上に横になって気持ち良さそうに寝ていた。こうしたのんびりとした時間の中にいると、ほんとうに心が安らぐ。

 いい時間になったので、妻を起こし、ボードウォークを先まで歩いた。もう誰もいなかったが、川崎では半世紀ぶりに砂浜が復活したと話題になった人工海浜「かわさきの浜」に静かに波が打ち寄せていた。(2010.7.13)




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