大晦日の出来事

 大晦日の夜、妻と僕の実家に行った。実家といっても電車で40分ほどの距離だ。夕食は白菜と豚肉とカニの鍋でそれを食べながら、3人で紅白歌合戦を見ていた。弟はどうしても外せない用事があるとかで、元旦に来ることになっていた。

 鍋の後は妻の用意したケーキを食べ、後は紅白の終わるくらいに年越しそばを食べてのんびり帰ろうと思っていたら、妻がそろそろ帰ろうと言い出した。時計を見るとまだ10時前だった。

 妻は恐らく電車の時刻のことを心配しているのだろうと思い、「今日は大晦日だから、終電は1時間近く遅くなっているから、紅白を見終わってから帰っても大丈夫だよ」というと「これからふたりでTiaシゲのところに行く約束になっている」という。

 Tiaシズは妻の叔母で日本に帰って来ている日系ペルー人の親戚たちが大晦日の夜に集まることになっていて、去年は僕も参加した。だから、大晦日に集まりがあることは知っていたが、今年はその話しが全くなかったため、僕の母の方を優先させてそちらには参加しなくてもいいものだと思い込んでいたのだ。

 そのことを妻に言うと「Hのお母さんの後にTiaシズのところに行くことになっていて、僕にもその話はしている」という。そんな話は聞いていないと言うと、それは忘れているだけだと言われた。

 弟が来ない以上、僕と妻が行ってしまったらここは母だけになってしまい、寂しいことになる。紅白の終わるまでいようという僕と、早くTiaシズのところに行こうという妻の意見は対立した。母の前で言い争うのも気が引けて「紅白の終わるまではここにいる」と僕は宣言した。それに対して妻は10時30分という妥協案を出してきたが、僕は頑として受け付けなかった。

 確かに母ひとりにするのは心苦しかったことはある。しかし、僕がTiaシズのところに行きたくなかったほんとの理由は、あちらはとにかく多くのペルー人が集まるため気後れしてしまうことによる。もともと、僕は人見知りの激しい上に集まりには日本人がひとりもいないのである。日本語の話せない人も多いし、話せる人でもまだ気軽に声をかけられるほど気心に知れた人もいなくて、情けないけどどうしていいのかわからない状態になってしまう。

 僕の宣言で話はついたように思った。ところが、事態は意外な方向に転がり出してしまった。それまで黙っていた母が、早く妻の方の集まりに行くようにと言い出したのである。「約束をしたのなら守らないといけない」「Jさんの顔を立ててあげなさい」「所帯を持ったら、そういうことは大事にしないといけない」と説教を始めた。

 しかし、妻はいざ知らず、僕はそのような約束はしていないし、あちらは30人くらい集まっているのだから、取り立てて僕たち夫婦の行く必要はなく、「元旦に行っても何も問題はないはずだ。とにかく大晦日くらいはこちらにいる」と僕が言っても、「とにかく早く行きなさい」というだけなのである。

 母のヒステリックな説教を聞いていたら、だんだんといらいらしてきてしまった。それを打ち切るために次の間に行ってふとんを出して横にでもなろうとしたら、母はすかさず入って来て、「寝るなんてとんでもない、早く家から出て行け」とほとんど涙声になって叫んだ。

 事情のよくわからない母は事態を必要以上に重く考えてしまったようだった。それはわかっていたが、そんなに大したことではないと説明するのも面倒臭くなり売り言葉に買い言葉で「それなら出て行くよ!」と言い残して、僕は妻を残したまま実家を出てしまった。

 僕は遣り切れない気持ちになって、あてもなく夜の街をさまよった。ふと生まれ育ったところに行きたくなって、そちらに行ったりもした。真っ直ぐに家に帰る気分にならなかったのである。先程までの遣り取りが頭の中で反芻された。どう考えても、自分のやり過ぎで、あまりにも子供だった気がした。妻も可哀相だった。

 妻は事前にTiaシズの集まりのことを僕に言ったら、なんだかんだと避けられることを知っていた。だから、僕をしぶしぶでも納得させるためにぎりぎりになって、しかも僕の母の前で言いだしたのだろう。しかし、それが全くの裏目に出てしまい、思いもかけない方向にいってしまったのだから、彼女も同様に遣り切れない気持ちになっているはずなのだ。

 妻から携帯に何回か着信があった。しかし、僕は出る気になれなかった。夜の帳が下りるように、僕の心も暗く沈んだ。ぶらぶらしているうちに、終電を逃してしまって、最後は2駅ほど歩くことになってしまった。家に着いたのは2時少し前くらいだったが、妻はまだ帰っていなかった。Tiaシズの方の集まりにひとりで顔をだしたのだろうと思った。

 疲れ切っていた僕はシャワーも浴びずそのまま床に着いた。暗い中、眠れないでいると30分くらいして戸の開く音がして妻が帰ってきた。(2008.1.5)




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