お昼休みの過ごし方

 パートで勤務している知人の女性が技術から営業事務へ異動になった。仕事面のことはさておき、お昼休みのことで悩んでいるという。彼女の勤務している会社は比較的、都会にあるものだから、今まで昼は同じ部署の人たちと連れ立って外に食べに行っていた。しかし、営業事務の仕事は昼でもお客さんから電話のあることもあり、そこで働いている人たちはコンビニで何かを買ったり、お弁当を持ってきたりして社内で食べている。慣れ親しんだ技術の人たちと外に食べに行くか、それとも営業事務の仕事や人たちに慣れるために社内で取るか…という悩みである。

 移動になった初日に、どうしようかと思っていたら、それを察したのか「外に行ってきていいわよ」とそこで働いている女性に言われたので、今までいっしょに食事に行っていた技術の友人たちと外食したそうだが、これからもずっとそれでいいのかわからないという。そこで友人たちに意見を求めたところ、真っ二つに分かれてしまったそうだ。

 ひとつの意見は、‘郷に入れば郷に従え’というものである。‘営業事務の人たちは、みんな(とっても女性4人だけらしいが…)外食をせず、コンビニに買いに行く時も交代で行ったりしているのだから、入ったばかりとはいえあなたも社内に残るべきだ。また、そうすればみんなと早く打ち解けられるだろうし、仕事のことも聞けてより覚えられるのではないだろうか。’

 もうひとつの意見はこれとは全く正反対なものである。まず、彼女がパートであることを前提にしている。‘パートには昼休み、時給は支給されないのだから、拘束される義務はなく、社内で昼食をとっている人は複数いるのだから、あなたの残る必要性もない。昼食は会社の外に出てとった方が気分転換にもなって、精神衛生的にいいのではないだろうか。’

 このふたつの意見のうち、正しいと思うのは後者の方である。パートである彼女が時給の支給されない時間まで拘束されるのは、おかしいと思うし、またそのようなことはするべきではない。一日ずっと会社の中にいるというのも気づまりで、昼くらいは気心の知れた友人たちとおしゃべりを楽しみながら食事をとった方がいいように思う。しかし、損か得かという角度から考えると、得なのは明らかに前者の意見だ。

 日本の会社というものは村社会で、別行動をとる者には冷たく、排除しようとするようなところがある。彼女の会社の営業事務の女性は社員が1人、パートは彼女を含めて4人だそうだが、彼女以外のパートはみんな昼休みに社内で食事をとっている。それは恐らく、何が正しいかというようなことより、無難な方、自分にとって得な方を彼女たちが選択した結果のように思う。

 昼休みは無給である。だから、自分の好きなように過ごす。それは間違ってはいない。しかし、会社の中で摩擦を少なくするためには、周りに合わせるのが一番無難なのだ。社内で例え小さくても波風を立てるのは得なことではない。たかだか昼休みの過ごし方の問題であるが、場合によっては彼女の今後を左右してしまうような怖さがある。


 「あなたの意見はどうなの?」なかなか答えを出せないでいると、彼女はじれったいというような眼をして僕を見ていた。無難なのは、営業事務に移った以上、そこにいる人たちといっしょにいることである。しかし、それはストレスのたまる可能性もあり、精神的に辛いことになるかもしれない。

 「そこで働いている人が外に行ってきてもいいと言ってくれているのなら、今まで通りでいいんじゃないかな?」
 「でも、いつまでもそうするのもね…。打ち解けない奴だと思われるんじゃない?」
 「別にどちらか一方に決めることもないでしょ?会社は別にお友達を作るところではないから、必要以上に親しくなることもないよ。打ち解けるためにいっしょにいるというより、打ち解けてきたからいっしょに食べようと考える方が自然だよ。外で食べたくなったら、また行ってもいいと思うし」
 「そんないい加減なことでいいのかしら?」
 「いいでしょ。だってパートは昼に時給は支給されないんだから、自由でしょ?」
 「うーん」この煮え切らないところが、彼女の特徴である。
 「あまり深刻に思わないで、自分の気持ちの通りにしたら?それが正解だと思うよ」

 結局、結論は出せなかった。なぜなら、僕は当事者ではないからだ。このことを一番深く考えている彼女の出した答えが正解なのだ。また、彼女ならそれができるように思った。(2008.1.19)




皆さんのご意見・ご感想をお待ちしています。joshua@xvb.biglobe.ne.jp

TOP INDEX BACK NEXT