病 (後編)

 月曜日の朝、喉の痛みは全体に広がっていた。かなりまずいなと思ったが、直前まで仕事には行こうと思っていた。しかし、朝食をとり、顔を洗い、着替えを済ましたときには止めた方がいいと思うようになった。喉の痛みは激しく、今は微熱でも午後から高熱になる予感がしたのである。そして、その予感は当たった。

 風邪薬を飲んだせいか午前中から夕方くらいまでは、まだ寝床で本を読む余裕くらいはあった。しかし、5時を過ぎた頃から急に辛くなりほとんど動けない状態になってしまった。7時くらいに帰って来たJさんが料理を作り終え、9時ちょっと前くらいに2階に来たときはほとんど意識が朦朧としていた。僕は比較的よく風邪で会社を休んだりするが、そのほとんどはずる休みといってもいいくらいのもので、こんな高熱が出るのは久し振りである。

 しかも5月にこんな風邪を引くなんて…。ほとんどインフルエンザのようではないかと朦朧とした頭で考え、ムクドリの巣を掃除したことなども思い浮かび、ひょっとしたらこれは鳥インフルエンザという奴ではないかと漠然と思ったりした。

 Jさんに連れられてどうにか1階にいき、食事を半分くらいとって、また寝床に戻ったが、喉は焼けるように痛いし、筋肉にも高熱が出た時独特の痛みが走り、ただただウンウンというばかりなのだ。心配そうに付き添うJさんに「体温計を探せ」とだけ言って、後は昏倒という感じになってしまった。

 しばらくして、やっと体温計が押入れのダンボールの中から見つかり、Jさんがそれを僕に口に押し込んだ。そして出してみると37.8度。自分としては少なくても38.5度くらいある感覚だったので、思いのほか熱が低いことに拍子抜けしてしまったが、具合の悪いことに変わりはない。

 Jさんの一家が丈夫な人ばかりだったようで、風邪で高熱?を出して寝込んでいる人間に何をしていいかわからないらしい。治療法を僕にいろいろと訊いてくるのである。「頭に氷のせる?」「寒い!何で寒い?」「体も冷やす?」「アクエリアス飲む?」「汗かいた方がいい?」「着替え持ってくる?」等々。そして、横に添い寝をしてお腹を撫でたり、腕を揉んだり、肩を抱き抱えたりするのである。ゆっくり眠りたいこちらとしては腕が重かったり、風邪がうつりはしないかと気が気でない。

 翌日の朝は熱も37.2度まで下がり、夜に37.5度まで上がったものの、もう喉の痛みはなくなり、筋肉痛もだいぶ楽になった。そして今日は、熱は36.2度と平熱に戻った。熱で消耗したせいか、少し肺が痛かったりするがやっと最低限の日常生活を送れるくらいになった。

 結局、仕事を3日休んでしまったが、この風邪の原因はなんなのだろうかと今思う。この時期にこんな熱が出るような風邪を引いた記憶があまりない。鳥の巣を掃除しているときに菌をもらったのか、それとも出掛けに浴びたシャワーのせいなのだろうか、それともまた別の何かがあるのだろうか?

 たまたま読んでいたある作家のエッセイの中で「そんな仕事がいやなものだったから、一日二日勤めただけで熱が出た」という箇所があった。仕事がいやだと、そう都合よくというか悪くというか熱が出るものなのであろうか?いや、たまにではあるが、確かにそういうことはあるようなのだ。僕自身も前に経験したことがあった。

 しかし、今の仕事は好きではないが、イヤというほどでもない、と考えて思い当たることがあった。金曜日、仕事が暇という理由で僕は2時に帰された。そして、これから暇な時期はもうひとり男性のパートさんと交互に早い時間で帰ってもらうと言われた。金曜日はかなり疲れが溜まっていたし、暇な時期に早い時間で上がらせるというのは理解できることだ。しかし、頭で理解するのと、心でわかるのとは全く別なのだ。

 今月は出勤日が23日もあるからと、密かに給与を計算して、Jさんとの生活も今月は多少の贅沢が許されるのではないかなどと考えていた気持ちが一気に萎むような感じがした。冷静に考えてみれば、たかが3時間早く帰されるだけのことなのだから大したことはないのだけど、張りつめていたものが切れてしまったのかもしれない。

それにしてもである、足が痒い。(2007.6.20)




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