表面化した亀裂

 職場の昼休みはだいたいいつも同じ階で働いている人たちといっしょに食事を取っている。メンバーは女性が4人で男性は僕だけである。ちょっと違和感のある組み合わせであるが、事の成り行きは職場に入った最初の日に同期の主婦の人ふたりといっしょにお昼にいったことによる。

 初出勤の時の昼休み、慣れない土地で右も左もわからない僕を可哀そうに思った同期入社で職場の近所に住んでいる主婦の人が安くていろいろなものがあるところを知っているからと昼食に誘ってくれて、それが続いていくうちに習慣化していったのだ。

 始めは僕とその近所に住んでいる主婦の人ともうひとりの同期入社の主婦の人の3人で食べにいくことが多かったが、それに日系ペルー人のJさんが加わり、そのうちその近所に住んでいた主婦の人が退職したり、また新しく入ってきた人が加わったりして、2年くらい前に今のメンバーにほとんど固定した。僕にJさん、以前に‘モノローグな人’という題でこのエッセイに登場したNさん、僕と同期入社のYさん、そしてNさんと同期入社のKさんである。

 ‘モノローグな人’では一方的に自分のことばかり話し続けるNさんが苦手だということを書いたが、それは僕とJさんの気持ちで他のふたりについてはその素振りで何となく良くは思っていないなと感じられる程度だったけど、ここ最近明らかに避けるような態度が見られるようになってきた。

 Jさんは見た目は日本人であるし、ある部分では日本人以上に日本的であったりするのだけど、やはりペルーで育っているため自分の意見をはっきりと言うし、態度にも出す。彼女は「もう疲れちゃうよ」とか「いっしょに食べても面白くない」と僕に言い、昼休みいっしょに食事に行かないことが多くなっていった。

 以前、「Nさんを避ける素振りが見うけられるようになった」と書いたKさんは、素振りだけでなくJさんと同様に用事があるからという体裁をとってお昼いっしょにいかないということがポツポツという感じになってきた。ここ2年間くらいどんな用事があってもお昼はいっしょに食べていただけに、ここにきてさらにモノローグ振りがエスカレートしてきたNさんを持て余してきたのだろう。Nさんも性格も容姿も正反対のKさんのことを良く思っていないようで、陰で批判をしたりしているから、それも影響しているのかもしれない。

 Jさん、KさんがNさんのことをあまり良く思っていないことはわかっていたが、一番仲のいいと思っていたYさんもかなり不快に思っていたことがわかったのだ。

 今週の木曜日、久しぶりにJさんとYさんふたりだけで昼食をとっていたとき、何気なくYさんがNさんについての小言を言ったそうである。それに対してJさんは一気に
「そう、もう疲れちゃうよ!」と今まで不満を爆発させると、それまで何とか我慢していたYさんであるがダムが決壊したようにNさんへの不満が大噴出したという。
「ずっと自慢ばかりしている」「同じ話しばかり繰り返して、お年寄りみたい」「お昼の帰りは誰もNさんといっしょに歩こうとしないから、私が仕方なくいっしょに歩いている」等々…。

 Nさんの話は突き詰めていくと自分もしくは家族の自慢話か、誰かの悪口である。しかも同じ話しを延々と、それもその日だけでなく何日も引っ張るので聞いている方としてはただただ疲れるということになってしまう。

 例えば来春大学を卒業するNさんの息子さんが誰でも知っているようなある大手電機メーカーから内定をもらった。それだけでなく、彼はこれまた誰でも知っている別の大手電気メーカーとこれまた誰でも知っている大手IT企業と都合3社から内定をもらった。

 この話もさらっと話せば「それはよかったね」とか「おめでとう」とかいうことになるのだけど、「何処に行こうか迷っててね」とか、「○○さんだったら、何処かいいと思う?」とか「まだ結論がでなくてね」とか、「××さんはそのうちのひとつ回してなんて言ってた」とか、延々と2週間近く続けるのだから、だんだんとみんなうんざりしてきてしまうのである。

 好きな映画についても、その内容や出演している俳優とかの話しではなく、いかに自分が多くの映画を観ているかという自慢になっていくのでついていけなくなってしまう。

 しかし、社交的で口八丁手八丁という感じのNさんだけど、実は生きるのに不器用な人なのではないかと最近思うようになった。その不器用さが彼女を饒舌にしているような気がしてならない。会話のキャッチボールがほとんどできないのはその表れだろう。

 Nさんは悪意のある人ではない。むしろ、シンプルでわかりやすい人なのかもしれない。息子さんの就職内定の話をあれだけ続けたのは、恐らく相当うれしかったからで、本人には‘自慢’という意識はあまりなかっただろう。しかし、このままだとみんな徐々にNさんから離れていくように思う。仲間うちで一番喋っている人が、一番孤立しているという不思議な状態になってきている。

 以前はNさんを避ける態度を示していたのはJさんだけだったが、ここにきてKさんも離れ始め、Yさんの本音を知った今、亀裂は目に見えるようになってきている。一番いいのはNさんが自覚してくれることだけどそれは難しいような気がするし、かといって本人に直接忠告するのも躊躇われる。一体、どうしらいいのか、妙案が浮かばない。

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