第73回日本ダービー

 5月28日、Jさんといっしょに府中にある東京競馬場で行なわれる日本ダービーを観に行った。競馬場でダービーを観るのはサニーブライアンが逃げ切ったとき以来だから、9年振りということになる。あまりの人の多さに、肝心のレースはほとんど見ることができなかったが、老若男女様々な人たちがいて競馬ファンの層の厚さを感じることができた。そんな雰囲気を、久しぶりに感じたくなったのだ。

 K駅近くの喫茶店でJさんと待ち合わせ、ふたりでレースの予想をした。Jさんも予め僕の渡した出走表でいろいろと検討をしたようで、細かい質問をいっぱいされた。個人的にいえばダービーは、数あるG1レースの中で一番予想しやすいレースだと思う。ダービーの予想はその前年、新馬戦が始まると同時にスタートするといっていいかもしれない。強い勝ち方をした馬が現れれば、これが来年のダービー馬かと注目する。その繰り返しで徐々に頭数が絞られていくのである。前年のダービー馬ディープインパクトなどはその典型で、新馬戦の勝っぷりから早々と候補になっていたのである。

 皐月賞は速い馬が勝ち、ダービーは運がいい馬が勝ち、菊花賞は強い馬が勝つと云われてきたが、それはダービーが多頭数で行なわれていた時代の話しで、現在のようにフルゲート18頭になってしまえば、広い東京競馬場の2400mで行なわれるレースのため、展開に左右されにくく強い馬がそのまま勝つレースだと思う。

 僕の馬券哲学(おおげさ!)に長距離レースの逃げ馬は絶対に買いというのがあり、今回逃げそうな6番アドマイヤメイン、皐月賞馬で好位でレースを進められそうな2番メイショウサムソン、そのメイショウサムソンに先着したこともある重馬場が得意な15番ドリームパスポート、そして良血の17番フサイチジャンクこの4頭の組み合わせで勝負することにしたとJさんに自分の予想をいうと、Jさんもほとんど同じだという。そしてさらに1頭、1頭細かく見ていくと別の考えも浮かんだりしてきて、結論が先送りされそうになったりする。

 そんなこんなで喫茶店で約1時間、検討した後、いざ競馬場に向って出発した。2時30分、東京競馬場に着いた。府中本町の駅から東京競馬場に繋がっている通路は、人、人、人。中には競馬場から帰ってくる人もちらほらといる。これからダービーだというのに、何故帰ると思ったが、落ち着いて考えてみると競馬場でダービーを見ることはほとんど不可能なのだ。

 自宅の一番近くで馬券を買える場所が東京競馬場だったとしたら、とりあえず馬券だけ買って肝心のレースは自宅のテレビでゆっくりと見るというのは正しい姿勢かもしれないと思った。僕だって、ダービーを観に競馬場まできたが、詳細は家でじっくり見ようとビデオをセットしていたのだ。

 競馬場はもうすでに人の壁ができていた。びっしりという表現がこれほどぴったり来る状況もないなと思った。「お腹空いた」とJさんが言った。訊いてみると、朝から何も食べていないという。喫茶店でもアイスコーヒーを飲んだだけだった。

 「それじゃー、何か食べる?」と訊くと「ビスケットのようなものでいい」と言うが、それはかえって難しい。探してみたが、手に取れて気軽に食べられるようなものは見つからない。Jさんは何とか我慢できるというので、何処か落ち着ける場所で馬券のマークシートを先に記入しようということになった。パドック裏のベンチにようやく空いている場所を見つけ、Jさんのいう番号を書いていく。

 「いくら買う」と訊くと、「2000円」というので、オッズ表を見ながら、当たり負けにならないにならないように金額を割り振り、「これでいい?」とJさんに確認してもらう。Jさんはその番号を見ていたが、「あと2-6買いたい」と言った。見直すと、確かに2-6が抜けていた。「2000円、超えちゃうけど」と言うと、「200円くらいいいよ」というので2-6、200円を追加してマークシートに記入した。

 僕は家で記入してきたので、ふたりで馬券を買ってからパドックに向ったが、ここも人で全く見えない。やっと人が動き出して前に移動したときにはもう、馬は本場馬に向い、地下馬道に消えていくところだった。

 僕らも本場馬に移動したが、前はもうすでに人の壁で、その僅かな隙間から鮮やかな緑の芝生が切れ切れに見えるだけで、2F、3F、4Fと全て同じ状況だった。「どうする?テレビで見る?」とJさんが言うので、4Fにある館内のテレビの前に移動した。後はすぐにスタンドの出入口があり、人の頭と頭の間から緑のターフが輝いていた。

 Jさんはまだ未練が残るようで、スタンドの方に行ったり、テレビの前に戻って来たりと繰り返していたが、終に直接見ることを断念したようで、レースの発走前に僕の横にいた。

 レースは予想通り6番アドマイヤメインが逃げ、2番メイショウサムソンは好位を追走していた。僕が本命にした15番ドリームパスポートは後方を走っている。徐々に鼓動が強くなり、祈りにも似たような気持ちになってくる。直線に入り、手が小刻みに震える。逃げ込みをはかるアドマイヤメインをメイショウサムソンが1完歩ごとに追い詰め、ついに前に出る。ドリームパスポートは後方からよく脚を伸ばしたが、上位2頭には追い付きそうにない。1着2番メイショウサムソン、2着6番アドマイヤメイン、3着15番ドリームパスポートだった。

 「2-6!2-6!Hさん当った!」とJさんは興奮している。「Hさんも当ったね!」僕も馬券は取れた。だけど、できればドリームパスポートが来てくれたら…。まあ、いいか当ったんだからねと思い直した。今年G1で勝ったのはこれが始めてなのだ。

 12レースの目黒記念までやってから、駅に向かったが人の波に溺れそうである。駅はホームへの入場制限が行なわれていたが、何とか2本目の電車に乗ることができた。電車に揺られているうちに、だんだんとダービーで勝った喜びが心に沸いて来た。そしてJさんと居酒屋で祝杯を挙げた。

 馬連2-6、配当1120円。Jさんは200円買っていたから2240円。勝った金額は40円、芸術的ハナ差のショウリであった。(2006.6.3)




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