自由の風

 僕にとって5月下旬からこの6月上旬はバイクにかかる軽自動車税や自賠責、そして任意保険など出費のかさむ時期である。それらの費用を少しでも安くしようと思い、エンジンオイルの交換を自分でやろうとエンジンガードを外し、ドレインボルトを回そうとしたのだけど、これが固くてびくともしない。いくら力を入れてもウンともスンともいわないのである。

 そんなこんなをしているうちに、ドレインボルトの頭をスパナで舐めてしまい、終に素人では手に負えない状態になってしまった。仕方ないので、保険の更新手続きとバイクの12ヶ月点検をするついでにオイル交換もお願いすることにした。

 ドレインボルトの状態は僕が思っていたより酷く、Oリングと合わせて交換になってしまい返って余計な出費をしてしまう結果になったが、バイク屋さんの話によると、もう限界に近づいていたようである。

 プロのバイク屋さんでも苦労している様子を見て、
「固かったでしょう?」というと
「いや、きつかったですね。だけど、セローは…他のバイクでもあるんですけど、こういう状態になることはよくあるんですよ。ドレインの材質なのかな?Oリングも年月が経てばへたってくるし、それで余計奥まで食い込んでしまったようです」と言われた。

 修理の間に僕のバイクの下の部分を見て
「よくオフとか行かれるんですか?」と訊かれた。
「そんなによく行くわけでもないんですが、オフロードは好きなんでツーリングの時はだいたいコースに入れますね」
「そうですか。いや不思議なんですが、セローのオーナーの方が一番オフにガンガン行ってますね。CRMとかああいったバイクのオーナーさんはほとんど行ってないんですがね」と行って店員さんは苦笑した。

 セローはオフロードバイクの中でも最もおとなしいマシンである。もっと攻撃的なオフに乗っている人はオフロードにほとんど行かず、‘軟弱な人間’が乗りそうなセローのオーナーがオフロードにガンガン行っていることが片腹痛かったようだ。

 しかし、僕には何となくその状況がわかるような気がした。たぶん、セローに乗る人間はツーリング好きが多いのだろう。そしてその行程で行きたい場所がたまたまオフだったから…というだけなのだと思う。ダートをガンガン攻めるよりも、自然が好きだから何となく林道を走りたくなってしまう。そんな人が多いのかもしれない。


 僕がバイクに初めて乗ったのは25歳のときだった。それまで免許も持っていなかった。初めて勤めた会社を退社することになった僕は、貯めたお金で免許を取り、クリスマスにバイクを買った。クリスマスにバイクを買うことになったのは全くの偶然である。免許を取れた日が12月19日だったからだ。

 初めてバイクに乗り、僕は自由を感じたと書ければかっこいいのだけど、バイク屋さんから家に着くまでのわずかな距離の間に3回もエンストをしてしまい、そんな気分を感じることからは遠かった。僕が初めて自由の風を感じたのは、次の年の4月に会社を退社してバイクで、信州に2週間のツーリングに行った時だった。

 ツーリングに出て1週間が経ったくらいから、何となくバイクに乗れているという感覚になった。そして、全身に受ける風が気持ちいいものになった。自分は今、自由なんだということが実感できた。それはそれまでの人生で感じたことのない独特の解放感を伴なった気持ちだった。その感覚が麻薬のようになり、バイクから離れていた時期はあったけど、僕はバイクに乗り続けている。


 バイクの点検も終わり、今年もまた夏のツーリングの季節が近づいてきた。25歳の時、信州で感じた気持ちを僕はまた持てるのだろうか。自由の風を全身で感じることはできるのだろうか。(2006.6.11)




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