雨漏り

 昼間はあんなによく晴れていたのに、風呂から上がってふとんに入り、眠る前に軽く本でも読もうと思って向田邦子さんのエッセイ集のページを繰っていたら、カーテン越しに雨粒がサッシにあたっているのに気づいた。道路も激しく雨に洗われている音がしている。「雨音」という文章を書いたばかりだったので、そのタイミングのよさに不思議な気分になってしまった。

 激しい雨の気配の中、本のページをぱらぱらと繰っていたが、どうもそちらに心を囚われているようで、あまり気も乗ってこないので、潔く眠ることにした。蛍光灯を消し、部屋を暗くして目を閉じる。そうすると、ますます雨音が耳につく。何気なしにその音を聞いていたら、だんだんと頭が鋭くなっていって、いろいろなことが浮かんできた。‘この先、俺はどうなるんだろうか?’などと考え始めると、さらに頭が冴えてきて、ますます眠れなくなってしまうのである。

 こういう時は、膀胱に尿が溜まっていることが多いので、あまり尿意はなかったが、トイレにいって、とりあえず出せるものを出した。また戻ってきてふとんに横になると、今度は昔のことが頭に浮かんできた。


 僕が子供のとき住んでいた家は2階建ての一軒家だった。僕と弟は2階の道路に面した部屋で、両親の部屋はその隣だった。それほど造りもよくない家だから、雨が降ると水滴がトタン屋根を叩く音がよく聞え、それが全面スピーカーのように天井から降り注いだ。また、当時の家は昭和初期に建築されたもので、かなり老朽化していたから、所々雨漏りがあった。

 雨漏りする場所は決まっていて、そこだけ天井の羽目板の色が黒ずんでいた。強い雨が降ると、その黒ずんだところの色がさらに濃くなり、水が沁みてくる。そうなると、もう水滴が落ちて来るのは時間の問題である。急いでその下に金盥を用意して置く。すると今度は天井の違う場所にまた雨水が沁みてくる。2個目の金盥が用意される。そして…と結局、3〜4個の金盥が必要となる。

 やがて、滴が天井から金盥に落ちる。何とも侘しい音がする。滴が金盥の中心に落ちるように、位置を調整する。違う場所から、また滴が落ちる。また、侘しい音がする。金盥の位置を調整する。一通り終えると、後は天井を見上げて、早く滴が落ちてこないかなと、何もせずにぼんやりしていた。その時間がやけに待ち遠しかった。

 「もう、いい加減に寝なさい」と隣の部屋から母親が言っている声がする。
電気を消して、ベッドに横になる。部屋の反対側に寝ている弟の寝息が微かに聞える。天井からは雨が屋根を叩く音、ベッドの横の床からは水滴が金盥に落ちる侘しい音。そんな音のハーモニーを聞いていると、気持ちがとても落ち着いてきて、心は安堵感に包まれる。隣のベッドに弟、襖を隔てた隣の部屋には、やはりいくつかの金盥があり、侘しい音を立てているが、両親が寝ている。

 雨が降りしきり、天井のところどころからは雨漏り、だけど家族がすぐ近くいて、寝息を立てている。そのことが何とも楽しく、何とも心強く、何とも安らぐ…。


 今、住んでいる部屋は1階なので、雨が屋根にあたる音を聞くことはできないし、当然雨漏りもしない。だけど、何故か外から聞える雨の音を暗闇の中で聞いていたら、そんな遠い昔のことが懐かしく思い出された。(2005.4.4)




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