暖かくなってはきたけれど

 先週は一時、雪が舞ったりしていた東京だけど、ここのところずいぶんと暖かくなってきて、もう羽毛の入ったパーカーや厚手のコートは必要なさそうなので、春物の外出着との入れ替えをした。明るい太陽の下、爽やかなやさしい風の中、訪れた若い春の感触を体で楽しみたいところなのだけど、いよいよ花粉症は本格的になってきた。

 先週までは、目が痒かったり、鼻が詰まったりとそれほど酷い症状でもなかったのだけど、今週末辺りから水のような鼻水がひっきりなしに垂れて来るようになってしまった。こうなると、僕の花粉症も本格化というわけである。仕事中は気が張っているせいか、まだ何とかなっているが、帰りの電車でシートに腰を下ろし、ふっと気が緩むと鼻も弛んでしまうようで、たらりと水っ洟が垂れてくる。昨年の30倍はあるいわれている花粉はまだまだ飛び始めたばかりで、群馬県の桐生市では山火事と間違うほどだそうで、これからのことを考えると憂鬱になるばかりである。

 効率的な木材の確保のため、成長の早いスギをブナやコナラ森を伐採して近隣の山々に植林を続けたのがこの春の風物詩のきっかけだそうだけど、それをアスファルトとコンクリートだらけになってしまった街と車などから吐き出される排気ガス、さらには過度のストレス社会による自律神経の失調が後押しして、このようなことになってしまったらしい。近年になって花粉を出さないスギなるものが林野庁で開発されたようで、そうなるとこの現象も過去の遺物となる日が来るかもしれないが、いずれにしろ気の長い話しである。

 会社の中もくしゃみの花盛りで、あちこちで‘ハークション’とか‘クシュン’とかいう声が聞こえて来るが、先日このくしゃみの発声の仕方で友人と議論になってしまった。

 その友人は主婦なのだけど、家の中では思い切りくしゃみをしたいので、わざと‘ハークション!’としているということだった。そういえば会社の中でも、思い切りというより僕にはワザとしか思えないのだけど、‘ハークション!’と大声をあげてやっている人もいれば、声を殺すように‘クシュン’と可愛いくしゃみをしている人もいる。前者は男性それも中高年の人、後者は女性が多いように思えるが、一概にそうともいえず、どうも他人を気にするか人かそうでないかというところで別れるようだ。

 音を殺す或いは抑えることにより、他人に不快感を与えないようにと僕も人前ではできるだけ‘クシュン’にしたいと思っているのだけど、これがなかなかうまくいかない。どうしてもある程度の声が出てしまうのである。だから、‘クシュン’とうまく声を殺している人を見るとその人に技術を教わりたくなってしまうのだけど、或いはこのあまり声を出さない‘クシュン’というのがくしゃみの本来の姿ではないかと思ったりする。何故そう思うのかというと、動物はほとんど‘クシュン’だからである。

 僕は犬と猫を飼ったことがあるが、どちらともくしゃみは‘クシュン’と可愛くやっていた。動物が意識して音を殺したり、或いは反対に出したりということはないと思う。ということで自然なくしゃみというのは‘クシュン’というのはでなはいかと思ったりするわけである。大きな声を立てるということは、自然の中で暮す動物にとっては敵に自らの存在を知らしめることにもなりかねない。‘ハークション’と大声をあげるくしゃみは、人間だけなのかもしれない。

 思い切り‘ハークション’とやる意味は、先程の友人がいっているように快感を得るためなのだ。思い切り声を出すというのは、気持ちいいものであり、さらにくしゃみという形態をとれば誰に文句をいわれることも少ないわけである。僕も自分の部屋では決して‘クシュン’ではない。人のいないところでは、くしゃみによって起きる風圧を鼻に集中させ、鼻の穴に溜まった鼻水を一掃するなんていうこともしている。これはオナラにもいえることかもしれない。

 人前では音を殺し、そうでないところでは思い切り。ただ、オナラの場合、音を消すのは比較的簡単な技術だと思うが、そうすると臭いが強くなるような気がする。音と臭いは反比例の関係にあるように思ったりする。ちなみに僕が飼っていた犬のおならは‘スー’で、決して‘ブー!’ではなかった。たまにちょっと音が出ると驚いて、自分のお尻の臭いを嗅いだりしていた。おならも人がいないところでは思い切りするというのも、気持ち良さを追求する人間ならではなのだろう。

 ひょっとすると動物は常に意識なしに、周囲との調和をとっていて、人間というのはそれを破って快感を得ることをいつも考えている生物なのかもしれない。

 しかし、そのくしゃみもたまに出るから気持ちいいのであって、これが頻繁ではかなわない。早くスギ花粉が飛び終わってほしいと思う今日この頃である。(2003.3.19)




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