大津市いじめ殺人事件

 昨年十月、大津市立皇子山中学校二年生の男子生徒が自宅マンションから身を投げ自殺した。自殺の一週間後、学校が全校生徒を対象に実施したアンケートにより、いじめのあったことを市教育委員会は認めたが、いじめが自殺の原因になったとは特定できないとして、わずか三週間で調査を打ち切っていた。情報開示請求により、生徒へのアンケートが表沙汰になり、あまりにも陰湿ないじめの実態がわかってきたのである。

 当初、学校側はいじめはなかったと、いじめそのものを否定していたくらいである。自殺を受けてのいじめ調査は、全校生徒(859人)を対象に行われ、そのうちの四割に当たる336人が回答を寄せていた。いじめを直接目撃したのは104件(伝聞を含めると227件)で、アンケートは無記名でもかまわなかったが、記名した生徒は67人にも及んだ。

 これだけの生徒がいじめを目撃していたのにもかかわらず、それを学校側が把握していなかったとは、とても考えられない。いじめの事実を隠ぺいしようとしていたのではないかと思われる。「毎日殴られていた」「家族全員死ねといわれていた」「口の中にハチやカエルを入れられていた」「万引きを強要されていた」、そして「自殺の練習をさせられていた」などいじめの実態は、悲惨なものであった。市教育委員が最後まで隠していた「自殺の練習をさせられていた」という行為は、場合によっては自殺教唆罪が適用されるものである。

 さらにいじめたとされる生徒二人が、自殺した生徒に暴力をふるっているのを担任教師は見ていながら「あまりやりすぎるなよ」と笑っていたという証言や、自殺した生徒が泣きながら担任教師に電話でいじめを訴えたが、対応しなかったという証言もあり、全く当事者としての能力もなければ、資格もなく、教師になるべき人間ではなかったように思う。「あまりやりすぎるなよ」という発言は、ヤクザの兄貴分が、敵対する団員などをボコボコにしている舎弟にいうような言葉であり、この教師は加害生徒と同じ立ち位置にいたことを思わせる。

 さらに学校側は生徒の自殺後、「誰かに訊かれても無視しとけ」「このことは、あまりしゃべらないように」と生徒に口止めしており、いじめの事実が発覚し、問題が大きくなった後でも「変なことをしゃべるな」と全校生徒を集め、校内放送で流すなど、まさに腐り切っている。

 しかし、腐り切っているのは学校ばかりではない。アンケート調査を実施した市教育委員会も、加害生徒から話を訊くなど、突っ込んだ調査を行わず、「自殺といじめの因果関係は不明」という結論を早々と出し、調査を打ち切ってしまった。学校も教育委員会も一番大切なのは自身の保身であり、その他のことには関心がないようである。

 人間というものは、誰だって保身を考えるものである。しかし、保身を第一と考えるような人間は、責任ある地位に就くべきではない。ある程度の地位に就くということは、名誉や高い報酬を得られるのと同時に、重い責任を引き受けることである。そのことの自覚なしに、ただ名誉がほしいから、高い報酬を得たいからと、甘い汁だけ享受するということは許されない。何か事が起きた時には、自らのことを考えず、責任を持って問題を抱え込む覚悟がなくてはならない。大津市教育委員会の面々は正に責任ある立場に就く資格の無い人たちだった。

 さらに大津警察署は、自殺した生徒の父親の被害届を、三回にわたって受理しなかった。ここにも、ことなかれ主義と保身が透けて見える。地獄というと閻魔大王がいて、怖い赤鬼や青鬼がいるような世界を思っていたが、現代の地獄とは自分のことだけしか考えず、無関心で無責任な大人たちに囲まれた世界である。真実の追求がいっさいなされず、自殺した子供の無念を思うこともせず、保身とことなかれ主義と自己弁護に終始する大人たちの世界である。

 ところが、事件は思わぬ方に転がり出してきた。フジテレビのとくダネという情報番組で加害者の実名が特定されるような映像が流れてしまったのである。現在、ネット上では加害者とされる三人の少年の実名、顔写真、さらには住所、電話番号、家族構成、家族の勤務先、転校した学校、自宅の写真など、ありとあらゆるものが公開され、所謂‘祭り’状態になっている。フジはインターネット上に拡散している画像をサーバー上から削除する要請を検討しているということだが、もはや手遅れである。いったんネット上に流れてしまえば、それはもうどうすることもできない。Googleでは加害生徒の実名が検索ワードのトップになるなど、異常な事態になった。

 明らかに、これはやり過ぎである。しかし、その反面、自業自得だと思っている自分がいるのも確かである。一人の人間を死に追いやったのだから、このくらいされても当然で、死んだ子の気持ちを思えば、もっとやれとさえ思ってしまったりする。自分の気持ちの暴走が止まらないのである。

 危ないなと思う。僕はこの事件を直接知っているわけではない。テレビやネットで得た情報だけである。テレビが、事件の本質を取り違えて報道してしまうことはよくあることだし、ネットの中には虚実入り混じっているのが実情である。

 ネットの暴走が始まってしまったら、止めることは、非常に困難である。それもそのはずで、全ての人間がやり過ぎを自覚し、反省するなどあり得ないからだ。あえて暴走を止められるとしたら、真実しかない。事件の全容を解明して、亡くなった少年の無念さを少しでも晴らすことだけである。(2012.7.9)


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