メル友 前編

 テレビから流れるニュースを見て驚いてしまった。それは次のようなものだった。携帯電話の出会い系サイトで知り合った男性に、勤めていた会社の金を5年間に渡り盗み、合計で約1憶5300万円を送金していた女性が逮捕されたというニュースだ。 これだけではそれほど驚く事件でもないが、この男性と女性は一面識もなかったのである。5年間の「交際」はメールと電話だけであった。つまり女性は一度も会ったことのない男性に5年間に渡りお金を貢ぎ続けたのだ。

 男性は自分とは似ても似つかない美男子の写真をメールで女性に送り、病気の親の治療費と偽ってお金を無心していた。それに対して女性は嫌われたくない一心でお金を送り続けたという。女性の実際に会いたいという申し出に男性はその都度、適当な理由をあげて断り、送ってもらったお金は遊びに使っていたという。

 しかし、落ち着いてよく考えてみると、何となくこの女性の気持ちがわかるような気もしてくるのである。‘嫌われたくない一心’とは何なのだろうか?


 インターネットを始めた頃、積極的にメル友を作ろうとしたことがある。今もある「ご近所さんを探せ」というサイトで、まずは比較的自宅に近い所に住んでいる女性を探しメールを出した。しかし、結果は思わしくなかった。ほとんどなしの礫で、たまに返事をくれる人もいたが、長く続くことはなかった。

 近くの人だと余程一致する趣味や嗜好がない限りすぐに話題がなくなってしまうし、その結果、会おうということなる可能性もあり、そのことに対する警戒感が強いように感じた。また実際に会ってどうのこうのというのも、考えてみると面倒臭く思え、遠くの人の方がメル友としてはいいのではないかと思えてきた。

 地方の人であればその地方独自の話題も多いだろうし、こちらのちょっとしたこともまた話題になる。それに旅に出た時など、もしそこにメル友がいたらいっしょに食事などもできるのではないかと考え、日本全国にメル友を作るという壮大な計画が頭に浮かんだ。そこで、まずよく旅行にいく北海道から始めようと思った。

 北海道といっても根室とか稚内だと登録している人も少ないので、札幌に住んでいる人から探すことにした。同じくらいの年齢で趣味の合いそうな人を探しているとMさんという女性が見つかった。僕は早速、Mさんの私書箱宛てに出来る限りの自己アピールを書いたメールを出した。

 返事は翌日にきた。そこにはひとつ気がかりなことが書かれていた。ご近所さんのプロフィールには書かれていなかったが、自分は既婚者だけどそれでもいいかということだった。面倒臭いことにならなければいいが…と思ったが、実際に会うということもよく考えてみれば難しいだろうし、メールが楽しくできればどうでもいいような気がしたので、僕は人妻であることは気にしないと書いた。そして彼女とのメールが始まった。

 メールはほとんど毎日、日に2〜3通に及ぶこともよくあり、一番多い日は5通ものやりとりがあった。会社から帰り、メールチェックをするとMさんからのメールがあり、すぐに返事を書き送る。そして、寝る前にメールチェックするとまたMさんからのメールがあり、それに返事を書くというようなことを繰り返した。

 そして、だんだんとMさんのことがわかってきた。彼女は美容師で、個人経営の店に勤めていて、分譲マンションに暮らしている。道北のE町の出身で実家は牧場を営んでおり、父親は共産党員で、札幌に出て福祉関係の仕事に就いている妹がひとりいる。子供が欲しかったが、何回か流産してしまい、子供を産むことを諦めてしまった。そして、サザンオールスターズの大ファンである。

 彼女の夫は再婚で彼女よりも20歳近く上であり、前妻との間にできた高校生の息子がひとりいる。息子は夫の前妻といっしょに暮らしているが、またに父親に会いに来る。一年前にそれまでずっと勤めていた会社を退職、約1年間失業保険と退職金で遊んで暮らしていたが、彼女から離婚を突き付けられ、最近になって倉庫のアルバイトの仕事に就いたが、その給料は‘びっくりするくらい低く’ここのところずっとSEXレスで、それぞれが自分の好きなことをしている。

 このような深いところまで短時間のうちに知りえたのは、やはりメールだからだと思う。全くの匿名というわけでもないが、見えない相手だからこそ、心の深いところまで語れるという特性のためだろう。そのうちメールだけでなく、ICQを利用したチャットなどもするようになった。ある時間を共有することで、親近感はますます近くなった。そしてメールを始めて半年経った頃、僕は彼女に会うため札幌まで行ったのである。つづく…(2008.3.14)


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