飲酒運転

 8月25日、福岡市の海の中道大橋で会社員の運転する車が後続のRV車に追突され、約15m下の博多湾に転落するという事故が起きた。この事故で追突された会社員の1歳から4歳の子供3人が死亡した。追突したRV車に乗っていた男は市の職員で酒を飲んだ後、車を運転していた。

 この事故が契機となり、マスコミでは連日、飲酒運転による事故が報道されている。日本が急に飲酒運転大国になってしまったような印象を受けるが、もともとこの国ではお酒を飲んで車を運転することに罪悪感を持たない人間が多いように思うし、特に地方ではそれが習慣になっているような感じがする。こう言う僕も過去に1度だけ、飲酒運転をしてしまった経験がある。


 今から10年以上前、僕は一時、長野の農家に住み込みで農作業のアルバイトをしていたことがあった。そこではみんなでいっしょに夕食を取るのだけど、必ず自家製の果実酒が1杯ついた。ある日の夕食後、バイトだけで飲み直そうとした。酒屋の場所を農家のおじさんに訊くと、かなり遠く、歩いて行くと片道有に45分はかかるという。

 農家のおじさんは気軽に「軽トラを使っていきな」と言った。車で行けば10分前後で往復できるという。しかし、僕はかなり不安だった。たった1杯とはいえ、お酒を飲んでいる。しかも、それまで僕は飲酒運転などしたこともなく、またそういったことは絶対にするつもりもなかったのだ。

 しかし、結局、僕は軽トラを使って買いに行くことにした。歩いて行くのが億劫だったということもあるが、他のバイトの手前、頼もしいところを見せたいという気持ちもあったように思う。また、酒屋まで夜は車もほとんど通らない田舎道のため、事故など起こりようがないという気持ちもあった。

 車を走らせて、数分で僕は後悔した。たった1杯の果実酒だったが、アルコールが入ったため明らかに普段と運転の感覚に違いがあったのだ。車を走らせているという実感が希薄になり、何処か浮ついている感じがずっとしていた。シフトチェンジやブレーキのタイミング、ハンドリングも自分の感覚と現実が少しづつ違っていた。

 幸いにして他の車や歩行者、自転車にも会わなかった。酒屋でお酒を買い、農家に戻って車を止めたとき、僕はもう2度と飲酒運転はするまいと思った。事故を起してもおかしくない感覚だったのだ。自分でもバカなことをしたと思った。しかし、僕の周りには飲酒運転する人でいっぱいだ。

 社員10数人の会社で働いていた時、社員旅行で沖縄に行った。小さな会社らしく、現地での移動はレンタカーを3台借り、それに社員が分乗していろいろと観光した。運転手は運転に自信があると自己申告した人たちで営業部長のIさん技術のSさん、そして僕と同期に入社した新入社員のY君だった。

 昼になり、みんなでレストランに入った。お酒を飲む人はほとんどみんな何かアルコールを注文していた。そして何と、運転手役のI部長やSさんもビールを飲み始めたのだ。Y君はやや困惑気味だったが、I部長にすすめられ飲み始めてしまった。こういう状況に、誰も何も言わず、ただある年配の女性社員が「飲酒運転になるんじゃない?」と冗談めかして言ったくらいだった。

 I部長は「ビールの1杯や2杯、大丈夫。水みたいなものだから何も問題ない」というようなことを言っていた。「運転手は我慢しろ」というようなことを誰も言わないことに、僕は信じられない気がしたが、部長のいうように「ビールの1杯や2杯は大丈夫」ということがみんなの常識になっているようだった。

 以前、勤めていた会社の近くにやや汚い中華屋があった。そこに昼食をとりにいくと、工事関係者を思われる人たちとよく会った。その人たちはいつも車で来ていたが、必ずビールを注文していた。昼休みにビールを飲むということにもちょっと驚いたが、その後、車を運転するということを思うと心配になった。しかし、彼らの中では、それはしごく当たり前のことだったのかもしれない。

 日本では意外と多くの人が、このような‘常識’を持っているのではないだろうか。今、勤めている会社でも、休日に家族と海浜公園に車で行き、芝生の上でビールを飲むのが愉しみだという人がいる。
「飲酒運転になるんじゃないですか?」と訊くと、
「飲んですぐに運転するわけじゃないから大丈夫」とい応えが返ってくる。

 今日もまた、飲酒運転による事故のニュースがテレビから流れている。(2006.9.16)


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