一人旅

 20代前半の頃からよく旅に行くようになった。周りにいる人間に旅に行くというと、だいたい2つのことを訊かれた。ひとつは何処に行くのかということ、そしてもうひとつは何人で行くのかということだった。行き先はいいとして、「何人で行くの?」とい質問にひとりと応えると、ほとんどの人は怪訝な顔をし、「優雅だね」というやや皮肉の混じったものから、「寂しいわね」という同情がこもったもの、さらに「いっしょに行く人はいないの?」とか「友達いないの?」とか僕の人格に疑問を呈するものまで否定的な反応が返って来ることが多かった。ほとんど唯一といっていい好感を示してくれたのは、彼もまたよく一人旅に行く職場の課長で「旅の基本はひとりだ」と言っていた。僕もそれにほとんど同感である。旅の基本はひとりなのだ。

 お金を稼ぐようになり、ある程度自由に旅に行けるようになってから社員旅行などを除くと僕の旅の共は最高で2人、ほとんどがひとりかふたりの旅だった。ひとりとふたりわずかひとりの違いであるが、このひとりの差により旅は全く違うものになってしまう。

 一人旅の場合、当たり前のことではあるが全てをひとりでやらないといけない。列車や飛行機、船の切符の手配から宿を決めたり、何処に行くか、何を食べるかなど全て自分の頭で考え、行動しないといけなくなる。これらは意外としんどいことである。共がいる旅に慣れた後の一人旅では特にこの辛さを感じてしまう。しかし、このことに慣れていくと徐々にほとんどのことが楽しく感じられるようになる。自分が自由になっていくことが実感できるからだ。そして計画からの解放がさらに気持ちを高めていく。共がいる場合、全くの無計画の旅というのは成立しないが、一人旅では可能なのだ。

 ひとりで旅に出た場合、明日の計画というのが全く白紙であっても何の問題も起きないし、予定を勝手に変更したって誰からも文句が出ることはない。足の向くまま、気の向くままという旅が可能だ。しかし、ひとりでも旅の共ができると、こうは行かなくなる。

 ひとりのときは自分さえ納得すればいいわけであるが、ふたりになると相棒を説得しないといけなくなり、さらに人数が増えた場合はもう個人のわがままなど言えなくなる。人数が増えれば増えるほど、しっかりとした計画というものが不可欠になってくるのだ。みんなが、まあまあ満足するような計画を立て、それを忠実になぞらなくていけなくなる。しかし、計画通りの旅ほどつまらないものはないように僕は思う。

 旅というものは、人や自然との出会いによって変わっていくからこそ面白い。偶然出会った人と息投合して登る予定ではなかった山に挑戦したり、素晴らしい景観に遭遇して佇んでしまったりと動きがでる。自分の想像をどれだけ裏切られるかが、その旅を味わい深いものにする。

 また独りのため、いやでも他人との関りは増えてくる。食事の注文や、宿の手配などだけでなく、周りのいる人間との壁が低くなったように他の旅人や地元の人たちと言葉を交わす回数は自然と増える。これは話す相手がいないのだから当たり前で、人は人を求める。複数で旅に行った場合は、どうしても仲間内で固まるため周囲との壁は高くなるし、また深い関りを持とうという気持ちも薄れる。

 こうして見ると「旅の基本はひとり」というのは正しいような気がする。しかし、ここから「一人旅が最高か?」となると、素直に頷くことができなくなる。というのも、僕はふたりでの旅がいちばんいいのではないかと思っているからだ。

 確かに一人旅は自由であり、何回もするといろいろなことに慣れ自由度はさらに高くなる。しかし、一人旅を何回経験しても慣れることがなかったことが僕にはある。それは夕食時の気まずさ、寂しさだった。

 朝食と昼食は独りでも一向にかまわない。朝食などはむしろ1人で取ったほうが優雅な気分になれたりする。しかし、夕食だけはどうしてもそういった気分になれなかった。民宿や旅館で家族連れや友人グループ、或いはカップルなどに混じって独りでとる夕食の気まずさは言うに及ばず、ホテルなどに宿泊して外で取る夕食の場合でも1人ということでいい感じの店なのに入るのを躊躇してしまったりする。そして駅前にある安い食堂などで済ましてしまう。それはそれで特にいやなことではないのだけど、やはり会話を愉しみながら、いい雰囲気の店で夕食は取りたいと思う。

 一人旅の弱点は自分の行きたい所しか行かないというところにもある。誰かがいっしょであれば自分はあまり気は進まないが、相棒が行きたいという所にも行かなくてはならなくなる。それでいやな気分になることもあれば、新しい発見があることもある。一人旅では、そういった機会が失われてしまう。

 そして、何より一人旅は感動を共有できないし、辛さを分けられない。素晴らしい景色と出会ってもそれを共感し合うことはできず、雨に打たれたときその辛さを笑い飛ばす相手はいない。自分のキャパシティが旅の全てになってしまう。このことは決定的な一人旅の弱点のように思う。旅先で出会った人たちによってこの弱点は緩和される場合もあるが、そういった僥倖は頻繁に起きるものではない。

 旅に相棒がいると厄介なことはいっぱい起き、ストレスが溜まる。そしてそれは時間の経過とともに加速度的に大きくなる。僕も初めて相棒と行った長期の旅行で、その後半に喧嘩してしまい別々に帰ってくるということがあった。しかし、その翌年僕はまたその同じ相棒と長期の旅に出た。それは自分ひとりだけでは物足りない何かがあったからだと思う。いや、いや、そんなに深刻に考えなくてもいいかもしれない。旅に連れがいるということは、それだけで楽しい。(2006.8.26)


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