Born In A Prison

昨年の9月末で会社を辞めた僕は当初、今度は生活を楽しむような生活をしたいと夢想していた。働き始めた頃、先輩の社員から言われたことがあった。それは1日のうち8時間は仕事、8時間は睡眠、そして残りの8時間は自分の好きなことをするのが理想的な生活パターンだというものだった。その時はそんなものかなぁ?と思ったが、或いは一面真理かもしれないなと最近思うようになった。

もちろん正社員として会社勤めをしていれば、そのような生活はほとんど不可能だろう。だから会社を辞めたら最低限必要な生活費分だけ仕事をして、あとの時間は自分の好きなことをしようと思っていた。しかし、会社を実際に辞めてしまうと、そういった優雅な気分はだんだんと消えていき、不安と焦りが僕の心を支配し始めた。

それまでは毎日々同じ時刻に起き、同じ通勤電車に乗り…といった生活に疑問を感じていたのに、そうする必要がなくなってしまうとある種の懐かしささえ感じるようになり、そうしていない自分が社会から取り残された存在のように思えた。前の会社仲間や友人達と飲みに行った時など、彼らに微かな劣等感を感じている自分に気づいて愕然としたり、さらに親や親戚の非難により、自分の生活を見直して、楽しい生活をするといった気持ちより、早く次の仕事を見つけて社会復帰しなくはという気持ちになっていった。

刑務所から出所した人が世間に馴染めず、3度々の食事の心配がなく規律正しい生活ができ自分の頭で何も考える必要の無い刑務所生活に戻りたいがために再度、罪を犯してしまうことがあるそうだが、この時の僕の心理状態もこれに近い状態だったと思う。自由とは決して楽なものではなく、ある意味とても重く厳しいものなのだ。まして現在のようなシステム社会の中ではなおさらなのかもしれない。それこからの脱却はよほどの決意がないとできないだろう。

僕も焦りと不安に勝てず、職安に通い詰め、求人誌を買いまくり、再就職をすることができた。しかし、割り切れない気持ちが残ったままでさらにその会社にも問題があり、また塀の外にでることになってしまった。
今は前よりもずいぶんと気持ちが落ち着いている。じっくりとこれからの生活を考えていきたいと思っている。一番の敵はこれまでに自分の頭に刷り込まれてしまった「常識」と「価値観」だろう。このシステム社会から完全に飛び出すことはできないかもしれないけど、せめて片足くらいは外に出したい。そういえばオノ・ヨーコが次のように歌っていったけ…

We're born in a prison.
Raised in a prison.
Sent to a prison called school.

We cry in a prison.
We love in a prison.
We dream in a prison like fools.

Wood becomes a flute when it's loved.
Reach for yourself and your battered mates.
Mirror becomes a razor when it's broken.
Look in the mirror and see your shattered fate.

We live with no reason.
Kicked around for no reason.
Thrown out without reason like fools.

We work in a prison.
And hate in a prison.
And die in a prison like rule.
…(2003.5.9)


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