夢幻彷徨〜スコール〜  ファイナルファンタジーMIX

 

第1章:邂 逅 【3】

 

 飛び込んだ先、問題の路地裏はほとんど荒れていなかった。あれほどの火柱が立ち上ったにも関わらず、地面のほんのごく一部に焦げた跡が少しと、それと魔法の標的にされたのだろう人間が数人、火炎にやられて重度の火傷を負って呻いている程度だった。
  本来ならば標的になった人間は命を絶たれ黒こげ状態になり、魔法が吹き荒れた地面も黒く焼け焦げていて不思議ではないくらい強い魔法だったはずだ。
  感じられた魔力の波動の強さと、行使された魔法の効果のアンバランスさに、セフィロスの眉間にしわが寄った。今では微塵も感じられないが、最初に感知した時のように何か非常に強い違和感が此処には存在していた。
  自分の知る常識では推し量れない何かがある。
  翠の双眸がすうっと細められた。

 重傷の人間が数名、一人の人間を取り囲むようにして倒れている。取り囲まれた人間は特に外傷は見あたらず、どうやら意識を失っているだけのようだ。位置的に見て、取り囲まれている人間が魔法を使用したことに間違いないだろう。そしてそのさらに向こう側、行き止まりになっている壁のほど近くに、地に伏せている者がおり、ざっと見た感じではこれといったけがはなさそうで、ただ気を失っているだけのようだった。
  彼らの位置関係から見て、気を失っているのみの二人は何らかのトラブルに巻き込まれた被害者で、重傷を負っている人間たちが二人をトラブルに巻き込んだ加害者側であるようだ。スラムに迂闊に入り込んでしまった者を見つけた荒くれ者達が、二人を獲物と判断して金品を巻き上げようと強盗行為に及んだと、そういうことだろう。
  セフィロスは一旦そこで思考を断ち切ると、改めて取り囲まれている人間に視線を戻した。

 

 英雄の居る位置から少しばかり離れた場所で現状を観察していたザックスは、違和感を感じていた。何かが間違っていると、漠然とだがそう感じていた。
  セフィロスの動きにつられるように、ザックスは改めて魔法を使用したであろう人物へと視線をやった。
  改めて見てみると、意外に若い男だということが判った。もしかすると自分より幾分若いかもしれない。俯き加減で容貌までははっきり見て取れないが、それでも若いということはよく判った。
  それが趣味なのか、セフィロスと同じ様な全身黒ずくめのその出で立ちは、どこか風変わりなデザインのものだった。
  そんな若者の傍らに、奇妙な形状の剣が落ちている。銃と剣とを掛け合わせ、融合させたかのような奇妙な大剣だ。回転式リボルバーの弾丸が射出される部分である銃身を、強引に片刃のバスターソードに置き換えたものとでも言えばいいのか。片刃のバスターソードの柄部分を、無理矢理回転式リボルバーのそれに置き換えたものとでも言えばいいのか。とにかくそれは今までに見たこともない形の銀の剣だった。そして幅広の刀身には優美な獅子の刻印がなされている。だがしかし、マテリアを装填するための穴はどこにも見受けられなかった。
  それを認識した途端、ザックスは寒気を感じた。何か途方もない違和感を感じ、顔を強張らせた。背中に怖気を感じながらも、さらに若者を観察しようと歩み寄ろうと足を踏み出すと、それを遮るように黒銀の影が視界を覆うように過ぎっていった。それが誰であるか認識した途端、ザックスは思わず苦笑していた。セフィロスという存在を失念していたことに思い至り、苦笑した。
  裏を返せばそれは、他者を圧倒する存在感を放っている英雄をつい忘れてしまうほど、今目前で起きている事態は異常なのだと言えた。
  若者の近くまで歩み寄ったセフィロスは、口中で小さく治療の下級呪文である『ケアル』を唱え、若者の周囲で無惨な姿を曝している者達に治療を施した。しかしそれはあくまでも必要最低限のものでしかなく、一応命は取り留められるだろう程度のものだった。
  このような惨状に至るまでに何があったのか。
  それをほぼ正確に把握したセフィロスは、重傷の者達から一切の興味を失っていた。一人の人間を多数で襲うような輩になどまるで興味を覚えなかった。ただ、神羅の英雄が、スラム街の住人とはいえ、負傷している人間を冷たく見捨てたため死んだというような噂が広まるのを避けるため、必要な処置を施したに過ぎなかった。戦場では、非日常的な世界では、自軍の者や必要性のある人間以外を助けるなど考えられないことなのだが、平和な世界にいる間は、あくまでも人命救助を優先しなければならないのだ。
  重傷を負っていた人間達は、セフィロスにとっては路傍の石程度の意味すら持たなかった。だから若者の周囲にある程度の空間を作るために彼の取った行動は情け容赦なかった。
  いささか軽くなったとはいえ、相変わらず火傷を負っているその身体を、蹴り飛ばしたのだ。力を入れているようにはまるで見えない優雅な仕草だったが、蹴られた相手は相当痛かったらしく、うめき声をあげるとそのまま意識をなくしていた。全ての者に平等に同じことをしてのける間、セフィロスの表情は変わることなく、あくまでも無表情のままだった。
  セフィロスの行動を終始見守っていたザックスは、一連の行為に思わず目を丸くし、何処か八つ当たりめいたその仕草に軽く口笛を吹いた。
  若者と自分の間に十分な空間を確保すると、セフィロスは躊躇わず若者に歩み寄り、片膝をつく。愛刀はそのまま、鞘に収めた状態のまま手から離すことはなかった。そして軽く長身を屈め、相手を刺激しないよう完全に気配を絶った状態で俯いたその顔を覗き込んだ。
  その顔は想像していた以上に若く、少年と呼んでも差し支えないくらい若い男だった。
  意表を突いたそれに珍しく動揺したのか、セフィロスは一瞬、気配を殺すのを失念してしまった。
  それは瞬きするくらいのほんの僅かな時間に過ぎなかったが、若者を刺激するには十分な時間だった。
  超至近距離に他人の気配を感じた若者は、瞬時に意識を回復する。
  若者の空いている方の手がセフィロスの首筋めがけて宙をひらめいたが、それに気づいたセフィロスが間一髪その腕をとらえる。そして相手の力をそのまま利用し、とらえた腕を後ろ手に捻りあげた。
  神速で繰り出したはずの攻撃が見事に防がれてしまった若者は、愛剣を取り落としてしまっていた。しかしそのことに固執せず、若者はすぐさま『敵』から行動の自由を取り戻すべく、捻りあげられている方向に身体を回し相手と体を入れ替えようと奮戦する。だが『敵』の拘束は尋常ならざる強力で、それから逃れることは難しかった。
  それをすぐに認識した若者は、躊躇せず次の行動に移っていた。身体能力で敵わないのならば、それ以外の方法で抗うしかないと、若者は口中で呪文を詠唱したのだ。そしてその詠唱はたった一言で終了した。
  詠唱が終了する間際、セフィロスは自分を見据える青灰色の双眸に気づいた。手負いの獣のような危うさを秘めた瞳が、魔晄に染まった碧瞳を捉える。傷ついた眼差しではあるが、そこに宿る光はとても強かった。
  瞳に宿るそれによってもたらされた戦慄が背中を駆け抜け、セフィロスは瞠目した。
  そして先刻と同じことが再び繰り広げられる。
「ファイア」
若者の呟きとともに顕現する火柱。しかしそれは、とても火炎の下級呪文である『ファイア』で発現したとは思われぬ威力を持つものだった。
  予想してしかるべき攻撃だったが、うかつにもセフィロスはそれを、魔法による攻撃を失念していた。軽く舌打ちしつつも若者の手を離し、自分の眼前で両腕を交差させ顔を庇う。戦闘力を大きく削がれないためにも、視界だけは守らなければならなかった。そこへ熱風が容赦なく吹きつけてくる。
  至近で魔法を受ける形になったが、魔力耐性のとてつもなく高いセフィロスは、重傷を負ったスラム街の者達とは違いさしたる被害は被らず、ほんの少し火傷を負ったくらいで済んでいた。すぐに『ケアル』を唱えて治療を施すと、見る見るうちに傷はかき消えて消耗した体力も回復した。そして改めて見遣った視線の先、若者の昏倒している姿があった。
  若者が垣間見せた戦闘力とその無様な様子が理解できず、少し離れた場所で傍観していたはずの連れに声をかけた。
「何が、あった?」
一瞬対峙しただけだったが、それでもこの若者が類い希な戦闘力を持っていること、もしかすると英雄と称されている自分と同程度かそれ以上の力を持つ者であることは推し量れた。それだけの力を持っていながらも、下級呪文を唱えただけで意識を失うその体たらくが理解できなかった。もしかするとそれは、マテリアを所持していないにも関わらず魔法を使用できることと何か関係があるのかもしれない。
  瞬間、翡翠の瞳が強く輝く。
  ザックスから得られた返答はセフィロスの考えを裏付けるものに思えた。
「魔法を唱え終えてから、急に苦しそうな顔つきになった。で、そのままバタンキューだ」
そういうザックスも妙に青い顔をしていた。先ほどとあまり変わらない位置で倒れている若者に投げられた視線に、怯えの色が混入していた。ザックスもセフィロスとの応戦から、若者の戦闘力の高さにすぐに気づいた。そして無防備に倒れている若者がとてつもなく強いことに衝撃を受けていた。まさか英雄セフィロスと互角に戦える人間がこの世にいるとは思っていなかった。自分がいつかその横に並び立ちたいと常々思っている相手と同じ実力を持っている者が、自分よりも若いことに衝撃を受けていた。
  そんなザックスを尻目に、セフィロスはつかつかと意識を失っているもう一人の方に歩み寄り、その身体を抱え起こした。
  それは見事な金の髪をしている、思春期のただ中にあるであろう少年だった。
  自分の記憶にない人間であることを確認したセフィロスは、
「ザックス」
少年の面倒を任せようと思いながらその名を呼んだ。
  セフィロスが自分に何をさせようか理解したザックスは、どこか芝居めいた仕草で両腕を広げて肩を竦めてみせると、小走りに走り寄った。そしてセフィロスの腕の中をのぞき込んだ途端、絶句した。その蒼い瞳は驚きに見開かれ、何か言いたげに開いた唇は微かに震えている。
「知り合いか?」
そう尋ねられ、動揺覚めやらぬザックスは首肯するので精一杯だった。どうしてこんな所にクラウドがいるのか、咄嗟に悩んでしまっていた。
  今期採用の新兵の中に目の覚めるような美形がいるとの噂を聞きつけて、ほんの気まぐれに出向いた練兵場で見つけたのが、クラウドだった。その端正な容貌も確かに気になりはしたが、それよりも何よりもチョコボの頭のようにつんつんした、豪奢な黄金色のチョコボを彷彿とさせるヘアスタイルの方に目がいってしかたなかった。
  正直なところクラウドに対するザックスの第一印象は、この『チョコボ頭』だったりする。
  それからというものその『チョコボ頭』が気になって仕方なく、ザックスは事ある毎にクラウドを目にする羽目になった。容姿に似合わぬ気性の激しさから同期達と争っている場面や、体躯に似合わぬ喧嘩っ早さで自分よりも大柄な相手に突っかかっていく場面など、とにかくもう気になる場面ばかり目撃するのだ。
  後で事の成り行きを本人に尋ねても、憮然とした態度で素っ気なく『何でもありません。失礼します。サー』と言われてしまってとりつく島もないのだが、他の関係者にさらに尋ねて回ると、どうやらいずれの件も相手側に非があるらしい。自分としてもお節介だと重々承知しているのだが、もう少し上手く立ち回れないのか心配になってしまうくらい、思わず助けてやりたくなってしまうくらい、クラウドは色んなトラブルに見舞われていた。
  だからつい、組み手を指南してやるという約束を取り付けてしまったのだ。結局今日の約束は反故になってしまっているが、真剣に組み手の相手をしてやりたいと思っていたのだ。
  そのクラウドがどうしてこんな所にいるのか。
「所属までは知らないが、今年の新兵だ。名前はクラウド・ストライフ」
その返答をどう思ったのか、セフィロスはふむとひとつ頷き、腕の中の少年をそっとザックスに渡すと、再び若者の元に戻った。そしておもむろにその身体を肩に担ぎ上げた。相手の体重など感じていないかのような軽々とした動作で、意識のない重いはずの身体を担ぎ上げると、足許に転がっている奇妙な形の剣を拾い上げて正宗と一緒に手にした。
「行くぞ」
短く告げたセフィロスは踵を返し、すたすたと歩き始める。
  それを目にしたザックスは慌ててクラウドを抱き抱え、早足で歩いていく背中を大慌てで追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

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