夢幻彷徨〜スコール〜  ファイナルファンタジーMIX

 

第1章:邂 逅 【1】

 

 クラウドは、ミッドガルのアンダーグラウンド、つまりプレート下にある繁華街を一人歩いていた。

 これは非常に珍しいことであった。
 いつもならばこの時刻は『基地』内にある訓練施設で自己鍛錬に明け暮れている時刻なのである。非番の日ですら鍛錬に余念のないクラウドが、こうして行く宛てもなく繁華街を彷徨うことなど、今までなかったことである。
 そんな彼がどうしてこんなところにいるのか。
 それはとても単純な理由で、単に自主訓練を行う兵士のために終日解放されているはずの訓練施設が、本日に限って使用できなかったためである。
 今朝になって急遽、ソルジャークラスの訓練が行われることになったのだ。先日行われた試験に通ったばかりの新米ソルジャーに対するレクチャーを、英雄と名高いセフィロスが直々に行うとのことだった。
 クラウドは長年憧れ続けている英雄に一目会いたいと思ったが、訓練は一般兵には一切公開しないとの通達があり、落ち込んだ気分のままこうして一人繁華街に繰り出したと、そういう訳である。
 ちなみに『基地』とは、神羅カンパニーの本社ビル裏手にある治安維持部門が占有する広大な敷地のことを指し、軍事訓練はすべてこの中で行われており、またその敷地の一角には一般兵専用の兵舎や、新兵のための学校、または士官学校等が設置されている。


 辺境と呼ばれるのに相応しいこじんまりとした田舎からでてきたばかりで、特に親しい人物はおらず、また、本人も他人に関わるのをよしとしていないため、急にできた空き時間に気軽につきあってくれるような、そんな友人はいなかった。
 あまり詳しくない街中を、それでも自分はよく知っているのだという態度で、クラウドは闊歩していた。
 色々な店が並んでいる通りは行き交う人も多く、クラウドは内心それに辟易しながらも、雑多な雰囲気のなかを態度的には飄々と歩んでいた。
 給料の大半を母親へ仕送りしている関係上、自由になる金はそれほどなく、尻のポケットにはなけなしの金が入った薄い財布が入っている。それをどうやって有効活用しようか、クラウドはそちらに意識をとられがちだった。
 彼とすれ違う人々は必ずと言っていいほど振り返るのだが、クラウド当人はそんなことには一切頓着せず、どんな店に入ろうか考えていた。周囲の人が振り返る理由が自分にあるのだとは全く思っていなかった。
 豪奢な色合いの金の髪、晴れ渡った天空を思わせる澄んだ青い瞳。そして滑らかな白い肌。
 クラウドの容姿は、人間の坩堝に等しいミッドガルでも極めて珍しい色彩を帯びていた。

 そんな珍しい色合いの容姿だったせいか、はたまた物心つく前から父親のいない母子家庭だったせいか、故郷にいた頃は村人たちにはさんざん疎外され、同年代の子供たちにはいじめの対象として遇されてきた。
 そんな周囲の対応が、クラウドに心を閉ざさせ、態度を硬化させていったのだった。いつの頃からか、クラウドは周囲に何の期待も抱かないようになっていた。
 クラウドに対して冷たい態度をとる村人のなかでも、母親を除けばただ一人、幼なじみにあたる少女だけは違った。彼女だけが、クラウドをクラウドとして扱ってくれたのだ。
 故郷の給水塔で二人星空を見上げながら、交わした他愛もない約束。
 今にも星が降ってきそうな素晴らしい夜空を二人で眺めながら、戯れに交わした約束。
(俺、早く一人前のソルジャーになるから、それまで待っていてくれ、ティファ)
つらく悲しい思い出しかない故郷での、唯一心温まる思い出がそれだった。
 そんな彼女と誓った約束を胸に、その約束を自分を支える唯一の糧とし、クラウドはこうして此処、ミッドガルで一人頑張っていた。

 年齢の割に小柄なクラウドは、毎日毎日周囲の自分より年上の同僚たちに遅れまいと努力しているのだが、それがうまくいっているとは言い難いのが現状だった。
 少年期というものは、とかく体格差で互いの優劣が決まってしまいがちなもので、筋力トレーニングに励んでもそれが身にならないクラウドでは、それを覆すことはなかなか難しいのだ。
 最近親しくなりかけている、クラウドとしては迷惑以外の何者でもなかったのだが、面倒を見てくれようとしているある人物は、体格差を考慮せず、ただがむしゃらに相手につっこんでいくそんな姿を見かねて、小柄な分敏捷性をいかせばいいだろうとアドバイスをくれた。だが如何せん戦闘知識の乏しいクラウドは、それをすぐさま実践できるほど器用ではなかった。
 そのことを不承不承その人物に告げてみたところ、それならば自分が直々に手ほどきをしてやろうと、そういう話になったのだ。その人物がとても強いことはクラウドも知っていたから、相手の提案は渡りに船だった。そしてそれは今日の自主訓練時から始まるはずだったのだ。
 それが全部ご破算になってしまったことを改めて思い出したクラウドは、柳眉をつり上げ、その気分のままどかどか道を歩んでいった。
 自分の考えにすっかり填りこんでいたため、クラウドは気づかなかったが、その足はスラムと呼ばれる治安の悪い一角へと向かいつつあった。

 どれくらい歩いたのだろう、気がつけば複雑に道の入り組んだ雰囲気のとてもよろしくない場所にいた。
 直感的に、ここがスラムと呼ばれる危険地帯であることを知ったクラウドは、慌てて元来た道を戻ろうと踵を返しかけたが、それは叶わなかった。目つきのあまりよろしくない、はっきりいって非常に悪い男たち数人に取り囲まれてしまったのだ。
 恐らく随分前からクラウドの様子を窺っていたに違いない男たちは、素早くクラウドの退路を塞いでいた。
「よう、ボウズ。何でもいいから金目のものをよこしな。全部だ!」
リーダーらしい男が片手にナイフをちらつかせながら、実にお定まりの台詞を口にする。それと同時に、他の男たちもこれ見よがしにそれぞれ懐からナイフや拳銃を取り出した。
 多勢に無勢。
 抗っても無駄なことは判りきっていたが、それでも悔しい思いは消しきれず、クラウドは唇を噛みしめた。
 男たちを刺激しないよう細心の注意を払いながら、尻のポケットに手を突っ込む。そして、買い物をするつもりで持ってきていたなけなしの金の入った痩せた財布を取り出して、リーダーの足許へぽんと放る。迂闊に抗って、軽いけがをするだけならばまだしも、殺されでもしたらたまった物ではなかった。
 足許の財布をにやにや笑いながら拾い、中を改めた男はその少なさに驚きと不審を抱いた。
「これだけってことはないだろう。もっと持ってるだろう!」
語気荒く叫ぶと、ナイフをかざしてクラウドに近寄り、その鼻先にナイフをつきつける。
 まがまがしくぎらつくナイフに、背中を伝い落ちていく汗を感じながら、クラウドは自分に対して冷静になれといい諭し、極力平静な声音で手持ちがそれだけであることを口にした。
 疑わしそうな表情のまま、目前にある少年の顔を改めて見たリーダーの口元が嫌な形に歪む。少年が意外にも秀麗な容貌であることに気がついたのだ。
 男が考えたことを瞬時に理解したクラウドは身の危険を感じ、男たちから逃れようと脱兎のごとく駆けだした。しかし地理に不案内な場所ゆえに、すぐに男たちに追いつめられてしまった。
 クラウドが作為的に追い込まれたのは、袋小路になっている路地裏だった。
 咄嗟に上空を見上げたが、ビル同士が林立して逃げ込める隙間などまるでない。
 絶望的な気分に囚われた青い瞳が、ふと人影を捉えた。
 いつからそこにいたのか、自分と男たちのちょうど中間くらいに人が一人、佇んでいた。
 それを目にした途端、クラウドは全身に怖気が走るのを感じた。何故かその人物に強い違和感を感じたのだ。
 そう、それはとても強い違和感だった。その人物がこの世の者ではないと思えるほどの強烈な違和感だった。
 無意識に、クラウドはその場から一歩後退っていた。
 あらゆることに対して感覚が摩耗している男たちは、クラウドが全身で感じている違和感に気づかず、新たな獲物が出現したことに喜びを感じていた。
 新たな獲物は先ほどの獲物よりはやや年嵩だったが、それでも自分たちに比べるとまだまだ子供と言える年頃で、与しやすしと思えたのだ。しかもその獲物は、薬でも使用しているのか、どことなく覚束ない足取りでゆっくり男たちの元へ歩いてくるのだ。
 こちらを見つめる青灰色の眼差しも、どこか心此処にあらずという風に焦点が微妙に合っていない。
 先ほどの獲物と比べても遜色のない容貌に、男たちは知らず胸を高鳴らせていた。
 自分を取り囲む男たちをどう見たのか、不意に若者の視線に力が宿った。
 その瞬間、クラウドはさらに強い寒気を感じ、思わず自分の身体を抱き締めていた。
 不意に反抗的な眼差しを若者が浮かべたことに気づいたが、それでも相手を侮る雰囲気は男たちから消えていなかった。
「あんたたち、俺をどうしようっていう気なんだ?」
若者が不意に言葉を発した。警告と威嚇を漂わせたそれに、しかし男たちは気づくことはなかった。
 声音に含まれるそれに、クラウドは額から汗が伝い落ちるのを感じた。
 男たちは頓着せず、若者を拘束しようとその手を伸ばす。
 男のうちの一人の手に、冷たい金属の感触が触れ、訝しげに手の先を見遣った視界に、腰に下げられた長剣が入った。
「こいつ、武器を持ってる!」
仲間への警告も含めて男が叫んだ。男たちの気配が獰猛なものに変化し、その場に殺気が満ち溢れた。
 表情を険しくした若者が早口に口中で何か呟いた瞬間、巨大な火柱が若者を中心に広がり、爆発した。
 若者から発せられる気配に怯えていたクラウドの目前で、何の前触れもなく火炎が舞い上がる。
 熱風にさらされたクラウドは、反射的に堅く目を瞑った。

 

 

 

 

 

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