第1章:邂 逅 【4】
二人はそれぞれ人間を抱えているにも関わらず、それを感じさせない軽やかな足取りで歩いていた。
セフィロスは行き先を告げぬまま、バイクを駐車した方角とは別の方向へ足を進めていく。
せめて行き先は教えて欲しいと思いつつも、ザックスは前方を行く背中へ声をかけられずにいた。総ての問いを拒絶する無言の圧力が背中から漂ってくるのだ。だから一切の質問、無駄口は叩かず、ひたすらセフィロスの後を追っていた。
よくぞこんな道を知っているものだとザックスは感心してしまった。自分では到底ここまでやって来られないと舌を巻く思いだった。
方や神羅の英雄、方やソルジャー・クラス2NDの制服に身を包んでいる男。
目立つことこの上ない組み合わせの二人組が、白昼堂々気絶している人間をそれぞれ担いで道を闊歩しているのに、それに注目する人間は皆無だった。あの場所から移動を初めてからこっち、誰とも出くわさずにアッパーグランドへ続く通りまで来ていた。
それもそのはずで、セフィロスは意識的に人通りが全くないと思われる道筋を選択してここまでやって来たのだ。もしかしてミッドガルに存在する道という道、スラム街の私道に至るまで総ての情報が頭に入っているのでは、とつい疑いたくなるくらい的確に道を選択していた。
だがそれもここまでだった。これから先は監視の目のない場所はないと言えた。
神羅が支配する街、ミッドガルのプレート上部では、街のあちらこちらに監視カメラが防犯目的のために幾重にも設置されており、24時間の監視体制が敷かれているのだ。
セフィロスがあれほど人目を避けてここまできたのだから、とことん内密にことを運んでやろうという気になっていたザックスは、監視カメラをどうやってかいくぐろうかと思案顔になる。ちらりと見遣った視線の先、セフィロスも軽く目を細め同じ事を考えているようだった。
やがてどちらからともなく互いに視線をやり、互いに同じ考えにいきついたことを知る。
セフィロスは肩から若者の身体をおろし地面に横たえると、おもむろに一台の監視カメラの死角へと足を運ぶ。そしてカメラのケーブルのある方向に指先を向けながら、口中で雷系の下級呪文『サンダー』を唱えた。
指先から紫色の光が迸り、ケーブルを直撃する。その瞬間、辺り一帯のカメラの機能が停止した。
「これで10分稼げる」
過電流により一時的に機能停止に追い込まれたシステムが復旧するまでの時間を冷静に見極めながら、再び若者を肩に担ぎ、人通りのない通りを目指して歩み始めるセフィロスだった。目的地までまだかなりの距離があるのか、先刻よりもかなり早い速度で足を運んでいく。
その背中を懸命に追いながら、ザックスは再び面白いと思っていた。目的のためには手段を選ばない、しかしながらそれが及ぼす影響をきちんと計算した上で実行しているその冷静さに心ふるえた。
ふと、ザックスはセフィロスが目指しているのが瀟洒な住宅街、いわゆる上流階級の人間達の豪邸が建ち並ぶ界隈だと言うことに気づいた。
「サー、あんた、何処に行く気なんだ?」
普段自分が立ち入ることのない町並みに少々腰が引けた物言いをするザックスに、セフィロスは苦笑を誘われた。誰もが恐れをなしてあまり近寄ろうとしない自分にはぞんざいな言葉遣いができるくせに、こういう雰囲気には弱いのかと思うと無性に微笑ましいのだ。
「ついてくれば判る」
後で思い切り驚かせてやるなどという、セフィロスにしてはとても珍しいそんな気分で応じていた。自然、口調が少々意地悪げな響きを宿す。
意図を含んだそんな口調に、ザックスは顔をくしゃっと歪め、
「はいはい、判りました。判りました。もう、何にも聞きません」
少し拗ねた口調でそう返す。そんなザックスの様子に、セフィロスは声を立てて笑っていた。
やがてある屋敷の前でセフィロスの足がぴたり止まった。
どうやら目的地はここらしいと、ザックスは屋敷の全容を把握しようと視線を投げ、そして大きく口を開けてしまった。
その屋敷は、立ち並ぶどんな豪邸よりも規模が大きく、その反面、装飾類はごく控えめに施されており適度に抑制の効いた洒落た屋敷だった。
「此処?」
何処かの豪邸に入ることになるのだろうとは思っていたが、今目の前にそびえ立つそれは想像以上の規模で、ザックスは思わず上目遣いに案内人にそう問いかけてしまった。
「そうだ」
口元を僅かに歪めてそう答える。そしてセフィロスはそのまま扉に歩み寄り玄関口で剣を携えたままの右手をかざした。
微かにかちりという音が響いたと思うと自動的に扉が開き、セフィロスは当然という態度で開かれた扉をくぐる。
ザックスが慌ててその後を追いかけると、セフィロスは扉を入ってすぐの壁際に設置されているパネルを操作しているところだった。
「少し行けばリビングルームに出る。とりあえずそこのソファに二人を寝かせておけ」
パネルから顔を外さずに出された指示に、ザックスは文句のひとつも言うでなく従った。
屋敷の主が熱心に何をしているのか判らないが、もう少し時間がかかるらしいと判断したザックスは、勝手に屋敷内を物色し、そしてダイニングルームに辿り着いた。その左手奥には広大なキッチンもあった。しかしそこには生活臭がまるでなく、寂しいその風景に軽く肩を竦めてしまうザックスだった。それでも何とか一隅にコーヒーサーバーを発見し、ザックスは嬉々としてコーヒーを淹れることにした。
コーヒーの香りが立ち上るなか、ザックスは大きくため息をついた。そして自分が今まで極度に緊張していたことを知り、苦笑した。
ザックスが人数分の、つまりは4人分のコーヒーを持ってリビングルームに戻ってみると、セフィロスが若者の傍らに居てその様子を窺っていた。その手に黄色のマテリアがあるのに気づき、一瞬ぎょっとする。
「あんた、何やってるんだ?」
セフィロスが手にしているマテリアが、コマンドマテリアの一種である『みやぶる』だと気づいたザックスは訝しげに尋ねた。通常、この『みやぶる』は戦闘中対峙した相手の正体をその名の通り『みやぶる』のに利用する。相手のステータス情報をある程度入手することでより効率的な戦闘を展開するのに便利なのだ。それを今、意識のない相手に使用するとはどうゆうつもりなのか、ザックスは俄に理解できなかった。
その戸惑いが伝わったのだろう、セフィロスはゆっくり振り返り意味深な笑みを浮かべた。
「どうやら普通の人間ではなさそうだ」
言い様、マテリアを投げてよこす。どうやら自分で確認してみろということらしいと思ったザックスは、装着している防具の空いているマテリア穴にそれを装填し、おもむろにマテリアを発動させる。
結果、得られた情報は惨憺たるものだった。総てのステータス情報がUNKNOWNという形で得られたのだ。
これにはさすがのザックスも表情をひきつらせるしかなかった。
どんなに魔力抵抗性の高いモンスターでも『みやぶる』を使用して情報が得られないことはないのだ。マテリアの故障かと思ったザックスは、手近のセフィロスに向けてマテリアを発動してみる。するときちんとステータス情報が得られた。
『みやぶる』が人間にも有効であることを改めて確認したザックスは、再度若者に向けて試してみるが得られる結果は同じだった。そして改めてソファで眠る若者を見つめた。思わず目の惹かれる端正な容貌はしていても、何処かその辺に居そうなくらい普通の人間に見える。
「マジ、何者だよ、こいつ」
思わずそう口走ってしまうザックスの顔が妙に強張っている。ごく普通の若者に見えてしまうが、得られた情報はそれを見事に裏切っている。そのアンバランスさに怖気が走った。
「それはオレも知りたい」
端的に己の心情を表現したセフィロスは一気に闘気を爆発させた。
すると案の定、若者が低いうめき声とともに意識を取り戻す。青灰色の瞳に、同じ青系ではあるが明らかにソルジャーのそれとは違うその瞳に、凄絶とも言うべき激しい光が宿り、すぐさま上半身を起こして臨戦態勢に入った。
それを見届けたセフィロスは瞬時に己の闘気を消し去ると、争う気がないことを明示するように両手を高々と掲げた状態で、若者の瞳を覗き込むようにして囁きかけた。
「おまえの名は?」
不思議な輝きを帯びた、純粋な魔晄と同色の、翡翠色の瞳の主の強い視線を認めた若者は、不可解なものを見る目つきでそれを見返す。
何処か戸惑っているようなその様子に、セフィロスも戸惑いを覚えずにはいられなかった。
何か間違っている。何かが歪んでいる気がする。
若者から感じられるそれを振り払い、セフィロスは言を継いだ。
「おまえは、何者だ?」
決して強くない、囁きにも似た静かな声音で紡がれる言葉は、それでも十分な迫力を相手に与えるもので、若者は怪訝な顔つきになりながらも相手の言葉に応じた。
「スコール。スコール・レオンハート」
セフィロスの鋭い眼光にもたじろがず、淡々と答える若者はすっと表情を消し去り、軽く首を左右に振ってから改めて周囲を見回し始める。至極冷静なその様子に、年の割になんて落ち着いた声を出しやがるとザックスが内心で唸っていたのはこの際内緒である。
自分のすぐ傍らで両手を挙げている銀髪の男、その少し後ろで佇んでいる黒髪の男。それともう一人、どうやら意識を失っているであろう金髪の少年。
三人が三人とも自分に対して敵意を抱いていないことを認識したスコールは、依然として状況は把握しきれないままではあったが、ひとまず臨戦態勢は解き、一番近くにいる男に向けて言葉を放った。
「あんたたちは、何者だ?」
自ら光り輝くという不思議な瞳を持つ二人は、明らかに高度な戦闘訓練を積んだ者であり、その隙のなさ、体格の良さからかなりの強者であることが判る。特に銀髪の男の戦闘力の高さは、先程の手合わせで嫌というほど認識していた。それほどの実力を持つ者でありながら、こんなに目立つ容姿の者でありながら、自分がまったく知らない、ということにスコールは不安を感じた。あの不思議な空間から『現在』へ戻ることができなかった自分というものを想像してしまい、少し不安に駆られた。しかしそんな不安な心情など微塵もその顔に表れてはいない。
セフィロスはそんなスコールを冷静に観察しながら、静かに質問に応じる。
「オレは、セフィロスという。こっちはザックスだ」
相手の名を口中で数度転がしてみたが、まるで記憶にない名前だということしか判らない。さらに質問を投げかけようと口を開きかけた青灰色の双眸が、口を大きくあんぐり開けている黒髪の男を捉えた。自分の反応が何か変だったのか、男、ザックスはひどく驚いている様子だった。その原因が知りたかったスコールは目線でザックスに問いかけた。すると、
「おまえ、それ、マジ?」
驚いた顔もそのままにスコールにはおよそ意味不明なことを口にする。
「マジに、この人のこと、知らない?」
言いながら、銀髪の男、セフィロスを親指で指差し、ずいっとスコールの顔を覗き込んだ。
セフィロスとは色が異なっているが、同様に不思議な光を宿す蒼い瞳に浮かぶどこか人なつっこい光に、スコールはほんの少しだけ安心する。どこかでこんな光を見たことがあると、それを思い出した自分に安堵した。あの時の衝撃で思い出が完全に破壊されたと思ったが、どうやらそれは違ったようだと、自分は思い出せずにいるだけなのだと、安心した。
自分の驚きが何に起因しているのか、まるで理解できない様子の若者にザックスは再び悪寒を感じた。何か根本的な部分で目の前の若者は歪んでいると思った。
ザックスがさらに言葉を重ねようと口を開きかけると、セフィロスがそれを遮るように手を伸ばし、黒革の手袋でその口を覆ってしまった。
「話は後だ。あれが起きる」
同じ空間にいながら会話に参加していなかった唯一の人間、クラウドがようやく意識を取り戻し始めていた。
お前もいいなと目線だけで問うてくる相手に、スコールは首肯し、自分よりもまだ若い少年の目覚めを見守る。
年齢に相応しいあどけなさが多大に漂う寝顔。そこからあどけなさが徐々に抜け落ち、それにあわせてゆるゆると両目が開かれていく。まだ少し夢を見ているように焦点の合いきれない双眸は、真っ青な、碧落の青だった。
少年がゆっくり頭を振る。そして自分が見慣れない場所にいることに気づき、狼狽も露わに周囲を見回す。
碧落の瞳がセフィロスを捉えた瞬間が見物だった。ただでさえ大きな瞳をさらに大きく見開き、信じられないモノを見つけてしまった者特有の驚きに満ちた表情で硬直してしまったのだ。そして見る見るうちに頬を朱に染め、瞳に夢見るような光が宿った。
憧憬を全身に漲らせる少年を見、スコールは一人で納得していた。ザックスが何故変な顔をしていたのか、少年の様子から理解できた。
少年が憧れてやまない人物を全く知らない自分は、この世の常識では変な人間に分類されるらしい。彼はそれほどの有名人ということだ。だが、自分は全く彼のことは知らない。知っていた気も全くしない。つまりここは自分の属していた世界ではなく、自分は完全に『時間の迷子』になっているらしい。
セフィロスの不思議な瞳を認めた瞬間から感じていた違和感。それが証明されたに過ぎないのだと、スコールは冷静に判断した。
固まったまま身動きひとつしない少年に苦笑を誘われたセフィロスは表情をやや柔らかくし、
「立ったままでいるのも何だな。ひとまず腰をおろそう」
言いながら、自分はスコールのすぐ隣りのソファに腰をおろす。
クラウドは自分が今まで寝かされていたソファにどうにか上半身を起こすと、そのまま縮こまってしまう。セフィロスの姿が真正面にこないだけ幾分息がつけるといった風情だ。
ザックスはせっかく淹れてきたコーヒーを無駄にしてなるものかと言わんばかりにそれぞれの前に置きながら、可哀相なくらい緊張しているクラウドの隣りに座ってやるかなどと思った。
目の前のコーヒーカップから立ち上る香気が自分の知るそれと同じように感じられたスコールは、慎重な手つきでカップを手に取り、一口含んでみた。別段変わった味ではなく、極上品と知れるそれだった。大丈夫そうだと確認したスコールは、おもむろに数口コーヒーを含む。すると青灰色の双眸が少し和んだ。
セフィロスもソーサー毎自分の手にさらうと、半分ほどを一気に流し込む。少し冷めてしまっているが、それでも自分が淹れるのより数段薫り高いそれに満足げな笑みを浮かべる。
二人が自分の淹れたコーヒーに満足していることに満足しながら、ザックスも自分の分を飲む。残る一人はどんな感じだろうと流した視線の先、少しも姿勢を変えず俯いているクラウドがいた。
長年憧れ続けてきた英雄と何の前触れもなくこんな間近で対面しているのだから、こんな調子でも仕方ないだろうと、ザックスは思わず苦笑する。自分だって入隊当初はこんな感じだったしと、当時の自分をその上に重ねていた。
このまま事件の詳細を尋ねようと思っていたセフィロスだったが、そのあまりに緊張している姿を見てクラウドからの事情聴取は無理だと判断した。
「ザックス」
ソーサーを卓上に戻しながら、セフィロスは男を呼ぶ。そして意味深な目線で蒼い瞳を見遣る。
セフィロスの示唆することを素早く理解したザックスは、ややわざとらしい口調で、
「あ!俺、バイク置いて来ちまったぜ」
ぽんと両手を打ち付けると、大変だ大変だという態度を繕う。
「あんたの分もあるから・・・2台分かよ。一人じゃ無理だな」
突然の大声に驚いたクラウドは目を丸くしてザックスを見つめる。瞬間、二人に視線が思いきりあった。
何を思いついたのか、ザックスはにやり口元を歪めると、席を立ってクラウドに近づき、その腕をとる。
「クラウド、おまえこの間、バイク扱えるって言ってたよな?」
俺と一緒に回収に行こうぜと、強引に立ち上がらせ、事の展開について行けず目を白黒させている少年をそのまま引きずって、ザックスは部屋を後にした。セフィロスの脇を通り抜ける際、彼の手からバイクの鍵を受け取ったのは言うまでもない。
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