大きく切り取られた窓から燦々と太陽の光が降り注ぐなか、二人はかなり広い作りのリビングに据えられているソファで向かい合うようにして座っていた。
スコールはいつもどおりの無表情のまま、目前で借りてきた猫のようにおとなしくソファに収まっている男、エスタ国大統領を十数年に渡り務めているラグナ・レウァールという名であり今回のクライアントでもある、をじっと見つめていた。
諸悪の根源である、とスコールは端から決めつけている、ラグナは実に居心地が悪そうに、しかし特に何を語るでもなく黙然と鋭い視線を受けている。
二人の間に沈黙が落ちて数分が経過しようとしていたが、二人の間に言葉が交わされることはなかった。
大きく開け放たれたままの庭へと続く大作りな窓からは穏やかな風が吹き込み、繊細な模様の施されたレースのカーテンが揺れる度にその模様が差し込む光に柔らかい輝きを添えていた。
ただひたすら相手に無言の圧力をかけてくるという尋問めいた行為にとうとう根負けしたラグナは、ぱんっといい音をさせて両手を打ち合わせると、そのまま思いきり頭を下げ、
「すまん」
と男らしく潔く詫びの言葉を口にするが、それに絆されるスコールでもなく、実に淡々とした口調で説明を求めた。
「どうしてこんなことをしたんだ?」
落ち着いたその口調とは裏腹に、自分を呼び出したいならばこんな回りくどい手を打たずとも、正々堂々そのことを自分に告げればよいだろうと、非難めいた思いが青灰色の双眸にちらついている。
それに気づいているのかいないのか、ラグナは困ったと言いたげに、鼻の頭を指先で軽く掻きながら、
「う〜ん、何て言ったら良いんだか・・・・・・」
視線を明後日の方向へ流しながら言葉を濁した。
その態度にかちんときたスコールは一気に表情を険しいものに変える。
「何でも良いから説明しろ」
そして温かみの全くない、冷たすぎる声音でそう吐き捨てた。
ガーデンの面々ならばスコールのこんな態度に遭遇してしまった場合には即刻相手の要求どおりに従おうとするのだが、スコールの機嫌を損ねたときの恐ろしさを全く知らないラグナには通用しない。ただ、何だか怒ってるよな〜と呑気な感想を抱かせたにすぎなかった。
「へいへい。誰に似たんだかしらんけど、案外短気だよな、おまえは・・・・・・。そんなんで指揮官なんてごたいそうなもん務まるのか?」
軽く肩を竦めつつ思いついたことをつらつらっと口にするラグナには、勿論悪気など一切ない。だがしかしスコールの勘に障るのに十分な言動だった。
「・・・・・・。言いたいことはそれだけか?」
すっと細められた青灰色の双眸に剣呑な光が宿る。
学園長夫妻やエスタ国大統領筆頭補佐官を巻き込んで引き起こされた今回の件に、どうやらスコールの沸点は限りなく低くなっているらしい。通常であれば呆れながらもあっさりあしらえてしまう程度のことが我慢ならないのだ。
そんな精神状態に相手を追いやってしまっているという事実に全然気づかず、ラグナはへへっとどこか照れくさげに頭をかきながら本題に入った。
「いや。おまえ、今年まだ一回もまともに休暇とってないって、小耳に挟んじまったもんだから・・・・・・。それに、今年の誕生日プレゼント良いの思いつかなくって困ってたんで・・・・・・」
終始照れ混じりに呟かれた言葉に、スコールは思わず目を瞠ってしまう。自分の誕生日がそろそろだということが頭の片隅にもなかっただけに、ぽつり口にされたラグナの思惑には驚くしかなった。胸中に溜まりつつあった怒りがあっさり氷解していった。
「俺に、『休暇』をプレゼントしようとしたと、そう言うことか」
半ば呆然と呟かれる声音はほんの少し震えていた。
それに気づいたラグナは微かに目元を和ませ、ほっこり微笑んだ。そしてすぐに満面の笑みを浮かべると、
「そうそう、その通り」
我が意を得たりと言わんばかりに思いきり何回も頭を振った。
どこか少年じみているその態度に、だがスコールは何も言わず沈黙を守った。
もう少し何かしらの反応が返ってくるとばかり思いこんでいたラグナは、その静けさに戸惑いを覚えた。
「・・・・・・。その・・・・・・、迷惑、だったか?」
あまりの反応の無さに、少し不安を感じたラグナが恐る恐るそう尋ねると、スコールは珍しく軽く笑い声をたてた。
「自慢じゃないが、俺の派遣料は高いぞ。大丈夫なのか?」
何かふっきれたようにそう口にする姿は、ラグナが今まであまりお目にかかったことがないくらい朗らかで、ラグナは自分の思惑が見事に成功したことを知った。
やったぜと、ラグナが心の中で快哉を叫んだのは、言うまでもないだろう。
上機嫌になったラグナはその気分のまま、今にも鼻歌を歌い出しそうな浮かれた様子で、
「ま〜か〜せて〜、伊達に何年も大統領やってないって。おまえを養うくらいどうってこと、ない」
などと宣う。
そんなラグナの物言いに苦笑を誘われたスコールは、
「そうなのか?」
温かい穏やかな声音でそう応じていた。
最近やけにスコールが頑なな態度をとっていることを小耳に挟んでいただけに、柔らかい対応を見せるスコールに嬉しさを覚えたラグナは、ますます調子に乗ってしまった。
「そうなんです。大船に乗った気分でど〜んと任せなさい」
ど〜んと自分の胸を思いきり拳で叩いて見せたラグナは、次の瞬間目に涙を浮かべてげほげほ咳き込んでしまう。
その様子にやや呆れ気味の視線を注ぎながら、スコールはほんの少し考えこむ顔つきになった。
突然思いがけない形でもたらされた休息の時間。どうすれば有意義な時間を過ごすことができるのだろう。
何の前触れもなく突然降って湧いた休暇の使い道を思案するあまり、いつしかスコールの視線は自分の膝元へ落とされていた。そしてそれはやがていつもしている指輪に辿り着く。
そういえば最近全然アクセサリーを買ってなかったと思い至ったスコールは、良いことを思いついたとぱっと顔をあげラグナへと視線を戻した。
「じゃあ、明日、買い物につきあってくれ」
唐突に提案された事柄に、だかしかしラグナの頭は追いつかず、思わず間抜けな顔つきになってしまう。
「へ?」
スコールと買い物という単語がどうしても上手く結びついてくれず、ラグナは顔が強張っていくのを感じた。
その頭のなかでは、買い物かご片手に商店街を無表情に練り歩くスコールなどという強烈すぎる妄想が浮かんでいたりする。
相手がそんな馬鹿な空想に囚われているとはつゆとも知らず、スコールは表情を和らげ、
「久しぶりに・・・・・・シルバーアクセの店に行ってみたいんだ」
ぽつり言葉を継いだ。
一瞬きょとんとしたラグナは、すぐに自分があまりにも馬鹿らしいことを考えていたことに気がつき、照れ笑いを浮かべてみせた。
「あ、ああ。いいぜ。明日、一緒に行こう」
気軽に了解を得られたスコールは嬉しそうににっこり笑みを浮かべると、SeeD特有の敬礼をした。
「・・・・・・了解」
希少性の計り知れない満面の笑みという情け容赦ない不意打ちをくらったラグナは、思わずソファから転げ落ちそうになった。
◇
翌日、ラグナを引き連れて買い物に出かけたスコールは、随分久しぶりの購入に理性のタガが外れてしまったのか、同年代の若者達が購入するような品々の軽く一桁は違う値段の物を大量に購入していた。
こういったアクセサリーに興味皆無なラグナは、次から次へと商品を選んでいくスコールの大胆さにいつの間にか全身冷や汗をかく思いをさせられていた。もしかしてこれの支払いを自分にしろと、そういうことなのかと不安に思った。そして慣れない大見得を切るものじゃないなどと考えていたりもした。
大統領などという職を長年勤めながらも、ラグナの金銭感覚は時々慎ましやかな物になり、特に興味の対象外の物に出会ったときや自分のこととなるとその傾向は顕著に現れる。だからといって良いものを見る目がない訳ではなかった。
最初、スコールがケース内を物色している様子を冷やかし程度に受け止めていた店員達だったのだが、今は上にもおかない扱いでスコールの希望を丁寧に聞き取り、それに見合った商品を奥の部屋から持ってくるようになっていた。わざわざ奥の部屋まで出向いてそちらから商品を持ってくる。それはすなわち通常店頭には並べられることのないクラスのもの、滅多な客にはその存在すら知らせることのないものであり、その店の最高級品ということを意味する。
途中から品物についている値札を見るのに疲れたラグナは、何せ驚くような値段がついていたりするのだ、少し離れた場所から熱心に店員と話をしているスコールの姿を見つめていた。その胸元で揺れているペンダントを見つめながら、あれってばオーダーメイドっていうやつなのかな、センス良いよな、誰に似たんだか、俺じゃないことは間違いないな、などととりとめのないことをつらつら巡らせたりしていた。
一頻り商品に目を通し満足したスコールは、そのなかからさらに数点選び出して店員に手渡した。そして踵を返すとすっかり待ちくたびれた顔つきで所在なさそうに佇むラグナの元へと戻ってきていた。
「待たせたな」
そう告げる声音は柔らかい響きを宿し、スコールの機嫌がかなり良いことを示している。
「包装にちょっと時間がかかるそうだから、何処かで時間を潰さないか?」
そう言われた途端反射的に自分の腹が空腹だと抗議の声を上げ、ラグナは一瞬しまったという顔をしたが、すぐに照れ隠しに髪が乱れるのも構わず頭をがしがしかいてみせた。
スコールは無言のまま左手首にしている腕時計に視線を落とし、時刻がとっくに昼を過ぎ午後のティータイムの時間にすでになってしまっていることを知り、軽く目を見開く。買い物に夢中になるあまり、時間の観念を無くしてしまっていたようだ。その間ラグナをずっと待たせ通しだったことに軽い自己嫌悪を覚えた。
「遅くなったが、食事でもするか?」
自分でもいささか空腹を覚え、スコールの提案は至極尤もなものになる。
ラグナはといえば、お預けをされていた犬のように飢えきった眼差しをスコールに注ぐと、喜色満面頷いた。
その様子があまりにも子供じみていて、スコールはつい笑みを誘われる。
二人は連れだって近辺のレストランへと足を運んでいった。
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