バラムガーデン所属、ランクASeeDである若者は怒っていた。それはもう限りなく怒っていた。
緊急事態につき大至急という派遣要請を受け、とりあえず身体が空いていたのが自分だけだったという事情もあり、結構重要な書類を抱えていたにも関わらず、学園長夫妻の鶴の一声に押されるようにして、ガンブレードのケースのみ片手にこうして駆けつけてきたのだが、要請先にたどり着いてみれば、そこには暢気な空気が満ち溢れている。
この場所の一体どこに緊急事態の『き』の字があるというのだろうか。
若者、スコール=レオンハートは端正なその顔が歪むのも構わず、思いきり眉間にしわを寄せ、眼光鋭く門扉を見上げる。そしてその場で大きく息を一つ吸い込むと、怒気も顕わに自分を呼びつけた相手を探して別荘に足を踏み入れた。
そう、別荘なのである。スコールが怒りのあまり拳を握ってしばらく見上げていた建物は、誰がどう見ても立派な別荘なのである。
いわゆる南国リゾートというやつにスコールは呼びつけられてしまったと、そう言うわけである。
派遣要請が大至急ということもあり、ろくろく現地の調査もせず飛び出してきたスコールは、指定された場所に辿り着いてはじめて自分が呼び出された地域が何のために利用されているのか理解し、顔をひきつらせることになった。いくら大至急といわれ、さらに学園長夫妻に背中を押されたとはいえ、事前調査を怠るべきではなかったと後悔した。
今回の任務の依頼主は大国エスタ。
つまりそれはスコールを呼び出した相手とは、あの男だということである。この状況下であの男が絡んでいるとなると、それはつまりろくでもないことが企まれているに違いなかった。
今回はいつにも増して緊急という色合いが濃厚であり、またこの地方はろくな交通網が発達していない関係上、スコールは自身で車を運転してきていた。
もしこの地方でも列車という交通手段を利用することが可能だったならば、もう少し早くスコールにも事態の全容を把握することができていたことだろう。
確かにこの街に近づけば近づくほど、周囲の雰囲気がおかしいような気はしていたのだ。SeeDの派遣要請が為されるほどの状況にしては、道行く人々の雰囲気に違和感を覚えてもいたのだ。だがしかし、周囲がそういう状況でも水面下では何某か陰謀が巡らされていることは多々あることで、スコールはそういう状況なのかもしれないと自分に言い聞かせながらこの地に足を踏み入れたのだった。
ちなみに、スコールは人目につかない山間部に搭乗してきたラグナロクを隠し、ラグナロクに収容してきた車でこの地までやってきている。
小綺麗で落ち着いた雰囲気を漂わせる室内は、なるほど束の間の安らぎを堪能するには十分な佇まいを見せている。
視界の隅で建物の内部を丁寧に見て取りながら、スコールは今回の諸悪の根源である人物を求めて邸内を散策し、やがて目的の人物を発見した。
ターゲットはスコールから見て広いリビングを通り抜けた先。大きく開け放たれた窓の先にあるベランダで暢気に船を漕いでいる。そのあまりにのんびりとした様子に、スコールはすっと目を眇めた。そしてその場に片膝をつくと右手にずっと提げていたケースをそっと床に置き、音をたてないよう留意しながらケースを開く。そこには、スコールの象徴とでも言うべきガンブレードが収められていた。
青灰色の双眸に何の感情も浮かべないまま、スコールは愛剣を手にする。いつの間にかさきほどまで浮かんでいた怒気も顔からすっかり抜け落ちていた。
気配を殺した状態で、リビングルームから庭へと降りられるようになっている作りのベランダに一歩足を踏み出した。
剣呑な様子のスコールに気づくことなく、その人物、いつもより格段に派手な柄のアロハシャツに身を包んだ長髪の男である、はウッドチェアーにゆったりともたれ、日差しの燦々と降り注ぐ庭を見るともなしに見つめているように見えるが、その実時々その頭は前後にゆらゆらと揺れている。どれくらいの間そうしているのか、直ぐ傍らに設えられているデッキテーブルの上に置かれたグラスの中身はすっかり空になっていた。そしてアームからだらりと垂れ下がった右手から落ちたと思しきこの地方のガイドブックが風に煽られ、ぱらぱらとページがめくれていた。
あまりにも長閑な風景に気勢を削がれる形となったスコールは、何とも言えない微妙な顔つきになりながら手にしていた愛剣を剣帯へと戻す。そしてそのまま男の傍らへ歩み寄ると地面に落ちたままのガイドブックを拾い上げ、何気なくページをぱらぱらめくり、大きなため息をついた。
この男なりに一生懸命だったのだろう、ページのあちこちに大きく赤丸がつけられている。それはどこもかしこもこの地方でも特に有名な観光地だということは取り扱いの大きさやら煽り文句やらで容易に想像がついた。
再び大きくため息をついたスコールはガイドブックを傍らのデッキテーブルに置くと軽く息を吸い込んだ。
「起きろ、ラグナ」
決して大きな声を出した訳ではなかったのだが、眠りが浅くなってきていた男の耳に届くのには十分な強さを持っていた。
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