食事を終えご機嫌になったラグナを引き連れて、スコールは再びアクセサリーショップへと戻っていた。
スコールが顔を見せた途端店員は心得たもので、店の奥からいそいそと綺麗にラッピングが施され済みの品々の入った袋を運んできた。そしてショーケースの上に、大きな大きな手提げ袋が二つと小さな手提げ袋が用意される。
それを見たスコールは満足げに頷くと、懐からカードを取り出し、サイン一つで支払いを済ませてしまった。
その様子に、店員達は一様に驚きの表情を隠しきれずにいた。てっきり同伴している男が支払うだろうと踏んでいただけに意表をつかれ、自分たちの表情をコントロールしきれなかった。そしてそのなかで一番驚いていたのは、カード決済の手続きをとった店員だったりする。スコールが何気なく差し出したカードのデータにアクセスした途端、表情が固まった。そのカードは、その利用上限が最も最高額を有することで有名な超一流のそれだったのだ。およそこの年代の若者の手に出来るはずのないそれに、店員の顔は至極強張ったものになっていた。
カードを使用したときの周囲のそんな反応にはすでに慣れっこになっているスコールは気に留めた風もなく、一人で荷物の総てを手にすると店を後にした。
◇
別荘へと戻る道すがら、スコールはいつもよりほんの少しだけ憮然とした表情を浮かべていた。何か考え事でもしているのか、終始無言で足を運んでいく。
それに気詰まりな思いをしながらも、ラグナは何か機嫌を損ねるようなことをしでかしてしまったかと、先程から頭を悩ませていた。
そんなきまりの悪い雰囲気のまま二人は別荘にたどり着いた。
ポケットから別荘の鍵を取り出したスコールは後ろを振り返ることなく扉を開けてなかへ入っていく。その場の雰囲気から主導権を握られているような気がしたラグナはそのままおとなしくスコールの後を追っていくしかなかった。
結構嵩張るだろう荷物を苦にすることなくスコールが足を運んだ先は、リビングルームだった。
無言のまま向かい側に座るよう促されたラグナは、軽く首を竦めたまま借りてきた猫のようにおとなしくソファに収まった。
二人の間に、沈黙が訪れる。
今日一日の出来事を一生懸命反芻してみたラグナだったが、スコールの機嫌を損ねるだろうと思われるようなことが次から次へと浮かんできてしまい、思わず頭を抱えて唸ってしまった。
突然のうなり声に、青灰色の双眸が僅かに揺れる。
「ラグナ」
そう思わず口にしてから、スコールは驚いた。こんな風に呼びかけるつもりではなかったのにと思った。口にしなければならないことが確かにあるのだが、それを言葉にするのにまだまだ心構えが出来ていなかった。
「へっ?」
自分の考えに集中していたラグナは名を呼ばれたことで我に返り、ぱっと顔をあげる。
二人の視線が確かに絡み合い、そしてそれはスコールから外された。その視線はそのまま傍らに置いてある紙袋へと向かった。シルバーアクセサリー専門店の店名が、洒落た字体で袋に刻印されている。
名前を呼んだ癖になかなか用件を切り出そうとしない様子に珍しさを覚えたラグナは、ついまじまじとその横顔を見つめてしまう。普段は言葉を言い渋ったり、言い淀んだりすることがない相手だけにこの何とも言えない間が興味深かった。
やがて意を決したスコールは手提げ袋の中からさらに小さい袋を取り出し、それをずいっとラグナの眼前に差し出す。
「あんたに、やる」
贈り物をするというにはその態度はあまりにも突っ慳貪としすぎていた。だから、贈り物をされた当の本人も状況を把握することが出来ず、きょとんとした表情で青灰色の瞳を見返すしかできなかった。
ラグナのそんな様子に渋面になったスコールはそれ以上言葉を重ねようとはせず、くるり踵を返すと自分にあてがわれた寝室のある二階へと続く階段に向かっていった。
一人その場に残されたラグナは事態が上手く飲み込めず、手の中に残された小さな袋と、すでに階段の半ば以上あがってしまっている後ろ姿を何度も交互に見比べた。
やがてスコールの姿が完全に見えなくなった頃、ラグナはしみじみとため息をついた。そして手にしている小綺麗な紙袋を改めてまじまじと見つめる。この物体にどんな意味がこめられているのだろうと逡巡した末、ラグナはその場でそれを開封する選択肢を選んだ。
梱包を丁寧に開くのには苦労させられたが、どうにか取り出したそれは黒革張りの小箱だった。そのなかにさらにある品が入っていることに気づいたラグナは恐る恐るそれを開き絶句した。
小箱のなかにひっそり入れ込まれていたのは、シンプルなデザインのブレスレット。そのブレスレットの下にはシンプルなデザインのカードが一枚入っている。
ラグナはとりあえずブレスレットを手に取りしげしげと眺め、そしててブレスレットの内側に流麗な字体で何かが刻印されていることに気がついた。
それをよく見ようと目を凝らしたラグナの動きが、突然止まった。それを認めた瞬間、ラグナは一瞬だが呼吸することを忘れた。そしてその碧翠の双眸が徐々に潤みを増していくように見えたが、それは決して気のせいではなかっただろう。
ブレスレットに穿たれた流麗な刻印。
それは、スコールからラグナへ向けて放たれたメッセージだった。
『Dear L.L. Your Happiness is Prayed. From S.L.』
文章の体裁を整えたのは勿論店員だったのだろうが、そういう言葉を刻むことを選んだのはスコールだ。そのことにラグナは思わず胸を詰まらせていた。
小箱のなかにブレスレットと一緒にカードが一枚添えられていることを思い出したラグナは、急いでそのカードを開く。ラグナの意に反することなくそこには手書きの文字が記されていた。
『THANK YOU』
実にそっけない一言だったが、それでもラグナの心を温かくするのに十分だった。
穏やかな、穏やかな笑みを浮かべたラグナはブレスレットを右手首にはめた。そしてそれを目の高さにまで掲げる。
しゃらっと涼やかな音をたてながら、ブレスレットは重力に引かれ腕を滑り落ちた。
「サンキュー、な」
明日の朝、これをしている自分の姿を見たスコールがどんな反応を返すのか、それが楽しみでならないラグナだった。
END
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