〜FINAL FANTASY8 TALES vol.8〜
凶弾に倒れたスコールを目にしたリノアは、使用することを恐れ忌避していた魔女の力を解放し、出来る限りの生命魔法をスコールに施したが、それでもスコールの意識が戻ることはなく、そのままデリングシティでも一番大きな病院への入院を余儀なくされた。
リノアは疲労のあまり倒れそうな自分の身体を酷使して、2カ所ほど連絡を入れるとそのまま気を失ってしまった。
スコールを襲った2発の凶弾はどちらも貫通することなくそのまま体内に残留しており、それを取り除くための手術をすることになったのだが、そこへある人物からの横ヤリが入った。
その人物とは、彼のエスタ国大統領ラグナ・レウァールだった。
スコールとラグナの関係を知らない病院関係者は大いに慌てた。
下手をすれば国際問題に発展しかねない状況に置かれて慌てない者はいないだろう。
リノアからの連絡を受けたキスティスは大慌てでスコールが収容されている病院までやってくると、担当医に詳しい話を聞き青ざめた。
スコールの体内に残されている銃弾は2発。
1発は右肺を大いに傷つけており、もう1発は心臓すれすれの位置で止まっているという。
この2発を取り除くには腕の確かな外科医が必要で、一刻を争うということだった。
時間が経てば経つほど銃弾は肉の組織に絡めとられてしまい、摘出に困難を極めるのだ。
それなのに、エスタ大統領と名乗る人物から手術の開始を止められてしまっている。
キスティスが己の判断で手術開始を病院側に申し入れようと思った時、まるでタイミングを計ったかのように当のラグナから連絡が入った。
「お久しぶりです、大統領閣下」
表情を強ばらせたまま、キスティスはモニター越しのラグナに挨拶をした。表情を取り繕っていても現状に変わりはない。ただでさえ神経がぴりぴりしているのだから、無駄な努力はしないにこしたことはなかった。
「あんま、容態よくないみてぇだな〜」
モニター越しのラグナの表情も、いつもの陽気さは影を潜め、非常に暗かった。
「彼の容態は一刻を争います。それなのに、何故、手術を拒否されたのですか?」
理不尽と言えばあまりにも理不尽なラグナの横ヤリに、キスティスの語調は荒かった。
「あ〜ん?あ、あれか。そりゃあ、エスタで手術した方が、安全だから」
頭をぽりぽりかきながらあっけらかんとした口調でラグナは言ってのけた。そして、
「・・・つう訳でさ、あんたにちょっとばっかし頼みがあるんだけど、いいかな?」
あんまりな理由に少々呆れたキスティスは思わず相手の顔をまじまじと見つめた。
そんな相手の態度に構わず、ラグナは飄々とした口調で言を継ぐ。
「もうちっとでそっちにつくんだけどよ、街なかに降りるわけにもいかないんで、スコールを郊外まで連れてきてくんねぇ?」
確かに各種技術レベルが最高峰であるエスタであればその医術レベルも高いのだろうが、一刻を争うほどの重病人に対してあまりな言葉に、キスティスは呆れ顔になってしまう。
頭の痛い思いをしながらもキスティスは病院側をどうにか説き伏せて、スコールをシティの郊外へ連れ出すことに成功した。といっても、スコールは未だに意識不明のまま、患者を運ぶためのストレッチャーに乗せられたままだったが。
天空から青い飛空挺が大地に降り立った。
飛空挺の塗装が青いことに気づいたキスティスは思わず目を見開いた。
青い飛空挺は大統領専用のもので、その性能は複数ある飛空挺のなかでも最高のものなのだ。
(大統領が直々にここまで来たということなの?)
そんなキスティスの心の声が聞こえたわけでもなかろうが、乗降ハッチが開くとともに白衣に身を包んだ数人の人間が走り出てきたその一番最後に、片手をあげて気さくに挨拶をするラグナがいた。
半ば呆れ気味にそれを見つめるキスティスから白衣の男たちはスコールを受け取り、内部へと運んでいく。
「ま、後はよろしく頼むわ」
下手なウインクとともにラグナはキスティスの肩をぽんとたたく。
「あっちに着いたら、すぐに手術にとりかかれるようにしてあっからよ」
ラグナは数人の男たちともに大地に降り立つ。
デリングシティで何をするのか一言も言わないラグナを訝しく思いながらも、キスティスはリノアを伴い、慌てて飛空挺へと乗り込んだ。
こうしてスコール達は一路エスタへ向かったのだった。
◇
エスタに着くと同時にスコールはエスタでも最高峰の医術レベルにある病院へと収容され、そこで十数時間にも及ぶ手術を施された。
手術が続いている間中、キスティスとリノアは手術室前の廊下に設置されている長椅子に座り込んでいたが、何故か、ラグナの姿はそこにはなかった。
手術中を知らせるランプがやがて消え、中から疲労を隠せない医師団がぞろぞろと出てきた。
長椅子から素早く立ち上がったキスティスは医師団のリーダーらしい人物に近寄ると、
「スコールは、彼は大丈夫でしょうか?」
必死に尋ねた。
尋ねられた医師は、神妙な顔つきで、
「出来る限りのことはしました」
と言葉少なに語ると、それ以上の追求を避けるように足早に立ち去っていった。
次いで手術室からストレッチャーに乗せられたスコールが姿を見せたが、その口許は酸素マスクが付けられており、ほんの少しの間見なかっただけなのに、その顔は窶れていた。
そのままICUへとスコールは連れられていった。
静かすぎる室内で、患者の容態を知らせる電子音だけが響いている。
手術が終了して3日がすでに過ぎようとしていたが、スコールの意識が戻る気配はなかった。
このままスコールの意識が戻らないのではないかという不安にとりつかれたまま、スコールの容態を見守り続ける女性陣の目元に、隠しようのないクマが出来ていた。
時々、ラグナも大統領執務室を抜け出してきてスコールを見舞っていた。
「よ!ご苦労さん。今日もスコールは眠りっぱなしか?」
努めて明るく軽い調子で挨拶をしてみせるラグナではあったが、不安の翳りは完全に拭い去れていなかった。
恐る恐るベットに近づき、そこに横たわっている人物の顔を覗きこむ。
手術後の窶れは、定期的に行われている点滴のお陰か、やや解消されてきたものの、唐突に自発呼吸を止めてしまう患者のことを考慮して、吸入用の酸素マスクはその顔の大部分を覆ったままだった。
「で、何が原因で、スコールは目ぇ覚まさないんだって?」
傍らで力なく項垂れているリノアに向けて、ラグナはさりげなく尋ねたが、リノアは頭を左右に振り、
「原因はわからないって・・・。どうしてスコールが意識を取り戻さないのか、お医者さん、不思議がってます」
やはり力のない声音でそう答える。そして重苦しいため息をひとつついた。
「スコールがこうなっちゃったの、全部私のせいなんです。私があの時ショッピングなんかに誘わなければ・・・・・・」
リノアの言葉に段々と嗚咽が交じっていき、語尾は聞き取れなかった。
突然泣き出してしまったリノアに、ラグナは狼狽してしまった。責めるつもりで問うたのではなかった。こうなった原因がリノアにあるなどど微塵も思っていなかった。ただ、スコールの現状が知りたかっただけなのだ。
「スコールぅ〜、頼むから、目ぇ覚ましてくれよ〜」
ラグナはリノアの涙の原因に情けない声音で助けを求めた。
それが一体どんな効果を生んだのだろう。
スコールの長い睫毛が微かに震えたのだ。
それにいち早く気づいたキスティスは、
「スコール?気がついたの?」
ラグナの隣に跪き、スコールの顔を覗きこんだ。
また、微かに睫毛が震える。
キスティスの言葉にはっと我に返ったリノアもベットに駆け寄り、スコールの顔を覗きこむ。
確かに睫毛が震えている。
今まで何ら反応を返さなかっただけに、三人はその微妙な変化に心から縋った。
「スコール!起きてよ!」
「目ぇ覚ませ!スコール!!」
「起きてちょうだい!お願いよ!」
三人の口から悲痛な叫びが同時に漏れる。
それがどんな奇跡を産みだしたのか、スコールはゆっくりと目を覚ましたのだった。
寝起きの悪さには定評のあるスコールだけあって、今まで囚われていた深い眠りからの覚醒がしっくり来ていないのか、ぼんやりと青灰色の双眸を天井に注いだ。
いつもならば警戒を怠ることのない鋭い眼差しをしているだけあって、その落差は激しく、三人は再度不安にかられてしまう。
ゆっくりと数度瞬きを繰り返すうちに、青灰色の瞳には意志の光が宿り始めた。
それを見届けた三人は同時に安堵のため息をついた。
のろのろとした仕草で口許を覆うマスクをはぎとったスコールは、ベットの傍らに人が居ることをやっと認識した。そして、ゆっくりそちらに頭を巡らす。
視界に写ったのは三人の人間。
それを認識したスコールは怪訝そうに眉間にしわを寄せた。
『見知らぬ人間』が二人、自分のことを心配そうに見つめているのが気になったのだ。そして、己の身体が己の意のままに動かないという現状に気づき、また、自分が現在居る場所が記憶のどこにも存在していない場所だということに思い至った。
「キスティス“先生”、俺はどうしたんだ?」
いつもの至極冷静な、一歩間違えば冷淡と表現されがちな淡泊な声音で、傍らに佇む自分の“担当教官”に問いかけた。
スコールの問いかけに、三人はその場に硬直した。そして自分たちの耳を疑った。
スコールは今、キスティスのことを何と呼んだのだろう。
恐る恐るベットの上で横たわる人物の顔を見つめてしまう。
自分に注がれる三対の眼差しに、スコールはやや迷惑げな表情を作り、何の感情も宿さぬただ鋭い視線を相手に注ぎ返す。
ラグナはそんな視線を注いでくるスコールに戸惑いを感じ、当惑げにキスティスを見遣った。
以前見覚えのあった冷たい眼差しに、リノアは困惑してしまう。
嫌になるくらい見覚えのなるその目つきに、事態を悟ったキスティスはやれやれと言いたげなため息を大きくつくと、スコールにずいっと顔を近づけ囁いた。
「スコール、貴方に聞きたいことがあります。真面目に答えてちょうだいね。貴方、今、幾つ?」
真剣そのものの表情でとんでもないことを聞いてくる“担当教官”に少々呆れはしたが、それでも“教官”の質問に答えるべく、スコールは口を開いた。
「16・・・・・・もうすぐ17に、なる」
ぶっきらぼうに呟かれた言葉に、キスティスは再度ため息をつくと、事態を飲み込めていないだろう二人に端的に説明する。
「どうやら、スコールは記憶喪失になっているみたいです。ここ2年ほどの記憶が欠けているようですね」
その言葉に二人から絶叫があがったのは言うまでもなかった。
◇
ひとまず意識を取り戻したスコールを担当医師に委ね、三人は別室に移動してきた。
「・・・・・・っていうと何か?スコールが子供を助けた時、頭を打ったのがその原因だってのか?」
聞かされていた事故当時の状況を思い出しながら、ラグナは半信半疑に口にする。
キスティスは深々と頷き、
「そうです、そうとしか考えられません」
冷静に言葉を返す。SeeDたる者、そうそう取り乱してはいられないのだ。
「スコール、私のこと、忘れちゃったの?」
リノアは嗚咽交じりにぼそりと呟く。つい先刻、自分に注がれたスコールの冷たい眼差しがその心を寒々しくさせていた。つい、3日前までは優しい光を宿していたはずなのに、久しぶりに目にした青灰色の瞳には何の感情も浮かんでいなかったのだ。
「残念だけど、その通りよ。スコールは今、SeeD候補生だった頃の彼に戻ってしまっているの」
慰めの言葉一つかけるでなく、キスティスはありのままを口にする。
それを聞いたリノアは怒った顔つきになり、
「どうしてそう冷静でいられるのよ?キスティスはスコールが心配じゃないの?」
感情の赴くまま、そう叫んでいた。
常に冷静であれと長年に渡りそう教え込まれてきたキスティスは、苦い顔つきになると、
「私だって心配だわ。でも、感情的に叫んでいるだけで、物事は解決するのかしら?」
苦渋を漂わせた口調で、自嘲気味に呟く。
以前感情に流されるまま動いてしまい、作戦を不首尾に終わらせそうになったことがあったのだ。その時同じ轍は二度と踏むまいと、心に誓ったキスティスだった。
「・・・ごめん。そうよね、こんな時こそ、私たち、しっかりしなくちゃね!」
未だにその顔は泣き濡れていたが、それを振り払うようにリノアは殊更明るい口調で告げる。
「ええ、そうね。私たちがしっかりしなくてはいけないわね」
女性陣はそう一致団結するのであった。
途中から一人蚊帳の外に置かれる形となったラグナは、少々いじけてしまっていた。