〜FINAL FANTASY8 TALES vol.8〜
「さすがは傭兵として名高いSeeDのトップですね。身体の快復が人並みはずれて素晴らしい」
スコールの担当医は日々快復していくスコールをそんな風に表現した。それを聞くとはなしに聞いているラグナは、重いため息をひとつつく。
確かに、スコールは凄まじい勢いで快復しつつあった。その身体機能に関しては。
肝心の記憶の快復の方はまるではかばかしくなく、自分に向けられる視線のあまりの冷たさに、ラグナは気詰まりな毎日を過ごしていた。
スコールの身体の快復の早さにはG.F.の存在が大きく、スコールは夜半過ぎになると、人に見つからないようにして自分に生命魔法を度々唱えていた。
「よ!元気してるか?」
ラグナはいつもの調子でそう挨拶しながら、スコールのいる病室へと足を踏み入れた。
軽いストレッチをしているスコールは訪問客をちらりと一瞥しただけで、そのままストレッチに没頭する。
周囲に関して見事なまでの無関心を貫いてみせるスコールに、ラグナはとりつく島も見いだせず、その場に硬直してしまった。以前はこうだったとキスティスから聞かされてはいたが、そのあまりそっけなさに二の句が継げない。
スコールがこれほどまで頑なに他人との関わりを露骨に避けていたということを、他人とすぐに仲良くなるのが得意なラグナには全く理解できなかった。
スコールが張り巡らせている有刺鉄線のような壁を打破すべく、ラグナは果敢にも毎日スコールの元を訪れていたが、その度ごとに見事に玉砕していた。
ストレッチに夢中になっているかと思いきや、青灰色の双眸がゆっくりとラグナの方へ注がれた。
「なあ、あんた、俺のところに毎日きてるが、そんなに大統領は暇なのか?」
辛辣とも言える口調で身体を動かしながら尋ねる。
スコールが自分の方から相手に話しかけてきたのは記憶を失ってから初めてのことだったので、ラグナは期待に満ちた眼差しで相手の横顔を見遣った。
相変わらず表情の乏しい横顔がそこにある。
ラグナはあからさまに落胆して見せながら、律儀に答える。
「いんや、あんまし暇じゃねえよ。でもよ、大っ事な一人息子の一大事ってゆうのに、仕事が手につくかっての」
乱暴な言い方ながらも、ラグナの言葉には愛息に対する思いが精一杯込められていた。
それを感じとりながらも、スコールは目を眇めるのみだった。
再びストレッチに精を出し始めたスコールを寂しげに見つめたラグナは、それ以上言葉を重ねることなく病室を後にした。
室内に一人残されたスコールは、大きなため息と共に全身から余計な力を抜いた。
ラグナが来ている時はいつも必要以上に緊張を強いられてしまうのだ。
あの碧翠の双眸が優しく自分を見つめていることに気づいただけで、妙に気まずさと息苦しさを感じてしまうのだった。そして、自分がラグナのことを一切覚えていないという事実に心が揺さぶられてしまうのだ。
これと同じことが、あのリノアという少女にもいえた。
無言でこちらを見つめる漆黒の双眸に出会うと、何故だか心が騒いでしようがないのだ。
キスティスやゼルと会っている時には感じられない、奇妙な感覚。
それを振り払うかのように、スコールは身体を快復させることに熱心になっていた。
そんな日々がしばらく続き、やがて記憶以外は完全に快復したスコールは担当医の許可を貰い、退院することとなった。
記憶が戻らない以上、SeeDとしてもガーデン指揮官としてもいつも通りに振る舞える訳がないとの判断から、スコールはそのまましばらくの間、エスタで静養することになっていた。
大統領筆頭補佐官の肩書きを持つ人物に案内され、スコールが到着したのはラグナの私邸だった。
「しばらくの間はここでラグナ君の面倒でも見ていてくれたまえ。一応、スコール君、君は大統領専任のSSという扱いになっている」
玄関口で筆頭補佐官はそんなことを告げると、くるりと踵を返してあっさり立ち去ってしまった。
あのラグナのSSと聞いて、スコールは正直顔を引きつらせてしまった。
ただでさえ苦手に感じている人物と同居しなければならないというのに、それに追い打ちをかけるようにその身辺を護衛しろなどとよくぞ言ってくれたものだ。
忌々しげに舌打ちしつつ、スコールは玄関を開けた。すると、そこには常になく暗い表情のラグナが佇んでいた。
「折角着いたばかりでわりぃんだけどよ、これからちょっと、あるとこまでつきあってくんねぇか?」
暗い暗い眼差しをスコールに注ぐラグナはそう囁いた。
何か言いかけたスコールだったがそれを言葉にすることができず、それは喉の奥でかき消えた。
戸惑いがちに首肯する相手に、ラグナはふっと自嘲的な笑みを浮かべ、
「ありがと、な」
そう言いつつ、スコールを伴い、大統領官邸へと向かっていった。
◇
スコールが連れて行かれたのは、出入り口をいく人もの兵士に守らせた厳重な警備下に置かれている一室だった。
全体的にのんびりとしているエスタの雰囲気から大きく逸脱したその部屋は、妙に殺気立っており、スコールに警戒心を抱かせるのに充分だった。
用心深く室内に足を踏み入れたスコールは、部屋の中央に一人の男が後ろ手に手錠をかけられ座らされていた。
男は気絶でもしているのか、ぴくりとも動かない。
スコールは怪訝そうに眉間にしわを寄せ、男を見つめるが、全く見覚えのない顔だった。
警備の人間を除けば、現在この部屋にいるのは、スコールとラグナ、いつの間にバラムガーデンから呼び寄せられていたのか、キスティス、そして捕縛されている男の四人のみだった。
目前の男と面識があるのか、男を食い入るように見つめるキスティスの表情ははかばかしくなかった。
ラグナはスコールを伴い、男の真正面に佇むと、その横顔を思いきり殴りつけ、
「こいつが、お前を撃った犯人だ」
普段からは想像のつかない冷淡な口調でそう言い放った。
スコールは何の感情も宿していない青灰色の双眸を男に改めて向ける。
男はスコールとさほど歳が離れているわけでもなさそうな若者なのだ。
スコールの視線に気づいた若者は、全身全霊をこめてスコールを睨み返す。
意識を取り戻した途端に憎悪の眼差しを注いできた若者に見覚えのないスコールは、どうしてそれほどまでに自分が憎まれているのか、まるで理解できなかった。
若者とスコールの距離はほんの数歩に過ぎないが、二人の間にはそれ以上に大きな隔たりが存在していた。
だから、スコールはただ黙然と、若者を見つめ返すしかなかった。
何ら特別な反応を返してこない相手にしびれをきらしたのか、若者は毒をこめた口調で呟いた。
「俺はお前に妹と親友を殺されたんだ」
低く囁かれているにもかかわらず、それらは胸の奥にまで深く深く突き刺さっていく。
「だから、俺はお前に、復讐する権利があるんだ」
そう呟く若者の眼差しは憎悪と狂気に染まっていた。
SeeDとして任務に就くようになってからの記憶が一切欠如している現状では、スコールには若者の言いたいことが理解できなかった。学生である以上、対人戦は模擬戦以外に経験したことがなかったのだ。
スコールにとって若者の言い分は単なる言いがかりでしかなく、不快げにその眉根を寄せるのみだった。
あまり表情を変えないスコールの態度にかっとなった若者は、スコールめがけてつばを吐きかけた。
スコールは難なくそれを避けてみせたが、二人のやりとりを見守っていた周囲の人々が激しく反応した。
ラグナが怒りの形相で若者にさらに殴りかかろうとする。
キスティスはいつの間にか取りだしていた愛用の鞭を若者めがけて振り上げようとしている。
それらを視界の片隅で捉えたスコールは片手をあげることでそれを制し、殊更にゆっくりとした歩調で若者の傍らに歩みよった。そして、ゆっくり背後を振り返り、ラグナの傍らで青い顔をしている“担当教官”に問うた。
「先生、こいつの言っていることは本当か?」
感情の一切窺えない平板な声。
しかしキスティスにはその奥底に秘められている苦悩の翳りが感じとれた。
「いいえ、彼の言っていることは間違っているわ」
空色の蒼い瞳をひたっと若者に据え、キスティスは静かに己の知る事実のみを語りだす。
「確かに、スコール、貴方は彼の妹と彼の親友である青年、そして数人の人間と一緒にある任務に就いていた。それは間違いのないことよ」
静かに淡々と告げるその声に含まれる微量の哀しみ。
それに刺激されるように、スコールの表情が微かに翳った。
そんなスコールの様子の変化に気づかず、キスティスは言を継ぐ。
「任務終了後、ガーデンに戻ってきたのは、スコール、貴方と彼の妹のたった二人だけだったわ」
蒼い瞳に限りのない哀しみを浮かべ、キスティスは嘆息した。
一瞬、脳裏で何かの光景がひらめいたが、それが何であるのかスコールが認識するまえにそれは雲散してしまう。
キスティスが沈黙したのを知った若者は、ぎらぎらと異様に光る眼差しでスコールを見つめると、
「そう、戻ってきたのはたったの二人。そいつと俺の妹だけ。でもな、俺の妹、ライナは戻ってきた時にはとうに正気じゃなくなってたんだ!それなのに、どうしてそいつだけ五体満足でいられるんだ!?」
長いこと心の内に溜めていた思いをすべて吐きだしていた。
「そいつだけ、どうして生きてるんだ?みんな、死んじまったのに。そいつがみんなを見殺しにしたんだ!!」
終始無関心を貫いているように見えたスコールだったが、突然低く呻いたかと思うと、その場に倒れこんでしまった。
「スコール!?」
誰かが自分の名を呼んでいることに気づいていたが、それに応じる余裕はまるでなかった。
若者の言葉に被さるようにして、脳裏に無数の光景が浮かんでは消えていき、それに伴い、割れるように頭が痛みだしたのだ。
爆音と硝煙の嵐のなか、背後に気を遣いながら戦場を駆け抜けていく自分。
少女を背後に庇いながら敵と思しき人物と斬り結んでいる自分。
降りしきる雨のなか、何かを必死に祈りながら天空を見上げる自分。
いくつもの光景が断片的に浮かんでは消えていった。
キスティスやラグナは勿論、若者も驚きの表情でスコールを見つめる。
どれくらいの時間が過ぎたのか。
その場で頭を抱えるようにして蹲っていたスコールがゆらりと立ち上がった。
どれほどの激痛に耐えていたのか、明らかに血色の悪いその表情はあくまでも静穏で、若者を見つめる青灰色の瞳は澄み渡っていた。
スコールはすっと若者に歩み寄った。
全身から立ちのぼる雰囲気に呑まれたのか、若者は椅子の上で居心地が悪そうに身じろぎする。
その態度に青灰色の瞳をゆっくり眇めたスコールは、若者に囁きかけた。
「あんた、俺がそんなに憎いのか?」
静かすぎるその声は感情が感じられなかった。
若者は答えない。否、答えられなかった。目前に佇む人物の放つ気配に完全に圧倒されていた。
「俺はあの時、最善と思われる方法を選んだつもりだ。それをあの場にいなかった人間にとやかく言われる筋合いはない」
淡々と告げられる言葉は至極当然なことで、若者は言い返す言葉を上手く見つけられなかった。
スコールはすっと若者から視線を逸らし、背後に佇んでいるラグナを見つめた。
その視線に気づいたラグナは何も言わず、肩を竦めて見せた。
「スコールはあの時、みんなから敵を引き離そうと、独り出ていったのよ」
スコールがそれ以上何も話そうとしないのを見かねたキスティスは、若者の妹から得られた当時の状況を語りだす。
「周囲を敵に囲まれてしまったから、スコールは少しでも脱出の機会を増やそうと、血路を開くためにみんなの許を離れたの」
若者の双眸が驚愕に見開かれた。
「そして、それが貴方の妹の命を救うことになったの。決してスコールが彼らを見捨てた訳ではないのよ。ただ、彼らには運がなかっただけ。責められるべきはスコールではないわ」
傭兵として自身の命を賭けたやりとりをしている以上、死の危険性は常につきまとう。
その死の影を払えるだけの運の強さを持たない人間から次々と姿を消していくのは、真理だった。
肩をがっくり落とし俯いてしまった若者を痛ましげに見つめたキスティスはスコールに視線を遣った。そして表情を厳しいものに一変させ、
「彼の身柄をどうするつもり?」
この部屋に来た時から気になっていた事柄を口にした。
「ガーデンまで連行した上で、処分を学園上層部に図ってみるつもりだ」
自分の命を狙った人物の処遇について冷静に答えるスコール。
「現役SeeDを狙撃した元SeeD候補生に対する処分としては甘いのではなくて?」
ガーデン指揮官の補佐役としての冷徹な顔を覗かせるキスティス。
二人のやりとりを見ていたラグナは、どうやらスコールの記憶は完全に戻っているらしいことに気づき、ほっと安堵のため息をついた。そして己の右拳をそっと見つめる。
先刻若者を思いきり殴りつけた余韻が、しびれとしてその手に残っていた。
拳を見つめる口許に、苦笑が浮かぶ。
大人げもなく逆上し、人を殴りつけた自分が何だか信じられなかった。
「親ばか・・・か・・・」
いつか親友に言われた言葉を自嘲気味にぽつり呟く。
この後、スコールはそのまま若者とキスティスを伴い、バラムガーデンへと帰っていった。
後日、折角親子水入らずでしばらく暮らせると思っていたラグナは、自分の思惑が大きくはずれたことに大いに嘆くのであった。
END
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