〜FINAL FANTASY8 TALES vol.8〜
バラムガーデン指揮官の執務室で、SeeDとしての任務を終えたスコール・レオンハートは、任務報告書を作成するため、モニターに向かっていた。
SeeDは任務終了後、口頭にてその旨を学園長などガーデン上層部に報告するとともに、書面にても報告書を提出する義務を負っているのだ。
執務室の扉が開く機械音とともにキスティス・トゥリープが入ってきた。そして開口一番、
「ねえ、スコール。貴方、最近働きすぎよ」
キスティスは、ここ数回ばかり非常に危険だと思われる任務ばかりを率先して引き受けているスコールを見るに見かねていたのだ。
先日、SeeDの称号を得るほどに優秀だった人材を一度に数人失うという出来事があった。
その出来事の影響で、スコールが無謀ともいえる過酷な任務をこなしていることに、無論、キスティスは気づいていた。
青灰色の双眸に隠しきれない疲れの色を浮かべながら、スコールは目を眇めてキスティスを見遣った。そして軽くため息をつくと、その手を止めた。
「キスティス、何が言いたいんだ?」
感情があまり感じられない平板な口調だったが、疲労の翳りは拭い去れなかった。
そんな相手にやれやれと言いたげなため息をついて見せたキスティスは、
「貴方に休暇をとるよう言いにきたの」
スコールの顔を覗き込むようにずいっと顔を近づけて、他人に言われてすぐに“はい、そうですか”と素直に言い分を聞き入れるタイプではないことは重々承知で、懇願するような口調で囁く。
案の定、スコールは何を言っているんだと言わんばかりに眉間にシワを寄せてキスティスを見つめ返す。
あまりにも分かり易すぎる相手の反応に、キスティスは再度大きくため息をつく。
「これは命令よ。学園長からの許可も得ています」
言いつつ、手にしていた書類をスコールに突きつける。
受け取った書面は学園長直々のもので、確かに休暇をとるよう記載されていた。
「・・・了解」
スコールは渋々といった感じにキスティスにそう告げた。
キスティスは満足げに頷き、執務室を立ち去ろうとする背中へ、
「そうそう、リノアが貴方のこと、首を長くして待っているわよ」
追い打ちをかける。
一瞬、その足を止め背後を顧みたスコールだったが何も言わず、部屋を出ていった。
してやったりと、キスティスは嬉しげに微笑みながらひらひらと手を振ってそれを見送った。
◇
スコールは駐車場に立ち寄ってガーデンの車を一台借り受けると、最寄りの大陸鉄道の駅へと向かった。そして、丁度タイミング良くホームへ入ってきたティンバー行きの列車に、キスティスに手渡されたチケットを利用して、SeeD専用キャビンへと乗り込んだ。
SeeD専用キャビンは他のキャビンと大いに異なり、その造りは豪華の一言に尽きる。
初めてこのキャビンを目にした時、何て無駄に贅沢なんだと少々怪訝に思ったが、慣れというのは恐ろしいもので、今では何の感慨も浮かばなくなっていた。
それはさておき、スコールはソファに腰を下ろし、愛用のガンブレードを納めたケースを傍らに置くと、しばしの安息を得るため、目を閉じた。
キスティスが口にしたリノアという人物は、現在、ティンバー独立をかけて大健闘している少女、リノア・ハーティリーのことだった。
スコールと知り合ったリノアは少々強引とも言えるアプローチを積極的にし、見事スコールの彼女の立場を確保した人物なのだが、現在二人は共に実に忙しい立場になってしまっている為、ここ数ヶ月互いの声すら耳にしていないという状況下にあった。
キスティスはそんな二人が少しでも会えるようにと気を利かせてくれたと、そういう訳なのである。
キスティスから連絡を受けたリノアは、いそいそとティンバー駅に赴き、スコールの到着を待ちわびていた。
ホームの片隅でスコールと会わなくなってからどれくらい時間が経っているのか指折り数えてみたりして暇をつぶしていた。
そうこうするうちに、大陸鉄道の列車がホームへと滑りこんできた。
それを目にしたリノアは嬉しげに列車へ駆けよっていった。
車内アナウンスで列車がティンバーへと到着したことを知ったスコールは、軽く頭を左右に振って残っていた眠気を消し去ると、傍らのケースを片手に列車から降りようとソファから立ち上がる。
眠っている間、何かしら夢を見ていたような気がするが、まるで記憶になく、スコールはそれ以上深く追求するのを止めてしまった。
列車の昇降口から姿を見せたスコールを目にした途端、リノアは少々驚いてしまった。この間顔をあわせた時よりも数段、その雰囲気が暗いのだ。
アーヴァインに貰った写真の姿からは想像できないほど、スコールの漂わせている雰囲気は重苦しかった。
不意に、キスティスの言葉が脳裏に甦る。
『この間ある事件があってから、スコールの様子がね、変なのよ。何て言えばいいのかしら。・・・・・・、そう、何だか煮詰まっている感じ、なの』
キスティスがそう言っていたのを思いだし、リノアは少しでもスコールのを気分を浮上させようと精一杯の笑顔を浮かべた。
リノアがいると思っているせいなのか、久方ぶりに訪れたティンバーは、色鮮やかな色彩に包まれているように、スコールには思われた。
自分を一心に見つめている、そんな視線を感じたスコールはそちらに視線を投げた。
すると、そこには包みこむような優しい笑顔を浮かべたリノアが右手を振って佇んでいる。
久しぶりにその笑顔を目にした途端、スコールは己れの胸のうちにわだかまっていた氷のように冷たい塊がすっと溶けていくのを感じた。そして、自分が必要以上に気を張っていたことにも気づいた。
軽く息を吐き、全身から過剰な力を抜いていく。
それだけで、世界の色がより鮮やかに感じられ、スコールは青灰色の双眸を眩しげに眇めた。
自然、スコールの口許が綻んでいく。
リノアを見つめる双眸は、至極優しい光を宿していた。
周囲にいる女性陣の視線が痛いくらいスコールに集中していることに気づいたリノアは、優越感と共に不安をも感じていた。
そう、スコールは誰の目から見ても格好いい、素敵だと分類される男性なのだ。げんに、自分も人々がごった返している広いパーティー会場で、彼に目がいってしまったのだから。
自分だったらこんな視線の集中砲火を受けたらたじろぐこと間違いなしという状況下で、顔色一つ返ることなくそれらすべてをあっさり無視して自分だけを見つめている青灰色の瞳に、リノアは思わずくらくらしてしまう。
リノアの傍らにたどり着いたスコールは、
「久しぶり。元気だったか?」
リノアから視線をはずすことなく、キスティスあたりが耳にしたらとても驚くに違いなく甘い声音でそっけない言葉を口にした。そしてごく自然にリノアの頭に軽く右手を載せる。
「スコールこそ、元気してた?」
スコールの仕草にくすぐったそうに目を細めて軽く舌を出して見せたリノアはそう尋ね返す。
「ああ、まあ・・・な」
つい先刻まで暗雲を背負っているような雰囲気を漂わせていたはずの人物の表情が和らいでいることに気づき、リノアは胸のうちでほっと安堵のため息をついた。
「ね!久しぶりに会えたんだから、これから私とデートしない?」
連絡を受けてから考えていた計画を実行にうつすべく、リノアは明るい口調で提案する。
これに対しスコールは、無表情とほとんど大差のない戸惑いの表情を浮かべリノアを見つめる。
世間一般では恋人同士といわれる間柄であるにも関わらず、二人は未だにまともなデートをしたことがなかった。
周囲との関わりを持つことを極力避けてきたスコールにとって、恋人同士のそれはまさに未知の行動様式だった。
スコールの戸惑いを敏感に感じたリノアは、積極的に行動することを決意する。
「ここじゃ何だから、デリングシティに行かない?そこで、思いっきりデートするの。だめ?」
と言いつつも、リノアはスコールの腕をぐいぐい引っ張り、デリングシティまでのチケットを購入するため、駅の改札口まで戻っていった。
◇
デリングシティ、ここはガルバディア国の首都にあたる都市で、工業や商業の発展が目覚ましく、繁華街は大いに賑わいを見せている。
近代都市でありながら、古風な建築様式が好まれており、彫刻の施された石造りの建築物が多数建ち並んでいる。
そのせいか、外国からの観光客がひっきりなしに訪れる観光都市でもある。
デリングシティの東側に位置する駅に降り立った途端、
「リノア、家に寄っていかないのか?」
スコールはそう尋ねていた。
「・・・別に・・・いいの・・・・・・」
リノアは言葉少なにそれだけ言って沈黙してしまう。
彼女の父であるフューリー・カーウェイ大佐は、ここデリングシティの東地区に大邸宅を構えており、事実上ガルバディア軍の最高権力者である。
以前、デリング終身大統領が存命中には魔女と共に歪んだ道を歩み始めようとしていた自国を憂えるあまり、魔女暗殺という策謀を企てたりもした人物である。
この時スコールはカーウェイ大佐と面識を持つに至ったのだが、その時リノアの父親が彼であることを、そして諸事情により二人が別居状態にあることを知り得たのだった。
不慮の事故によりすでに亡くなっているリノアの母親が、以前ラグナが憧れていた女性歌手だということも知っていた。
うかつなことを言ってしまったと、スコールは軽く眉間にしわを寄せた。
リノアは数回頭を左右に振ると、気分を取り直し、
「それじゃあ、ショッピングにつきあってね!」
いつもよりも数段テンションの高い声音で言いながらにっこり微笑んだ。
くるくると目まぐるしく表情を変えていくリノアに面食らいながらも、スコールは、
「了解」
微かに微笑んで見せた。
リノアは隣をゆっくり歩んでいくスコールの横顔をちらり盗み見ると、内心、ため息をついた。
自分と相手の間のほんの少しの距離感が何だか寂しく感じられたのだ。
相手の特殊な職種を考えれば仕方のないことなのかもしれないが、仮にも恋人と呼ばれる間柄なのだから、もう少し親密な態度、例えば腕を組んで歩くくらいのことはして欲しかった。しかも、スコールの片手にはガンブレードの、武器の納められたケースがあるのだ。これを無粋と言わずに何と言おうか。
隙を見つけて腕を組んでしまおうと、リノアは堅く決心した。
リノアに誘われるまま、ショッピングとやらにつきあわされる羽目に陥ったスコールは、それを不快に感じることはなく、相手と一緒にいられることで感じられる優しい思いを楽しんでいた。
キスティスたちと一緒にいることで得られる暖かさとは異なる心地よい安らぎ。
スコールは自分がかなり疲れていることにやっと気づいた。
キスティスが何故あんな強引な手段を用いてまで自分に休暇をとらせたのか、そこに秘められている思いやりにやっと気づいた。
スコールは自分で気づかぬまま苦笑を浮かべた。
端から見ればお似合いの恋人同士以外の何物にも見えない二人が、特にこれといって目的もないままメイン通りを歩いていくのを、影から鋭く見つめている男がいた。
特にこれといった特徴のないその男は、食い入るような眼差しでスコールを見つめていた。
メイン通りを一通り歩いてしまったリノアは、突然立ち止まった。
慌ててスコールもその場に足を止める。
リノアは満面に笑みを浮かべてみせると、後ろ手にくるりとその場で身を翻し、スコールの顔を覗きこんだ。そして、
「ね、お腹空かない?あそこで何か食べようよ」
無邪気に言ってのけた。
リノアが示したのは反対車線側にある洒落た感じのレストランだった。
スコールも少々空腹感を覚え始めていたので、あっさり首肯する。
その時だった。
一人の幼い少女が彼らの目の前で飛び出したのだ。そして運悪く、少女が飛び出したその場所へ一台の大型車が凄い勢いで突っ込んできていた。
スコールは咄嗟に飛び出し、少女の身体を抱え込んだ。
全神経が腕の中の少女へ注がれた瞬間。
大型車がかける急ブレーキの音に紛れるようにして一発の銃声が鳴り響いた。
スコールは背中に激痛を感じた。
凶弾は過たず、無防備にさらされたスコールの背中を貫いたのだ。
それでもスコールは少女を庇ったまま大型車から逃れ得た。
それは日頃から鍛え抜かれている反射神経の賜だった。
十分な受け身をとれず、したたかに頭部を打ったために吐き気を覚えながらも、何とか大型車の車輪から逃れたスコールは、腕の中の少女をその場に立ち上がらせ、怪我をしていないかどうか確認した。
少女は腕や足に数カ所擦り傷をこしらえたのみのようだった。
徐々に強くなっていく痛みをこらえながらも、
「危ないから、車道に飛び出すなよ」
恐怖のあまり涙で顔をぐしゃぐしゃにしている少女に精一杯優しい声でそう諭し、スコールは少女の頭を優しく何度も撫でてやる。
青灰色の瞳に浮かぶ優しい光に安心したのか、少女はしゃくりあげながら何度も何度も頷いてみせる。
「そうか」
相手に自分の言っていることが伝わっていることを確認したスコールは、ふわりと優しい笑みを浮かべた。
それが、次の瞬間、苦痛に歪んだ。
再度、鋭い銃声がしたのだ。
凶弾はスコールの右胸を貫いていた。
口から血を吐きながら、スコールはその場に倒れ伏した。
それをまともに見てしまった少女は火のついたように泣き叫び始める。
銃声を聞きつけたリノアは倒れゆくスコールを見、絶叫した。
「スコール!!」
薄れゆく意識のなか、スコールはリノアの悲鳴を耳にした。
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