〜FINAL FANTASY8 TALES vol.8.5〜

【心の在処 〜中編〜】

 

  ラグナは己の考えを実行に移すべく、ここ数日全く帰ることのできなかった私邸へと早足で戻っていった。
 大統領官邸からさほど離れていない場所に、ラグナの自宅ともいうべき私邸はあった。

 玄関を入るなりラグナは、
「エル!エルオーネ!!いねぇのか〜?」
諸事情により己の手元に引き取ることとなった女性の名前を力一杯叫んだ。

 しばらくすると奥の方からぱたぱたと軽い足音をさせて一人の女性が走り出てきた。
 その女性の名はエルオーネ・レウァール。
 ひょんなことから補佐官達に多大な誤解を招き、すったもんだのすえ、養女縁組みを果たした女性である。

 肩口にかかるくらいの長さの髪を軽くかきあげつつ、エルオーネは可愛らしく小首を傾げると、
「なあに?私に何か用なの?」
無邪気にそんなことを口にした。
 ラグナは真剣そのものの表情でエルオーネを見つめ、短く言った。
「頼む、エルのあの力を、俺に貸してくれ」
両手をパンとうち鳴らし、頭を深々とさげる。
 エルオーネはきょとんとした顔で一瞬不思議そうにラグナを見つめたが、ふんわり柔らかく微笑むと、
「わかったわ。ラグナおじさんのためなら、私、いいわ」
優しく、優しく告げた。

 エルオーネが有する不思議な力。
 それは、ある生体に別の意識体を接合させることを可能とする力で、その行為は俗に『ジャンクション』と呼ばれている。
 生体同士のジャンクションには特別な能力を有する者の介在が必須であり、エルオーネはその能力者であった。
 ジャンクションの受け手側はざわざわとした感覚に襲われるが、ジャンクションを行う側の意識体が何を言っているのか理解するのは困難だという。それとは好対照的に、ジャンクションを行う側は身体が昏睡状態に陥るものの、ジャンクションをしている人間の情報は勿論、その人間が置かれている状況をも容易に把握できるという。
 ただし生体同士のジャンクションは能力者がジャンクションを行う双方をある程度知っていなければならなかった。

 とりあえず玄関先で立ち話も何だからと、エルオーネは居間へとラグナを誘った。そして最近お気に入りの紅茶をラグナに振る舞う。
 琥珀色の液面に視線を落とすラグナだったが、一向に話しはじめる様子はない。
 紅茶を一口含んだエルオーネは軽く肩を竦めると、カップをソーサーへ戻しながら、
「よく知ってると思うけど、最初に言っておくわ。私のこの力は過去を変えられるものではないの。私の力でできることはといえば、その時その人が一体どんな思いを抱いていたか知ることができる、ということくらいよ」
困ったような、悲しげなような、微妙な顔つきでラグナを見つめた。
 俯いたまま、ラグナはやっと口を開く。
「分かってるって・・・・・・。エルの力が過去には干渉できねえってことは、じゅうっぶん分かってる。・・・・・・・・・・・・。ただよ、あんのヤブ医者が、言ったんだ」
一旦話を止め、手のなかにあるカップの中身を一気に飲み干す。
「あいつがよ、記憶をなくしちまったのは、あいつ自身の心の問題だって、ほざいてくれたんだ」
言い様、自分の膝を思い切りたたくラグナの顔は、今にも泣きだしそうに歪んでいる。
 そんな相手の様子にエルオーネは軽く目を見開き、驚いた。
 自分がレインの死を告げたとき、ラグナはただ哀しげに微笑んで『そっか』と言っただけだった。だからいくら我が子とはいえ、スコールに対してそれほど激しい反応を示すとは、正直なところ思っていなかった。
「ねえ、ラグナおじさん」
エルオーネの呼びかけに、目線をあげるラグナ。
 碧翠の双眸に不安げな、心許ない光が宿っている。
「おじさんは、スコールのこと、好き?」
その問いかけに、ラグナは間髪入れずに首肯した。
「・・・・・・そっか」
エルオーネは実に嬉しげに微笑んだ。そして表情を真剣なものに改め、
「で、おじさんは、事故にあう前後にスコールが何を考えていたのか、知りたいのね?」
以前たった一度だけ力を貸してくれと言われて以来、自分の特殊能力のことなどまるで忘れ去ってしまったかのように、ごく普通に接してくれていた大好きなラグナおじさんが、頭をさげて自分に頼み事をしているというのに、エルオーネに断れるはずが、否、断るはずがなかった。
 エルオーネは残りの紅茶を一気に飲み干すとソファから立ち上がり、大きくのびをする。
「それじゃあ、ラグナおじさん、寝室に行きましょう」
そう言って、にっこり微笑むエルオーネだった。

 ラグナがベットに横たわったのを確認したエルオーネは精神統一を始めた。
 華奢な身体から立ちのぼる翡翠色の光輝。
 それを認めたラグナは猛烈な眠気に襲われ、意識を手放した。

 列車がホームに入ってくるのを待ちながら、ふっとスコールの意識が己の左手にいった。
 そこには愛用の武器『ライオンハート』の収められたケースが一つ。
 ふっと自嘲気味にスコールの口許が歪む。
(どうして俺はこんな無粋なものを持ってリノアに会いに行こうとしてるんだろう。これを見たらリノアは多分、怒るだろう・・・な)
そんなことをつらつら考えながら、スコールは列車が到着するまでの短い時間を過ごしていた。
【あれれ?、ここは、何処だ??】
スコールは気づいていなかったが、彼の脳裏の片隅でそんな台詞がこだました。
(リノアに早く会いたい。でも、会ったからって何だっていうんだ?)
【リノア?ああ!そっか、そっか、俺は今スコールのなかにいるんだな?】
 スコールはぼんやりとリノアの面影を描く。
 その口許がほんのわずか綻んだ。
 心のなかで思い描くリノアはいつも優しい微笑みを浮かべていて、それを思い出すたびにスコールは胸の奥が温かくなるのを感じていた。
 スコールに上手くジャンクションできたラグナは、そんなスコールの思いを感じとることができた。
 優しく温かい思いに満たされていたはずのスコールの意識が、突然、暗く冷たいものに変じた。
【何だ?何だってんだ!?】
状況の急展開に着いていけず、ラグナは狼狽する。
(誰だ?俺を見つめているのは!)
殺気と呼んでも差し支えのない鋭く嫌な感じの視線が注がれているのにスコールは気づき、さりげなくその主を探す。しかし、それを発見することはできなかった。
 柔らかな光を宿していた青灰色の双眸が、冷たい光を孕む。
(用心にこしたことはない、ということ・・・か)
 スコールはケースの取っ手を確かめるように握りこむと、列車に乗りこんだ。
【こん時スコールを睨んでたのが、ヤツってぇわけだ】
 スコールはSeeD専用キャビンに硬い表情のまま入り、後ろでドアがシュンと音をたてて閉まるの感じると、肩から力を抜いた。
(多分、ここだったら、安全だ)
そしてソファに歩み寄るとどかっと乱雑に腰を下ろした。
(あれは多分、憎しみだ。誰かが俺を殺したいほど憎んでいるということ・・・だ)
すっと目を伏せ、スコールは苦笑する。
(SeeDなんて、因果な商売をしている以上、何処かで敵を作ってしまっていてもおかしくない。いや、今までそんなことを考えないでいられたのが幸運だったのか?)
傍らに投げだしたケースにつっと視線を遣る。
(俺は今まで、一体どれくらいの命を、この手で無造作に屠ってきたのだろう)
その脳裏に、先日正気を失ってしまった少女の顔が不意に浮かんだ。
(!)
スコールの心に冷たい衝撃が走る。
【スコール!?】
ほとんど物理的な衝撃を感じラグナは叫んでいた。しかしその声がスコールに届くはずはなかった。
(彼女、正気を失ってしまった彼女、俺のせいで彼女は・・・・・・)
【おまえの責任じゃ、ぜってぇねえっ!おまえだって、そう言ってたじゃねぇか!!】
(俺があの時、彼女たちを見捨てていなければ・・・・・・)
【おまえは見捨てた訳じゃなかったろ?おまえはできることを精一杯したんだろ?】
どんなに言葉を重ねてもラグナの声はスコールに届かない。

 スコールは重いため息をつき、ソファの背もたれにのけ反るように背中を預ける。
 天井を見つめる瞳が翳っていた。
(俺は・・・、俺はこのまま生きていかなければならないのだろうか?・・・・・・・・・・・・)
自嘲で口許を思いきり歪める。
(はっ、何を今さら・・・・・・。俺はSeeDとしてしか、生きられないん・・・・・・だ・・・・・・。SeeDじゃない・・・ただの俺に、一体・・・どんな価値が・・・・・・ある?)
スコールは自虐の言葉を己にたたきつける。
【よせ!止めるんだ!おまえはおまえ、SeeDなんてのは、ただのおまけじゃねぇか!!】
 ラグナの声が心に響いたのか、スコールはそこで暗い思考を止め、軽く頭を左右に振った。そしてキャビンに設えられている置き時計に視線を走らせる。
(ティンバー到着までまだ時間があるな。少し眠っておく・・・・・・か)
そう思ったのを最後に、スコールは眠りの淵へと沈んでいった。
 ラグナは無駄なことと知りつつ、スコールに話しかける。
【なあ、スコール。リノアやみんなは、おまえのこと、そりゃあ大切に、たいっせつに、思ってるんだぞ?それが何で、そんなに信じられねぇんだ?なあ、スコール・・・】
言いつつ、ラグナは浮遊感に襲われた。
【おい?どうしたってんだ?スコールが遠く・・・・・・な・・・る】
浮遊感に誘われ、ラグナの意識は別の時間へと飛ばされていった。

 スコールは夢を見ていた。

 どこまで続くか知れない深い深い森のなか、スコールは周囲の気配を探りながら進んでいた。
 荒く弾んだ呼吸。
 額から滴りおちるおびただしい汗。
 息を整える暇もないほどに次から次へと襲撃してくる姿の捉えがたい無数の敵。
 天からは絶え間なく激しい雨が降り続いていた。
 手にしている愛用の剣はすでにかなりの数の敵を屠り、その血潮に濡れて朱に染まっている。その剣から伝ってくる赤い液体に、柄を握り直す黒い革手袋がにちゃにちゃと嫌な音をたてた。
 スコールはそれに不快げに眉を寄せながらも襲いくる敵を撃退した。
 ほんの少し周囲の殺気が薄れる。
 それを敏感に悟ったスコールは一気にその場を駆け抜けた。

 ふと気づくと、あれだけ深かったはずの森が終わりを告げていた。
 スコールは敵の待ち伏せを警戒し、慎重に森の終点へ進んでいく。
 前方から人の居る気配は感じられない。
 どうやら敵は追跡をあきらめたらしい。
 それでも警戒を緩めることなく森を抜けたスコールの目前に広がっていたのは・・・・・・。

 おびただしい血の海のなか、無惨にも息絶えいてる友人たちの姿だった。
 手の内から剣が滑り落ちていくのも気づかず、スコールは眼前の光景に見入った。
 自分を温かく包みこんでくれた少女が、いつも傍らで自分を気遣ってくれていた二人が、時々遠方から訪れては自分を元気づけてくれた二人が、血の海のなか、物言わぬ躯と化していた。

 それを認識した瞬間、スコールは絶叫していた。

 夢の残り香なのか、何となく鬱々として気分が優れないまま、スコールはティンバーに降り立った。
 不意に鋭い視線を感じ、スコールは反射的に身構えた。
(嫌な感じの視線だ。誰だ?)
しかしその視線は殺気を孕んでおらず、すぐに消え失せてしまった。そしてそれと入れ替わるようにして自分を一心に見つめている視線に気づいた。
 視線の先を辿ると、そこには優しく微笑むリノアが佇んでいた。
(リノア、あんたの笑顔は不思議だな。俺の心をいつも温かく満たしてくれる)
軽く息を吐き、全身から過剰な力を抜く。
(会いにきて・・・よかった)
心の底からスコールはそう感じていた。
 全身に満たされる温かい思いに促されるように、スコールは自然と口許を綻ばせる。そして相手を見つめるその眼差しにもその優しい気持ちが溢れていた。

 次にラグナが周囲を認識できるようになった時、光景は一変していた。
 スコールは傍らに佇むリノアの横顔に向けて、
「リノア、家に寄っていかないのか?」
反射的に問うていた。
【リノアの家?っつうことはだ、デリングシティにいるっつうことか】
 リノアは大きく頭を振り、言葉少なに答える。
「・・・別に・・・いいの・・・・・・」
それだけ言うと暗い表情で俯いてしまう。
(そう簡単に会えるわけもない・・・か。・・・・・・・・・・・・。いつもそうだ。どうして俺は、他人の神経を逆なでするようなことばかり言ってしまうんだ?)
スコールは軽く眉間にしわを寄せ、リノアを見つめる。
【んなことねぇって!おまえはおまえなりに、気ぃつかってるだけだって・・・。ただよ、それがちょぉっとばかり不器用なだけだ】
 二人は恋人同士らしい会話も態度も交わさぬまま、デリングシティ一の繁華街を歩んでいた。
 その姿は誰が見てもお似合いの、幸福なカップルそのものだった。
 隣を歩むリノアの姿を時々横目で見遣りながら、スコールは心が安らぐのを感じていた。
(そう、俺の周りにはいつだって、温かい心が溢れている。リノアやいつも近くにいてくれるキスティスやゼル、遠くにいるけれど時々遊びに来てくれるセルフィやアーヴァイン。そして・・・・・・ラグナ・・・・・・。あんたが・・・)
【俺?俺が何だって?】
スコールはそこで一旦思考するのを止め、苦笑を浮かべた。
 「ね、お腹空かない?あそこで何か食べようよ」
無邪気に尋ねてくるリノアの笑み誘われるように、スコールも自然に柔らかく微笑んでいた。
 突然、スコールの表情が微かに強ばった。
 (何だ!?)
 【ヤツだ!】
 自分を刺し貫くような視線を感じ、スコールがそちらに気をとられたその瞬間。
 二人の目の前を幼い少女が車道へと飛び出していった。
 赤いボールが弾みをつけて転がっていく。
 少女に迫り来る大型車。
 (危ない!!)
 【危ねえ!!】
スコールは咄嗟に飛び出し、少女の身体を抱え込んでいた。
 少女の身体が傷つかないよう受け身をとろうと神経を集中する。
(誰だ!?何でこんな少女を巻き込んだ!)
 そう、スコールは気づいていた。腕のなかの少女の追いかけていたボールが視線の主によって車道へと放られたことに。
 またもや自分を見つめる憎悪にまみれた視線。
(どうして、俺一人を狙わない!?)
 背中に激痛が走る。
(くっ!)
【スコール!!】
 それでもスコールは必死になって少女を庇い、大型車から逃れた。
 背中や頭部からもたらされる痛みにこらえつつ、スコールは少女の安全を確認する。
(よし、この子はたいした傷を負っていない。大丈夫、今度は助けられた。俺の判断は間違っていなかったんだ)
「危ないから、車道に飛び出すなよ」
(大丈夫、この子は助けられた)
【そうだ。お前はこの子を助けた。お前はそれを知ってる。・・・・・・・・・・・・。じゃあ何が原因で、記憶を失っちまったんだ?】
少女がこくり頷くのをみたスコールは優しく微笑み、
「そうか」
至極優しい声音で呟いた。
 再び鋭い視線がスコールを刺し貫く。
(俺をまだ狙っている?どうして?そんなに俺を憎む?)
 視線の主を探して、スコールは背後を振り返る。

 再び一発の銃声。

 スコールの右胸を貫く凶弾。

 青灰色の瞳がとらえたのは、手負いの獣のように異様にぎらつく光を放つ、憎悪にまみれた双眸。

 その視線の主に、スコールは見覚えがあった。

(ああ、あんただった・・・のか。それなら、仕方がない)

【仕方がない?何で仕方がないんだよ!】
 スコールの脳裏に、再び正気を失った少女の姿が浮かび上がる。

 肺が焼けつくように痛かった。
(・・・・・・・・・・・・。もう・・・疲れた。何も・・・考えたくない。何も・・・見たくない。何もかも・・・・・・)
【スコール?】

 口中になま暖かいものが溢れる。
(・・・・・・も・・・う・・・・・・つか・・・・・・れ・・・・・・・・・・・・た・・・・・・・・・・・・)
【スコール?しっかりしろ!しっかりするんだ、スコール!!】

 どこか遠くで、リノアの悲痛な叫びが聞こえる。
(・・・・・・リノア・・・)
【スコール!!!】  

そこでスコールの意識はぷつりと途切れた。

 

 
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