〜FINAL FANTASY8 TALES vol.8.5〜

【心の在処 〜前編〜】

 

 「いいか?スコールを狙撃したヤツを絶対引っ捕らえて、俺の元に連れてくるんだ!」
数人の男達の前で、エスタ大統領ラグナ・レウァールは狂暴な気分のままそう叫んだ。
 つい数時間前、自分の最愛の息子であるスコール・レオンハートを狙撃した人間がいたのだ。そして現在、凶弾に倒れたスコールは生死の境をさまよいながら、手術に耐えていた。
 ラグナは気が狂いそうなくらい荒れていた。
 スコールを狙撃した人物が目前にいたら確実にその息の根を止めてしまいたいくらい、心は荒れ狂っていた。
 ひょんなことから自分に息子がいることを知ったラグナは、心の底からそれを喜び、すでに他界してしまった妻へ、大事な忘れ形見を残していってくれたことに心から感謝していたのだ。
 そんな大事な人間を生死の境をさまようくらい傷つけられて激怒しない人間はいないだろう。
 いつもは陽気で飄々としている人物だけに、憎悪をたたえて冷たい光を放つ碧翠の双眸を見た周囲の人々はラグナの怒りの深さを感じていた。

 ラグナが命じてから数時間後、狙撃者はあっさり捕らえられた。
 自分の前に連れてこられた犯人の男を一瞥したラグナは、沈黙したままその傍らまで歩み寄った。そして、次の瞬間、拳を振り上げて思い切り情け容赦のない一発を男の左頬に打ち込んだ。
 その一撃はかなり強く、男の身体が後方に吹っ飛ばされた。
「閣下!?」
予想外の行動に出たラグナに周囲は戸惑い叫ぶ。
 ラグナはすっと目を眇めてそんな人々を一通り見回し、自分を見つめる視線に含まれる恐れの色を感じとった。それでもラグナは無言のまま男に近づき、さらに2発3発と拳をたたき込む。
「閣下はこの者を殺しておしまいになるつもりですか!」
目前で繰り広げられる暴行に絶えきれなかった者が必死にそう叫ぶ。
 ラグナはそれを見事に黙殺し、横倒しになっている男の脇腹にけりを入れる。
 男は最初の一撃で昏倒してしまっているらしく、無防備にラグナの暴行を受けていた。
「おやめください!!」
誰かがそう叫んだが、ラグナの激情はとどまることを知らなかった。

 結局、数人に取り押さえられるまで、ラグナは男に暴行を加え続けたのだった。

 「どうしてあんなになるまで、あの男を痛めつけたのだね?いつものラグナ君らしくないな」
大統領筆頭補佐官キロス・シーゲルはラグナにお茶を勧めながらそう切りだした。
 もう一人の筆頭補佐官であるウォード・ザバックは二人のやりとりを静かに見守っている。
「あの男の処遇についてはスコール君の快復を待ってスコール君にまかせることにしたいのだが、それでかまわないかね?」
 ラグナは不機嫌な表情のまま、椅子にその身を預けたまま答えない。
 その様子にキロスは目を眇め、一口お茶をすすった。

 しばらく二人の間に沈黙が落ちたが、やがて、ラグナが口を開いた。
「また、消えちまうのかって・・・思ったんだ」
伏し目がちにぽつり呟く。
「あいつも、レインみたいに消えちまうのかって・・・思っちまったんだ」
口のなかで小さく呟く。
 そんなラグナを目にしたキロスは苦笑を浮かべる。
「大丈夫。あの子は強い。だから・・・大丈夫だ」
キロスの言葉に賛同するように、ウォードも大きく頭を振った。
「そっ・・・か・・・・・・。そう、・・・だよ・・・・・・な」
ラグナは俯いたまま、祈るような気持ちでそう言葉にした。

 キロスとウォードはラグナの肩を、それぞれ元気づけるようにぽんと軽くたたいた。

 とりあえず手術は成功し、スコールはICUへ移されたのだが、原因不明の昏睡状態が続いていた。

 病室の片隅に設置された長椅子で、リノア・ハーティリーとキスティス・トゥリープは暗い雰囲気を漂わせていた。
 自分がショッピングに誘わなければこんなことにはならなかったと己を責め続けているリノアの顔色は芳しくなく、やはりスコールに強引に休暇をとらせようと思わなければよかったと後悔し続けているキスティスも疲労が濃かった。
 「ねえ、何で、スコールは目を覚ましてくれないのかな?」
すでに何度口にしたかわからない言葉を、誰にともなく呟くリノアの双眸はどこか焦点があっていなかった。
「スコール、今、何処にいるんだろう。また、あの暗〜い場所で、独り倒れてたりするのかな」
ぽつりぽつり呟かれる言葉は理解しがたいものばかりで、聞くとはなしに聞いていたキスティスは困惑げにリノアを見つめた。
「また、迎えにいってあげなくちゃいけないの・・・かな」
憔悴しきった顔に困惑の表情を浮かべ、リノアは哀しげに呟く。
「でも、私、きっと、あの場所、いけ・・・な・・・い・・・・・・。つか・・・れちゃ・・・・・・た・・・・・・」
だんだんとリノアの身体が傾いでいき、やがては長椅子に身体を投げだすようにして倒れこんでしまった。
「リノア?」
あまりに唐突な行動に異変を感じたキスティスは、慌ててその顔を覗きこみ、安堵のため息をつく。
 リノアは熟睡していた。その寝息の安らかさから推して、どうやら疲労のあまり昏倒するようにして眠りについてしまったらしかった。
 傍らに置いてあった毛布をそっとその身体にかけてやりながら、
「スコール、お願いだから、目を覚まして。リノアが可哀想よ」
思わずいつ果てるとも知れない深い眠りにつく人物へそう懇願していた。

 スコールが凶弾に倒れてから3日後、昏睡状態から脱したスコールだったが、その代償といわんばかりにその記憶の一部を失っていた。
 冷淡としか表現のできない、感情を宿さない視線を注がれ、ラグナは非常に気まずい思いをしていた。そして記憶を失う以前のスコールがどれほど自分に対して心を開いていたのか、思い知らされてもいた。
 以前のスコールは現在のスコール同様に、実にそっけない態度をとってみせていたが、それでも自分に意識を向けていてくれていたのがよく解った。
 現在のスコールは親しい部類に入るであろうキスティスにさえ、有刺鉄線でできているような壁を1枚間に置いたような状態で接しているのだ。そしてあくまでも他人に無関心だった。
 それに比べ、以前のスコールは他人と接することに臆病ではあったが無関心ではなく、その不器用さから一歩ひいた人間関係を構築していたように思えるのだ。
 現在のスコールは、話しかけられれば答えるが、その言葉は辛辣で言葉少なだった。
 今もラグナという同室者を完全に無視して、衰えてしまった身体を鍛えるためのストレッチに明け暮れている。
 居心地の悪い思いをしながらラグナは自分の隣でやはり居心地が悪そうにしている担当医に話しかけた。
「で、記憶喪失の原因は、なんなんだ?」
スコールには聞こえないようひそひそ尋ねる。
担当医もそれにつられたのか、必要以上にラグナに顔を近づけ、
「多分、患者自身の心の問題なのではないか・・・と」
やはりひそひそ答える。
「なんだって?」
あまりにも小さい返答だったのでラグナはうっかり聞き逃してしまった。
 担当医はちらりスコールの様子を窺うと、再度、
「記憶喪失の原因は、患者自身の心の問題だと思われます」
先刻よりはいささか強い口調でそう告げた。
 それを耳にしたラグナは一瞬凄く恐い表情になったが、それを目撃してしまった担当医がその場に硬直しているのに気づき、すぐにいつものとぼけたものへと表情を改めた。
「そっか。・・・ごくろうさん、もう戻ってもいいぜ」
言いながら担当医の背中を押すようにして病室から追いだしてしまった。

 二人のやりとりなど完全に無視して、スコールはストレッチに励んでいた。
 わずか3日間ベットに拘束されていただけだというのに、自分で思っていた以上に身体が衰えていたのだ。肉体が資本の傭兵家業を営んでいこうとしている以上、身体の衰えは即生死に関わる重大問題である。
 だからスコールは必死になってリハビリに専念していた。

 周囲に関心を払っていないのをいいことに、ラグナはそんなスコールの様子を眺めつつ、己の考えに没頭していた。
(・・・・・・っていうと、何か・・・。記憶喪失なんてけったいなことになっちまったのは、あん時に、スコールが何を考えていたかっつうことが、問題だってのか?)
ラグナは真剣そのものの顔つきで考えこんでいた。

『患者自身の心の問題だと思われます』
担当医の言葉が脳裏に甦る。

 多分それが正解なのだ。
 苦い気分とともにラグナはそれを認めた。

 ここしばらくの間、スコールは何か思い詰めているようだと、心配げに告げてくれた人間がいた。
 極秘に入手した情報から、ある時を境にしてスコールが任務で単独行動をとり続けていることも知っていた。
 そして何よりも、ラグナ自身、モニター越しに言葉を交わしている時のスコールの表情が暗い翳りを帯びていることに気づいていた。
 そんなスコールが心配で心配で、周囲を説き伏せて無理矢理その顔を見に行った時、微かにほっとしたような表情を浮かべたスコールがとても印象的だった。
 そう、スコールはラグナに心を開きかけていたのだ。
 それが記憶喪失となった現在、出会った当初よりもさらに酷い状態になっている。
 そんな危機的状況を打開するべく、ラグナはある案を思いつき、実行に移すことにした。

 

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