〜FINAL FANTASY8 TALES vol.8.5〜
(スコール!!)
「おじさん、ラグナおじさん。しっかりして!」
誰かが自分に呼びかけているのを夢うつつに聞きながら、ラグナの意識は覚醒を目指してスコールの意識から急速に離れていった。
ぼんやりと、見慣れた天井が視界に飛び込んでくる。
ラグナの頬を涙が一筋、伝っていった。
ラグナは二、三度瞬きを繰り返す。
その度ごとに、頬を伝う涙。
「おじさん?」
エルオーネの問いかけにラグナは特に答えようとはせず、ゆっくりと身体をベットから起こす。そして傍らの女性に淡く微笑みかけた。
何があったのかと口を開きかけたエルオーネであるが、ラグナの双眸に宿るやるせない光に気づき、口を閉ざす。
「サンキュ」
ラグナはそう言い様、再度ベットに横たわる。
「何だか疲れちまったから、このまま寝るわ」
ゆっくりその目を閉じていく。
エルオーネは静かに寝室を出ていくしかなかった。
寝室に一人残されたラグナは、目を閉じたまま、低く呟いた。
「何で、そんな風に考えっちまうんだよ?なあ、スコール」
◇
ラグナは夢を見ていた。
高所より眼下に、ラグナは荒野を見下ろしていた。
かなり遠方まで広がる薄暮に包まれた荒野。
そんな寂しい光景のなか、二つの影が激しく斬り結んでいた。
一人は額に傷のあるスコール。そしてもう一人は傷のないスコール。
どちらもその手には愛用の剣『ライオンハート』を携えている。
傷のある方のスコールはどことなく冴えない表情のまま、傷のないスコールは感情の窺えない無表情のまま、目前の敵を倒すべく争っている。
(何で、スコールが二人もいるんだよ!どうなってんだ、一体!?)
そんなラグナの叫びを余所に、二人のスコールは闘い続けている。
一見すると膠着状態のようだったが、それは徐々に崩れつつあった。
(どうしてスコールたちが争ってんだ?)
傷のないスコールの剣先が、傷のあるスコールの左腕を傷つけた。
それはかなりの深手らしく、傷のあるスコールは痛みに顔を顰める。
自分の優勢を感じとった傷のないスコールに初めて浮かんだ表情は蔑みだった。そしてそのまま相手を激しく責め立てていく。
(よせ!止めるんだ!!)
傷を負ったことで力の均衡が崩れたのか、傷のあるスコールは終始受け身に周り、段々と傷を増やしていった。
やがて満身創痍になった傷のあるスコールはとうとうその手から愛剣を取り落としてしまった。
傷のないスコールは侮蔑の表情のままとどめをさすべく、剣を振り上げる。
容赦なく振り下ろされる剣。
(止めろ〜!!)
剣先が傷のあるスコールを捉えた。
(スコール〜!!)
足許に広がる血溜まりのなか、動かないもう一人の自分を見つめるスコールの表情が哀しげに歪んだ。そして手の中から滑り落ちてゆく愛剣。
「・・・・・・・・・。SeeD・・・・・・じゃない・・・俺は・・・・・意味のない・・・・・・、生きる・・・価値の・・・ない・・・・・・人間・・・・・・だ・・・・・・。俺は・・・・・・疲れた・・・んだ。もう、眠り・・・・・・たい・・・」
(スコール!どうしてそう自分が信じられねぇんだ!おまえはおまえ、ただのスコールでいいじゃねぇか!)
残されたスコールの頬を涙が伝い落ちていく。
「一体・・・誰がこんな・・・・・・無価値な俺・・・を・・・必要として・・・・・・くれる?・・・、一体・・・・・・誰・・・が・・・・・・」
(俺がいる!リノア、あの娘も、キスティスやガーデンの仲間だって、おまえを必要としてるじゃねぇか!どうして、どうして、それがわからねぇ!!)
もう一人の自分から無理矢理に視線をはがし、スコールは天空を見上げた。
涙に濡れた青灰色の瞳が、上空のラグナのいる位置を見た、と思ったのは気のせいだったのか。
ラグナの意識はそこでぷつりと途絶えた。
◇
エルオーネに無理をいってスコールへのジャンクションを試みたラグナは、次の日からせっせとスコールの許へと顔を出し始めた。
最初はやはりあまりにも冷たくあしらわれるため、顔をあわせる度にラグナも哀しくなっていたが、そんな毎日に変化が訪れた。
ある日、不意にスコールからラグナに話かけてきたのだ。
「なあ、あんた、俺のところに毎日きてるが、そんなに大統領って暇なのか?」
相変わらず表情の乏しい横顔だったが、それでも自分から言葉を投げかけてきたのはこれが初めてだったので、ラグナは律儀に応じることにした。
「いんや、あんまり暇じゃねえよ。でもよ、大っ事な一人息子の一大事ってゆうのに、仕事なんか手につくかっての」
乱暴な物言いながらもそのなかに溢れている優しい思いに気づき、スコールは目を眇めた。
ストレッチを再開したスコールを寂しげに見つめつつ、ラグナは病室を後にした。
そんな寂しげな後ろ姿をこっそり見送ったスコールは、大きなため息をつくとともに全身から力を抜いた。
ラグナやほかの人々と顔をあわせていると、何故だか妙な緊張を強いられるのだ。
(どうしてあんたは、あんたのことをすっかり忘れている俺に、そんなに優しいんだ?)
胸の奥がずきりと痛む。
(どうしてみんな、俺に構おうとするんだ?俺のことは、ほっといて欲しいのに・・・)
再度胸の奥が痛みを訴える。
(あの二人は、どうしてそんな切なげに、俺を見つめるんだ?俺は覚えていないのに・・・)
ズキッと今度は頭部が痛みを訴える。
心臓の鼓動にあわせ、痛みが徐々に強くなっていく。
スコールは頭を振ると、再びストレッチに集中し始めた。
◇
身体が快復したのを契機に退院を許可されたスコールは、戸惑いながらラグナの私邸へと向かっていた。
退院してもSeeDとして現場に復帰できそうにない自分が、ガーデンに戻れないのは理解できるのだが、どうしてそれがラグナとの同居につながるのか、理解できなかった。そしてとどめをさすかのような筆頭補佐官の言葉。
「しばらくの間はここでラグナ君の面倒でも見ていてくれたまえ。一応、スコール君、君は大統領専任のSSという扱いになっている」
どうしても苦手意識の拭い去れない相手の身辺を警護しろと言われ、スコールは顔を引きつらせる。
それを目にした筆頭補佐官は意外な気がした。記憶喪失状態のスコールがあからさまに感情を表に出すのは大変珍しかったのだ。
(どうやら、スコール君にとってラグナ君はよい刺激になっているらしい)
一人妙に納得する筆頭補佐官キロス・シーゲルだった。
ラグナとの同居に必要以上に動揺している自分に気づき、スコールは忌々しげに舌打ちした。
(何で、俺はこんなにラグナのことを意識しているんだ?)
そんなことを考えながら玄関を開ける。
(ラグナ?)
玄関口に出迎えるようにして佇むラグナがそこにいた。しかしその表情は常になく暗い。
「着いたばかりでわりぃんだけどよ、これからちょっとばっかしつきあってくんねぇか?」
暗い暗い眼差しを注いでくるラグナに、スコールは正直驚いた。いつも陽気な態度と言動をとるラグナがこんな表情を持っているとは思わなかったのだ。
(どうしてあんたはそんな顔をしてる?何があんたをそんなに風にさせてるんだ?)
スコールは戸惑いがちに頷くしかなかった。
「ありがと、な」
自嘲気味に微笑んでそう呟くラグナ。
(そんな自分を嘲る笑顔、らしく、ない。俺の知ってるあんたは、何時だって陽気なあんただ。どうして、そんならしくない表情をする?・・・・・・・・・・・・・・・・・・。俺の知ってる・・・ラグ・・・ナ・・・は・・・・・・?知ってる?俺が何を知ってるっていうんだ?俺は、俺は、何も憶えていない)
頭が少し痛みだし、スコールは顔を顰めた。
◇
ラグナに案内されるままたどり着いたのは、大統領官邸内部の、現在は使用されていない小さな部屋だった。
部屋の入口には、少々剣呑な雰囲気を有する男たちが数人、厳重に警備している。
全体的にのんびりしているエスタの雰囲気から大きく逸脱したその部屋は、妙に殺気立っていた。
(何をそんなに警戒してるんだ?それに、何でこんなに殺気だってる?)
異様と呼んで差し支えない状況に、スコールは神経を張りつめ、ラグナに続いて部屋に入る。
部屋のほぼ中央に据えられた椅子に、後ろ手に縛られた男が一人座っていた。
(あいつが、警戒している対象・・・か。気を、失っている?)
ふと、スコールはキスティスに気づいた。
どうやら自分より先に来ていたらしい。
(キスティス?あいつと・・・・・・知り合いなの・・・か?)
食い入るように見つめるその眼差しに、スコールは何故だか不安を感じた。
ラグナはそのまま男に近づき、何の予備動作もなくその横顔を思い切り殴りつけた。
(ラグナ!?あんた、何してるんだ?)
「こいつが、おまえを撃った犯人だ」
低く冷淡な口調でそう告げる双眸は、激しい怒りに満ちていた。
(こいつが、犯人?俺を、撃った?)
ラグナから与えられた情報を心のなかで反芻しつつ、改めて男を見つめたが、記憶にある顔ではなかった。
(俺とそんなに年が離れてるわけじゃない。それなのに、俺を、狙撃、した?どうして?)
ラグナに殴られ意識を取り戻した若者は、スコールの視線に気づき、全身全霊をこめて憎悪の眼差しを返してきた。
(どうしてそんな目で、俺を見る?)
見覚えのない人間に露骨に睨まれ、スコールは当惑した。
(俺が何をしたっていうんだ?)
「俺は、おまえに妹と親友を殺されたんだ」
毒をこめた口調で呟く若者。
(俺が、殺した。人間を・・・殺した)
「だから、俺はおまえに復讐する権利があるんだ」
(こいつの言ってることは本当なのか?)
ちらりとスコールはキスティスの顔を見た。
キスティスの表情が硬く厳しいものになっている。
それを見たスコールは、若者の言っていることに嘘が含まれていることを悟った。
(こいつの言ってることは、どうやら嘘が・・・含まれているらしい)
スコールは不快げに眉根を寄せる。そして与えられた情報から状況を判断しようと頭をフル回転させる。
意識をそちらに向けたため、スコールの表情から感情らしきものが消え失せていた。
そんなスコールに若者はかっとなりつばを吐きかける。
それを難なく避けてみせるスコール。そして何事もなかったかのように状況分析に戻ろうとしかけたが、周囲の二人が殺気立ってしまったことに気づき、中断した。
片手をあげて二人の機先を制すると、スコールは若者に数歩近づいた。
(俺がどうしてこんなに憎まれてるのか、その訳を、知りたい)
自分をまっすぐ見据えている憎悪にまみれたその眼差しに、スコールは覚えがあるような気がした。
さらに数歩、歩み寄る。
(この瞳の色、どこか、見覚えがある。こんな感じではないけれど、この色、見覚えが・・・)
真実を知るために、スコールは感情を交えない声音で問いかけた。
「先生、こいつの言っていることは本当か?」
(俺は、こいつの思いを受け止めるためにも、事実を知らなくてはいけない)
空色の蒼い瞳をひたっと若者に据え、キスティスは静かに、真実を語りだす。
「いいえ、彼の言っていることは間違っているわ。確かに、スコール、貴方は彼の妹と彼の親友である青年、そして数人の人間と一緒にある任務に就いていた。それは間違いのないことよ」
(先生、どうしてそんなに哀しそうなんだ?任務?そこで何が・・・・・・。うっ)
先刻よりも強い痛みがスコールを襲う。
青灰色の瞳に翳りが生じた。
そんなスコールの様子の変化に気づかず、キスティスは言を継ぐ。
「任務終了後、ガーデンに戻ってきたのは、スコール、貴方と彼の妹のたった二人だけだったわ」
蒼い瞳に限りのない哀しみを浮かべ、キスティスは嘆息した。
(戻ってこられたのは・・・二人。それが俺と・・・・・・。?)
一瞬、脳裏で何かの光景がひらめいたが、それが何であるのかスコールが認識するまえにそれは雲散してしまう。
(・・・・・・・・・・・・あた・・・・・・ま・・・・・・がい・・・・・・た・・・い・・・・・・)
キスティスが沈黙したのを知った若者は、ぎらぎらと異様に光る眼差しでスコールを見つめると、
「そう、戻ってきたのはたったの二人。そいつと俺の妹だけ。でもな、俺の妹、ライナは戻ってきた時にはとうに正気じゃなくなってたんだ!それなのに、どうしてそいつだけ五体満足でいられるんだ!?そいつだけ、どうして生きてるんだ?みんな、死んじまったのに。そいつがみんなを見殺しにしたんだ!!」
(・・・・・・ライ・・・ナ・・・。彼女はと・・・ても・・・・・・優秀・・・な・・・・・・SeeDだ・・・・・・った・・・・・・。どうし・・・・・・て・・・それ・・・が・・・わか・・・・・・る・・・?)
突然、スコールが顔を苦悶に歪め、その場に倒れ込んだ。
思考が入り乱れ、スコールは自分が立っているのか座っているのかさえ判らなくなっていた。そして頭痛は治まるどころかかえって激しくなっていった。
「スコール!?」
誰かが自分の名を呼んでいることに気づいていたが、それに応じる余裕はまるでなかった。
脳裏を錯綜する無数の記憶、そして感情。
爆音と硝煙の嵐のなか、背後に気を遣いながら戦場を駆け抜けていく自分。
(そう、あの任務はかなり危険だった。俺はそれを知っていた)
少女を背後に庇いながら敵と思しき人物と斬り結んでいる自分。
(敵は執拗に俺たちSeeDを狙ってきた)
降りしきる雨のなか、何かを必死に祈りながら天空を見上げる自分。
(あの時、みんなから離れた時、俺は確かに祈った。『みんなが無事であるように』と。でも・・・)
いくつもの光景が断片的に浮かんでは消えていった。
それにあわせて無数の記憶が心の奥底から甦ってくる。
(ああ、俺はSeeD以外の何者にもなれるなずが・・・ない。それが、自分で選んだ道・・・なんだ)
どれくらいの時間が過ぎたのか。
その場で頭を抱えるようにして蹲っていたスコールがゆらりと立ち上がった。
どれほどの激痛に耐えていたのか、明らかに血色の悪いその表情はあくまでも静穏で、若者を見つめる青灰色の瞳は澄み渡っていた。
(ああ、あんたの瞳の色は、彼女の色と同じだったんだ)
スコールはすっと若者に歩み寄った。
全身から立ちのぼる雰囲気に呑まれたのか、若者は椅子の上で居心地が悪そうに身じろぎする。
その態度に青灰色の瞳をゆっくり眇めたスコールは、若者に囁きかけた。
「あんた、俺がそんなに憎いのか?」
静かすぎるその声は感情が感じられなかった。
(あんたが俺の死を望むなら、俺はそれを叶えてやってもいい。でも、それは今じゃない)
若者は答えない。否、答えられなかった。目前に佇む人物の放つ気配に完全に圧倒されていた。
「俺はあの時、最善と思われる方法を選んだつもりだ。それをあの場にいなかった人間にとやかく言われる筋合いはない」
(そう、俺はSeeDとして最良の判断をした。それを彼女も判っているはずだ)
淡々と告げられる言葉は至極当然なことで、若者は言い返す言葉を上手く見つけられなかった。
スコールはすっと若者から視線を逸らし、背後に佇んでいるラグナを見つめた。
(こいつを殴って、もう気が済んだろう?)
その視線に気づいたラグナは何も言わず、肩を竦めて見せた。
「スコールはあの時、みんなから敵を引き離そうと、独り出ていったのよ。周囲を敵に囲まれてしまったから、スコールは少しでも脱出の機会を増やそうと、血路を開くためにみんなの許を離れたの」
(そう、俺はそのつもりだった。俺の力でみんなが助かることを必死に願っていた。なのに、戻ってこられたのは結局、俺一人だった)
若者の双眸が驚愕に見開かれた。
「そして、それが貴方の妹の命を救うことになったの。決してスコールが彼らを見捨てた訳ではないのよ。ただ、彼らには運がなかっただけ。責められるべきはスコールではないわ」
傭兵として自身の命を賭けたやりとりをしている以上、死の危険性は常につきまとう。
その死の影を払えるだけの運の強さを持たない人間から次々と姿を消していくのは、真理だった。
(俺が選んだ道は、血にまみれている。それでも、俺はその道を歩いていくだろう。多分、こうして何度も自分の生き方に疑問を感じながら。少しでも俺を心配してくれる人たちがいる限り、俺はこの道を歩んでいくだろう。SeeDとしての自分がいなくなる、その時まで・・・)
孤高の獅子を思わせる凛とした態度で、スコールはまっすぐ若者を見つめた。
END
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