〜FINAL FANTASY 7 Advent Children〜

【約 束】2

 

 その日、ユフィから緊急だという知らせが入った。
 それがせっぱ詰まった声にも関わらず、クラウドは懐かしいと素直に思ったものだった。
 北の大空洞で別れて以来、互いに街の復興や何やらで多忙を極めていた関係上、あれから数えるほどしか会っていなかったが、それでも仲間は仲間だった。
 詳しいことは無線では話せないが、兎に角何が何でもウータイまで来て欲しいというのが、ユフィからの言葉だった。電波状態の悪い通信だったが、何か不味いことが起こっているのはその口調から十分感じ取れる。ご丁寧にもクラウド一人で来てねと言い置き、少し不自然に通信は途絶えた。
 一瞬どうしようかと思案したクラウドは、隣りにいる連れへと視線を投げかけた。あれ以来、常に行動を共にしてきた仲間二人にとりあえず目線で問いかけるが、それはあくまでも別行動をこれからとることに対する許しを請うためのものでしかなかった。
 仲間が助けを求めてきてたのだ。これで動かない自分ではないことを二人は熟知しているはずだと、クラウドは思った。しかし視線をやれば、二人は何処か迷う視線を自分に送ってきている。
 それを不審に感じたクラウドは怪訝に首を傾げた。
 クラウドと一緒に通信を聞いていたティファの眉間にしわが寄っている。その隣ではバレットが太い腕を胸元で組み合わせて小難しい顔つきだ。
 何か問題があるのだろうかと無言のまま問いかければ、バレットが先に口を開いた。
「行くのは構わねえが、どうしておまえ一人でなんだ?」
不審そうに尋ねられてもそれに答える術がクラウドにあるはずもない。クラウドがユフィについて知っている情報はバレットやティファのそれと大差ないのだ。だから、
「さあ」
と言って肩を竦めることしかできなかった。しかしその瞳には強い光が宿っている。
「・・・でも、行くつもりなんだよね」
期待半分諦め半分という声音でティファがぽつり呟く。こんな目をしているときには何を言っても無駄だということをティファはよく知っていた。久方ぶりに見せるその顔に、こみ上げる嬉しさを隠せなかった。
 クラウドは微かに笑みを浮かべると、力強く頷いた。

 一旦行くと決まれば、後の出来事はあっという間だった。
 セブンスヘブンの2階にある自室に行き、しばらくの間納戸の奥にしまい込んでいた旅装や旅具を取り出し、使えるかどうか確かめ、ダメな物についてはティファやバレットの物を借り受けた。

 旅支度が完全に済んでから、クラウドはしばらくの間電話にかかりっきりになった。
 セブンスヘブンを開店して以来自分が担当している食材調達の仕事を、緊急事態とはいえしばらく放棄することになる。周囲に迷惑をかけることになる訳なのだが、出来るだけ打てる手は打っておこうと考えたクラウドは、電話を所有している得意先にすべて事情説明の電話をかけたのだ。
 幸いにももともと厚意からクラウドに食材を分けてくれている人ばかりだったから、簡単な事情説明だけで代理が向かうかもしれないことについて了承を得られた。
 それから机に向かい、同じ内容の手紙を何枚も書き上げた。クラウドが良く訪ねて行っている得意先は何も電話がある家だけではないのだ。そういう家に事情を説明しに行く時間は残念ながら今のクラウドにはない。だがこれさえあれば、そんな家に代理が向かった場合でもこちらの事情はある程度説明がつけられるだろう。
 そしてこれが一番肝心なことなのだが、調達に回っている得意先の場所が記された地図を作成しなければならなかった。
 クラウドはミッドガル近郊の、大きく引き延ばされた地図を机の上から探し出すと、それに家の所在やら特徴やら何が入手できるのかまで事細かに記していった。別紙にあらためて各得意先についての詳細を記すことも忘れない。
 てきぱきと次から次へと用件をかたしていくクラウドの姿を、ティファとバレットは呆れ顔で見つめていた。
 ここまで積極的に行動して回るクラウドを見るのは本当に久しぶりだった。こんな姿は北の大空洞目指して旅していた時以来かもしれない。クラウドはどこか生き生きとしていた。
 そんな二人の思いなど知らず、あらかた用件を済ませたクラウドは部屋の入り口で呆然としている二人に向き合った。
「ティファには悪いが、俺のいない間の食料調達はバレットに頼んでくれ」
言いながら、先程書き上げた手紙の入った封筒を見せる。
「得意先には俺から連絡をいれてあるから大丈夫。でも、電話がない家もあるから、そういった所へ行く場合にはこれを渡してくれ」
所在地等はこちらに書いておいたと、机に広げてある地図を指し示す。
 細かいことをするのが少々苦手なバレットは、苦虫を噛み潰したような顔になったが、それでもクラウドの役目を引き継ぐことを了承した。
「で、どうやってウータイまで行くんだ?」
 クラウドたちが現在暮らしているミッドガルエリアのある大陸から、ユフィの故郷であるウータイのある大陸まで行くためには海を越えなければならず、その海路はある程度ルートが決まってしまう。それもかなりの日数を必要とするものばかりなのだ。バイクで大陸を移動することを考慮に入れても、ユフィの言った『緊急』には間に合わない。
「シドに頼めればいいんだけど・・・」
ティファがぽつりと仲間の一人の名を挙げた。
 シド・ハイウインド。かつて共に北の大空洞を目指した旅で共に歩んだ仲間の一人である。その時、彼の元には飛空挺という移動手段があり、それに搭乗して世界を巡ったものだったが、最後の闘いの折にその飛空挺は脱出艇を残して大破していた。現在新しい飛空挺を建造中とのことだが、それが完成したという知らせは未だに届いていなかった。
 二人が何を心配しているのか納得したクラウドは苦笑を浮かべた。そして自分の考えを唇に上らせたのだった。
「チョコボファームに海チョコボを預けたままにしてある。それで行こうと思ってるんだ」
時間と手間のかかる、世界を半周分以上移動しなくてはならない西廻りでウータイに入るのではなく、海を越える手段さえ講じられれば海を一つ越えるだけでよい東廻りで入るつもりだと、言外に告げた。
 海チョコボは数いるチョコボのうちでも海や山といった難所を踏破できる能力を持つ特殊なチョコボで、以前クラウドは海チョコボの育成に力を入れていた時期があった。その時育成したかなり能力の高い雌チョコボを一羽、その時間借りさせて貰っていたチョコボファームにそのまま預けていたのである。そのチョコボファームは同じ大陸にあり、チョコボファームまではバイクで行ってしまえばあっという間の距離だった。
「じゃあ、行ってくる」
旅支度と行ってもそれほど日数をかけるつもりは最初からない。当座の食料に必要最低限の旅具を入れた革袋は実に軽くクラウドは片手にそれをひょいと持ち、毛布代わりにも使えるマントをひらり羽織るとセブンスヘブンを後にした。
 店の脇に停めてあるバイクに跨りエンジンを暖めていると、がたんと音をたてて店の入り口が開いた。振り返れば、小さな姿が目に入る。
「マリン・・・」
店を開いてから一緒に暮らすようになった少女が、何か言いたそうに店の入り口からクラウドを見つめていた。
 そう言えば彼女には何の挨拶もしていなかったと気づいたクラウドは、精一杯優しく微笑むと、
「行ってきます」
食材調達に行くときと何ら変わらない口調で告げた。
 マリンはちょっとはにかんだ笑みを見せて、こっくり頷いた。

 

 

 頑強な己の身体にものを言わせクラウドは先を急いだ。必要最低限の休息のみで急いだ結果、通常ならば一週間近くかかるところを、ユフィからの連絡が入って3日後にはウータイエリアに辿り着いていた。
 クラウドが上陸した場所は人里から遠く離れており、鬱蒼と森が茂っている。そしてその植相はクラウドが日頃馴染んでいるそれとは全く異なっていた。
 緑したたるという形容が相応しい濃厚な緑の香りを胸一杯吸い込む。久しぶりに目にしたそれに、クラウドは少々気分が明るくなっていた。
 ユフィの住むウータイまであと1日もかからない距離まで辿り着いたクラウドは、ここで一旦休息をいれることを選択した。いくら優秀な海チョコボといえど、主の望んだ強行軍にさすがに疲れの色が見えており、それを慮った結果である。
 チョコボの背に括りつけておいた革袋を下ろし、そのなかから水筒を取り出しベルトに括りつける。そしてチョコボからさらにハーネスを外して自由にさせてやった。
 労いの意味も籠めて軽くその身体を数回叩いてやると、チョコボは嬉しそうに一声啼き、クラウドの頬に自分のそれを擦りつけるようにして甘えた。しばらくそうしてじゃれていたが、やがてクラウドは名残惜しそうにしながら止めさせ、革袋の中からチョコボの餌をとりだし、与えた。
 ここ3日ばかりの間、走りながら餌を摂るということを強いられていたためか、目前に餌を置かれた途端、チョコボの目の色がはっきり変わった。
 一心不乱に餌を食べているチョコボをその場に置いたまま、クラウドは周囲の偵察もかねて散策に出かけていった。強行軍のお陰で水筒の中身が大分心許なくなっていたので、水の在処を確認しておこうという気もあった。
 鋭い聴覚を頼りに水の音を捜す。それを頼りにしばらく足を進めると、森の奥に突然開けた場所があり、そこに綺麗な水を満々と湛えた湖があった。
 クラウドの、人の気配に警戒したのか、周囲には動物の姿はない。しかしよく見れば、湖の周囲には動物の足跡が複数見受けられる。動物が利用しているならば大丈夫だろうと判断したクラウドは、湖の縁に膝をつき、湖面を覗き込んだ。
 透明度の高い湖は水の中が良く見通せる。人の手が及んでいないのだろう湖の中は、魚たちが優雅に泳ぎ回っていた。
 グローブを外し、湖へ手を差し入れる。ほどよい冷たさの水が、肌に心地よかった。
 両手で水を掬いとり、口元へ運びそれを嚥下する。ひんやりしたそれはクラウドの気分をすっきりさせた。
 口にしてからしばらく様子を見たが、特に何の問題も起きない。それを確認してから、クラウドは腰に括りつけておいた水筒を外し、水を汲んだ。そして海を渡ってきてすっかり塩塗れになっている顔や腕を簡単に洗うと、チョコボの待つ場所まで戻っていった。
 餌を十分摂って満足したのか、クラウドが戻ったときにはチョコボはその場に蹲り、羽の間に嘴を突っ込んで眠りに落ちていた。
 野営する場所をもう少し水場に近いところに移したいと思っていたが、そんなチョコボの様子に無理をさせすぎたかと苦笑を浮かべたクラウドは、結局この場所で一夜を過ごすことに決めたのだった。
 クラウドは戻ってくる道すがら拾い集めてきた枯れ枝で火をおこすと、簡単な夕飯にありついた。

 夜半過ぎ、ふと、クラウドは何かに呼ばれた様な気がして目を覚ました。
 薪の火はとっくに消えてしまっていて周囲は暗闇に包まれているが、その闇の中に自分とチョコボ以外の気配は何も感じられない。気のせいだったのかと思い、気を取り直して再び眠ろうとマントを身体にまき直そうとした左腕に、突然ずきっと痛みが走った。慌てて痛みを感じた二の腕に右手を当てるが、グローブ越しには特にこれといって異変は感じられない。痛みもそれ以上起こらず、クラウドは朝になってから確認すればいいと、あっさり眠気に意識を委ねそのまま寝付いてしまった。

 朝の光のなか、昨夜痛みを感じた部分には、ぽつりと小さな黒い黒子ができているだけだった。

 一晩十分な睡眠をとった一人と一羽は足取りも軽く、その日の昼時にウータイの町へと辿り着いたのだった。
 町中ということもあり、クラウドはチョコボから降りると、その手綱を手に歩き始めた。
 久しぶりに訪れたウータイの町は相変わらず異国情緒たっぷりの風景で、クラウドは思わず物珍しい視線を周囲に注ぎながら歩いてしまった。ユフィの住む家自体は以前訪れたときにしっかり覚えていたので、いくらよそ見をして歩いていても道に迷うことはなく、ほどなく辿り着いた。

 ユフィの家は町の中でもとりわけ大きい屋敷だった。
 彼女の父親であるゴドー氏はこのウータイの町を取り仕切る長の立場にある。また歴戦の強者ウータイの五強聖の一人でもあり、以前ウータイを訪れたときには色々な意味で世話になったクラウドだった。
 玄関先でついつい感慨に耽っていると、突然、ばたばたと家の中から慌ただしい足音が聞こえ、実に勢いよく玄関扉が開いた。
 状況について行けず、思わず身体を竦ませたクラウドの目前に、クラウドに強行軍を実行させた原因である少女がぽんと飛び出してきた。
 黒い瞳と視線があったと思った途端、少女、ユフィは一瞬ぎょっとした顔になった。
「クラウド?」
驚きに満ちたその声に、クラウドは強行軍をしてみせた成果が現れたかなと、微かに苦笑を浮かべた。
 驚愕から立ち直ったユフィは真剣な顔になると、何処かへ案内しようというのかぐいっとクラウドの手を引っ張り歩き出そうとした。その背中に、
「ユフィ!待つのだ!!」
父親であるゴドー氏のただならぬ剣幕の声がかけられる。しかし当の本人はそれを完璧に無視すると、少女らしからぬ力強さでクラウドの腕を引っ張った。これ以上話をしていられるかという態度である。
 事情がさっぱり掴めないでいるクラウドだったが、頭にきている女性に逆らうのは得策ではないことを経験上よく知っていたので、敢えて抵抗せずユフィの思い通り一緒に行くことに決めた。
 来訪の挨拶もせず立ち去ることに少々抵抗を感じて視線を投げれば、玄関口に佇むゴドー氏の姿があった。ゴドー氏のそれと交わったことを知ったクラウドは、苦笑いを浮かべたまま会釈をすることで挨拶に代えた。
 娘に良く似た漆黒の瞳に何か言いたげな光を宿したゴドーは、以前見た覚えのある青年の顔をじっと見つめ、現在自分たちが局面している事態に対して娘が誰に救援を求めたのか理解した。娘に引き摺られるままに立ち去っていく青年の会釈に気づき、重々しく頷くことで返礼に代えた。

 ユフィに連れられるまま足を進めていたクラウドだったが、ユフィの目指す方角がウータイの守護神であるダチャオ神が彫り込まれた山であることに気がつき、困惑した。以前訪れた時に散策したことがあるのだが、そちらには神像以外特に何もなかったはずなのだ。そんなところに自分を案内して一体どうしようというのだろう。
 主人の戸惑いを感じたチョコボが微かに鳴き声を上げた。
 それを聞き咎めたユフィはぴたっとその場に立ち止まり、
「チョコボ?」
実に不思議そうに呟きながら振り返り、クラウドの肩越しにチョコボのちょっと首を傾げきょとんとした顔を発見した。そしてクラウドの上に視線を戻す。
 やっとまともにこちらを見てくれた少女に向かってクラウドは、
「久しぶりだな、ユフィ」
微かに笑みを浮かべた。

 

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