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   「探したよ、我が愛し子よ。こんなところで迷っていたのか」

   「お……父さん、嘘。本物?」

   「本物だよ。触ってごらん。……そう、感触があるだろう? お前がいる場所は、生死の境目だ。


   このまま居続ければいずれは死出の道へと誘われてしまう。ほらよくごらん、道ができている」

   父の示す地面を見ると、自分の足元に道ができる。父が示す道は二つ。

   一つはとても暗く、今一つは白き道。行きやすいのは白き道。

   でも僕が行きたいのは、暗き道。そちらに向かうとどうしようもないほど足が重い。

   でも父に励まされ重い足取りで進む。ようやく5メートルぐらい進むと、思い出した。

   「……京一。野中京一。僕の恋人……あぁ、思い出した」

   思い出したのは、名前。進むごとに思い出してくる。無骨ながら長い指、温かで厚い胸板。

   スポーツで鍛えた長身で大きな肢体。美形じゃないけど、誠実な瞳と柔らかい笑みが特徴の

   優しい人。次々と思い出される。

   『過去の事はわかった。……葉月っ。俺は何ももってないし、お前のその写真立てに写っている

   人みたいに人間離れした美形じゃねぇ。普通の男だ。俺は嫁はあいつだけだと決めていた。

   それはあいつが死んでからも変わらねぇ。彰吾も母親を欲しがらなかった。

   俺たちは二人きりで5年間生きてきた。でも、俺はお前に惚れた。あいつを裏切ることになるが、

   それでも俺はお前が欲しい。愛しているんだ、葉月』

   優しい先輩だった。会社のこともいろいろ教えてもらった。彰吾も懐いてくれた。

   僕も京一に惚れていた。彰吾の事を考えると、一時の感情で頷いてはいけない。

   でも差し伸べられた手を振り払うには、あまりにも温かくて切ないほどの深い愛情に満ち溢れていた。

   手を取ってから一年、小さな出来事で喧嘩はあったけど僕達は家族になっていった。

   「そうか。そうやってお前は伴侶を得たか。伴侶も子供も幸せそうだ。……お前の幸せになったのだな」

   「はい。とても幸せです」

   思い出す度に闇に映し出される恋人との生活。満足気にそれらを見つめる父の笑顔に頷く。

   そしてここにきた事故を思い出した。三人で一緒に買い物に出かけたとき、野良猫がよたよたと

   横断歩道を渡ってきた。ちょうど青信号になったとき、彰吾がいち早く走り寄って猫を抱き上げると

   僕達も駆け寄り、猫の具合を確かめつつ、歩道を渡る。そこに信号無視の車が突っ込んできた。

   僕はとっさに彰吾と京一を突き飛ばし……そして撥ねられた。

   「京一と彰吾はどうしたんです? 無事だったんですか?」

   闇はなくなり、すでに辺り一面僕の思い出ばかりが広がっていた。

   質問に答えない父はある思い出を熱心に覗き込んでいた。

   「ふむ、よくよく可愛がられているようだ。しかし、子供がいるのなら、少し考えたほうがよかろう」

   「何、見てるんですかっ」

   「いやいや息子の夜の生活というものも気になってね」

   羞恥に真っ赤になりながら、どうしようもなくて父の胸元を掴みながら、必死に顔を背けさせた。

   朗らかな笑い声が聞こえ、額を小突かれた。ふいに浮遊感とともに、後ろに投げ出された。

   暗いトンネルへと真っ逆さまに落下していく。彰吾、京一っっ。





                      
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