Ghost Rider (Part 5)





Chapter 6 : The Loneliest Road In America

 ブリティッシュ・コロンビアからさらに南下して、アメリカに入国するのですが、その前に Alexの生地Fernieが近くだったので、立ちより、そこからAlexに絵葉書を出します。そこで Fernieの地ゆかりのGhost Rider伝説を知るわけですが、このあたりはVapor Trailsの 解説ページに書いたので、割愛します。

 国境越えに当たって、Neilには心配事がありました。旅行中、万一ファンに遭遇した場合の 隠れ蓑として、Anthemに頼んで、偽名のクレジットカードを作ってもらっていたからです。その仮の 名は、John Elwood Taylor。Neilのミドルネームと奥さんのラストネーム、それにもっともありふれた ファーストネームのJohnを加えて作り出した名前ですが、クレジットカードは、それでなんとか 作れても、パスポートまでその名前で行くわけには行かない。さらには義妹のジャネットさんに 頼んで安定剤の一種をもらっていたのですが、その処方箋も本名でなく、仮名になっている。
 アラスカでは入国審査は緩やかだったのですが、本土に入るには、それなりに審査も厳しいので、 その本名と仮名の食い違いを追求されたら、と言うことのようです。

 実際の国境越えでは、相手の検査官にいきなり「怪しい人」扱いされ、「シャツを捲り上げて、 武器を持っていないかどうか見せろ」、「指示があるまで、動くな」などと高飛車に命令された挙句、 タバコの持ちこみが規定より多いということで、2ドル40セント支払って、入国。これには、かなり Neilは気分を害したようで、「国境越えのファシスト」などと書いています。
 その余韻か、入国したあとのアメリカのホテルで会った人々、道路事情などにちょっと辛らつな 感想を書いています。

 翌日はGlacier国立公園へ。Glacier Park Lodgeに宿泊して、トレッキング。このあたりも 熊が出るというので、また歌って歩いて行き、初日は何事もなく過ぎました。2日目はあまり 天気が良くなかったにもかかわらず、1日目より険しく遠い道にチャレンジ。そこでも歌を歌って 歩きます。ところが奥まった道を歩いている時、真新しい熊の足跡と爪あと、糞を発見。 心なしか熊の体臭も漂ってくる。さすがにNeilは緊張し、不安になって、こぶし大の石を拾い上げます。
「戦わないで、やられるつもりはない」
 幸い熊そのものには会うことはなかったのですが、雨がひどくなってきたので、ホテルに戻り、 バーに腰を落ち着けます。そこで、壁に書かれていたReggie Leachの言葉を読むのです。
「成功とは、自然発生的に燃え上がった結果ではない。まず自分自身に火をつけなければ」
良いこと言うね、Reggie!、とNeil。(Reggie Leachは70年代のホッケー選手らしい)

 その日、熊とのニアミスを書いた絵葉書を、お祖父さんと、Geddyとに出すわけですが、 Geddyに手紙を出すのは、道中はじめて。それで、少し回想が入ります。以下引用。

「僕がつらい時期を過ごしている間ずっと、アレックスと同じように、ゲディもまた思いやり深く 誠実な友人でいてくれた。セレーナの死後、彼はずっと「嘆きの家」にいてくれ、あの恐ろしい日々の 最中に、はじめてジャッキーを笑わせてもくれた。同じように、たとえいくさじかのスープでも、 はじめてジャッキーに何かを食べさせてくれたのは、アレックスだった。ジャッキーが飲み下すこと さえ出来ないでいると、アレックスはこう言って、彼女を二度目に笑わせてくれた。
「ああ、かまわないよ――今なら、スーパーモデルになれるね!」
 ジャッキーと僕がロンドンにいた時、ゲディは町へ行く途中に僕らを訪ねてきて、僕が台所で (シェフ・エルウッドとして)料理している間、ジャッキーが彼と話したり笑ったり声が聞こえて きた。彼はジャッキーを連れ出してくれ、元気付けてくれた。少なくとも、その夕方の間だけは。
 24年間プロとして良い時も悪い時もともに来たラッシュのパートナーたち、ゲディもアレックスも 善良な心優しい友だ、そうはっきり思える。僕が「行くあてのない旅に出かける」とゲディに言った とき、彼はもし僕が必要としているなら、「いつでもどこでも、飛んでいくから」と言った。彼が 本気なのはわかっていたので、僕は心に留めておくと約束し、ノースダコダかアイオワあたりで、 彼の「レスキュー」訪問を仰ごうと考えてもいた。
ゲディへの絵葉書にも、僕はハイキングでのグリズリーのことを冗談めかして書いた。
「石を持って、グリズリーに一発食らわせてやろうと思ったんだ――すごいだろう!」
そしてそれは、僕が期待されている程度には上手くやっている、ということでもある。それは、 ジャッキーと僕がロンドンにいる時、どう過ごしているかという友たちからの問いに、いつも 答えていた言葉だ。
「期待されているくらいには、良いよ」
「何を期待されているか」、ということについては議論の余地があるにせよ、自分がやっていることに ついて、僕がそのように感じているのは事実であるし、それが、僕の赤ん坊の魂の状態でもあった。 僕の日中は光と暗黒、希望と絶望が交互に織り成す糸で編み上げられ続けていた。だが、夜はいつも、 たいがいは真っ暗で、「とり憑かれた」状態だった。
 僕はしばしば夜中の三時か四時ごろに目覚めてしまい、それから一時間ほどは眠られずに、じっと 暗い天井を見つめながら、辛い、辛い物思いに沈んでしまう。それが、中でも最悪の部分だ。この呪い は僕らがロンドンにいる間からだんだんひどくなっていっているようで、問題はどうも僕の胃にある らしい。痛みを感じることはなかったが、ちょっとした消化不良のような不快感を感じるのだ。 時にはどうして目がさめてしまうのかすらわからず、この苦しみを引き起こしているのがなんなのか、 その原因を知ることは出来なかった――贅沢な食べ物か、肉なのか、アルコールなのか、それとも 自分でノートに書いたように、「自分の体の強さを過信して、いろいろな無理をした反動なのか、 それとも近年ますますひどい人生になっていっているだけなのか」――良い質問だ。
 何はともあれ、僕がたどっているこの『癒しの道』において、状況は『一歩前に進んでは、 一歩戻っている』そんな感じだ。」

そこからしばらく、アメリカ国内、おもにロッキー山脈の周辺を回リ、モンタナ、アイダホ、 そしてグレート・ベースン(大盆地)を通って、オレゴンに抜けます。
 そこで、Test For Echoツアーでのことを思い出します。Gorgeでのコンサートが終わると、 Brutusさんの待っているバスに乗りこむ。この、終演後ダッシュでバスに乗り、速攻出て行く、 というパターンは、コンサート後の車の渋滞に捕まらないための自衛手段なのだそうです。
 Gorgeから次の公演地Boiseまで観光兼ツーリングをして、楽しく過ごした後でのBoiseのショウは 「ひどく不満足」だったといいます。

「運の悪いことに、その夜の僕は、ひどくまずいパフォーマンスをしてしまった。自分自身の基準に 鑑みてだが。ずいぶん長いこと一緒にプレイしてきたから、ゲディもアレックスも僕も、本当に ひどいショウはやったことがない。少なくとも、みんなが知る限りは、そうだと思う。だが、僕らは 自分たち自身の内部基準で判断しているし、その判定は非常に厳格にもなりえるのだ。僕のプレイは、 いいかげんでぎこちがなかったように感じ、ショウが終わってバスに駆け込む時、ひどく自己嫌悪を 感じたことを覚えている。
ラウンジのテーブルにかがみこみ、マカランのグラスを傾けながら、僕はブルータスに向かって その悲嘆の数々をあげつらった。ブルータスは言った。
「君は自分に対して辛く当たりすぎるよ、ニール」
僕は肩をすくめ、答えた。「これが仕事なのさ」
 ツアーの間中ずっとつけていた記録に、僕はこう書きこんだ。
『澱みなさもなし、グルーヴもなし。精神的にも肉体的にも。『リンボ』のイントロなんて、 まったく話にもならないひどさだった。他にもいろいろ、ぎこちなかった所がある。 肘がひりひりする。足の具合も悪くなっているようだ。まあ、いい』」

最後のコメントはかつての自分の愚かさを露呈しているな、と自嘲しつつ、それから一年半に、 くしくも同じ場所、Sun Valleyにやってきたことに、感慨を感じていたようです。
 そのあたりのハイキングや観光をしていると、いくつかの作家の記念碑や足跡が目にとまり、 読書家のNeilは彼らの上に思いをはせます。それから、ソルト・レーク・シティへ向かおうとします。

 たった一人で数週間旅をし、週末などは回りの賑やかな観光客の雑踏がひどく遠く感じて、 かつてのツーリング仲間であり無二の親友でもあるBrutusさんと、しばらく一緒にツーリングを したい気分になったのでしょう。Neilが連絡すると、Brutusさんは同行を快諾してくれましたが、 『今ちょっとやらなければならない仕事があるから、それが片付いたら』と言います。
 ホテルではブローカーたちがパーティをしていて、Neilの部屋は会場の隣、 バイク用の耳栓をして、ジャック・ロンドンの本を読みます。レストランでは、隣のテーブルに 座ったブローカーの話が聞こえてきて、それがまたくだらないものなので、退屈したとか。 その人が自分の娘にRhianonと名づけたときいて、Neilは思ったそうです。
『ふーん、自分の子にスティーヴィー・ニックスの曲名をつけたのか。何も言うまい(羨ましいね)』
(どうでもいい訳注:Rhianonはソロ名義でなく、Fleetwood Macでは?)

  ソルト・レイク・シティーのディーラーにバイクの整備をしてもらって、(Rushのツアー中に 一度訪れて、バイクの整備をしてもらったことがあり、ここが一番親切丁寧だったから、気に入った のだそうです)ネヴァダに向かいます。この道が「アメリカでもっとも寂しい道」――章タイトルは、 ここから来たのですね。寒く、荒涼として、何もない道を走りながらも、何処か心地よいものも 感じて、そこで写真を撮って、Renoへ。そこで自動車博物館を見学。(赤いフェラーリ166 MM  Berchettaもあったそうです)今は使われなくなったその車たち――Ghost Cars。

「失われた人たちを、思い出す。毎日、毎分、ずっと。昨日の朝も、僕がトロントに買った墓地に 立てるジャッキーとセレーナの墓標(記念碑)のデザインを決めるために、電話をかけた。 心浮き立つような仕事では、もちろんない。そう言う墓標が僕にとってなんの意味があるか、 自分自身がそこへ行きたくなるか、それはわからない。でも、やらなくてはならない。それは、 わかっている。自分のためにも、悲しむほかの人たちのためにも。なくなった人たちを、忘れない ために」

 ホテルの食堂で隣り合った年配夫婦と会話をし、彼らが結婚60年を迎えたことを知ると、 『悲しみの小さな針をさされた』――年をとって連れ添う夫婦は、失ったものを思い起こさせるの です。

 レノからカリフォルニアに抜けセント・ヘレナでBrutusさんに連絡をとろうとするのですが、 携帯は不通。自宅にメッセージを残し、連絡を待ちますが、不安が頭をもたげてきます。Brutusさんの 「仕事」というのが、ヤバげなものでるのを、うすうす知っていたからでした。
 そして、カリフォルニアのNapa Valley(カリフォルニアワインの産地)近辺に滞在しているとき、 Brutusさんの奥さんから電話が。Brutusさんが麻薬取引で警察に捕まった、と言う知らせでした。

 Neilはその知らせに悲しみと衝撃を受け、家族のためにできるだけのことをすると約束し、 Brutusさんの弁護士と、自分自身の弁護し、二人に協力を要請したほか、Brutusさんが刑務所に 入っている間、彼の家族の生活資金の援助も行ったそうです。
 もちろん、こうなった以上、一緒にツーリングなどできません。やはり一人で行くしかないのか ――Neilは新たな悲しみの中、思います。(カントリーソングの引用?)
 「僕のベビーは死に、妻も死に、飼い犬も死んで
  親友は刑務所に放りこまれた
  だから僕は、長い孤独な道を行く」
 その前に、実家で飼っていた犬が弱りすぎたので、安楽死させることにした、と言う連絡を 両親からもらっていたので、まさにこのとおりになってしまったわけです。しかも、「胃部の不快感」 を主治医に手紙で訴えたら、「それは潰瘍だろう」と言うことで、薬を処方されます。
 ただでさえ悲しい世界なのに、ますますひどい状態になっていく――そしてNeilは一人、 「アメリカで一番孤独な道」を旅していくのです。




Chapter 7 : Desert Solitare

 カリフォルニアからグレート・ベイスンを抜けて、ネヴァダへ。砂漠の中、旅は続きます。 義妹Deb一家に、ちょっと会おう、そのために、ネヴァダとユタを超えなければならない、と。
 Debさんは結婚前、Neil一家と10年ほど一緒に暮らしていたことがあり、Jackieさん、Selenaさん とも非常に仲が良かった。Jackieさんが息を引き取る時、Neilと共に、その手を取って看取ったのは、 Debさんであり、それゆえ、この義妹さんはNeilにとって、「もっとも自分に近い悲しみを共有している人」で あったわけです。
Debさんは夫と2歳の息子、それに愛犬と共に、やはり『傷心の旅』に出ており、大陸をRVで横断中で、 何処か途中でNeilと落ち合う予定でした。

 そこまでの長い道、砂漠の中を伸びる道を、バイクを走らせて行きます。しばしば、その想いは 刑務所にいる友の身の上に行きますが、弁護士の紹介と生活の援助以外、今はどうすることも できません、そうして何日か過ぎ、Nevada州Rachelで朝食をとっている時、Test For Echoツアーの ツーリングでこの近辺を訪れたことを思い出します。(ちなみにこのRachelという町は、「ET」が 名物なのだそうです。)

 当時、バンドは5日で大陸横断という日程だったため、NeilとBrutusさんもバイクで西へ。 途中Rachelを訪れた時、次の町Warm Springsまで燃料は持つだろうと、ここでは給油しないで行くので すが、途中、砂漠の道路で飛ばしすぎて、思ったより燃料を食う結果に。(空軍のジェット機に 低空飛行でからかわれて、ギョッとした、というおまけつき)Warm Springsに着いた時には、燃料は ゼロに近くなっていました。しかし、町は人の気がなく、ガソリンスタンドもみんな閉まっている らしい。Brutusさんが公衆電話の電話帳を繰って、あちこちのガソリンスタンドに電話をかけても 何処も出ないという始末。
 困り果てて、通りかかったトラックに、ガソリンを分けて欲しいと頼んだところ、あいにく ディーゼル。その車に乗っていた母娘が、「農場でガソリンを分けてくれるかも」と言うので、近くの 農場に行きます。が、しかしそこは誰もいない様子。しかし、タンクがある。匂いで、それがガソリン とわかったので、Brutusさん曰く「ここからちょっと頂いて、金を置いて行こう」
 Neilはさすがにビビりますが、他にどうしようもないことを悟り、必死で「まず最初にお金を置いて 行こう(ガソリンを入れるのは、それから)」と主張します。いまにも泥棒と間違われるのではない かとびくびくしながら、二人は2ガロンずつガソリンを入れ、20ドルと状況を説明した簡単なメモを 置いて、その農場を後にしたのです。
 その近くへ来たので、そんなBrutusさんとの愉快な(?)ツーリングの記憶が思い起こされてきた のでしょう。

 Utah州に入ったところで、Debさん一家と落ち合い、Vancouverで弟Dannyさんの一家と会ってから、 初めて知っている人に出会った、のだと悟り、とても嬉しいことだと感じます。知らない人は、 「ところで、ご家族はおありですか?」と、何気なく聞いてくる恐れがある。自分を知っている人 なら、気を使わず、会話が楽しめる、と。ことにDebさんはJackieさんとSelenaさんの喪失に対し、 自分に非常に近い悲しみを持ってくれる人であるだけに。

 Debさん一家がここに来たのは、DebさんのパートナーであるMarkさんのためでもありました。 非常なモータースポーツファンであるMarkさんのために、Las Vegasで、有名なバイク・レーサーで あるFreddie Spencerとともにサーキットを走る、というコースにDebさんは申しこんでいたのです。 そしてNeilも、一緒に行くことになります。
 翌日の夜、Utah州Zion国立公園内にあるZion Lodgeに泊まり、そこでLas Vegasでの経験を、 Brutusさんに手紙で書き送ります。これが旅に出て、Brutusさんあてに書いた初めての手紙ですが、 その後コンスタントに送りつづけることになります。
 Zionという地名から、『Digital Man』の歌詞を連想したので、こんな書き出しに。

「やあ、友よ。
 だいたい15年ほど前、僕がかつて知っていたある変人が、こんなロックソングの歌詞を書いた っけ。
 彼はシオンで一夜を過ごしたいと思っている
 彼は長いこと、バビロンにいたから
 それは今日の僕にとって、真実そのものさ。ラスヴェガスでのとてつもない混乱と下層都市社会の 喧騒の中で4日間過ごした後ではね。僕はとても、あの場所にいたい気分じゃなかった。昔はいつも、 あそこはそこそこ楽しい場所だと思っていたけれど(少なくとも、他の人と同じくらいにはね)、 でも車の群れや、ひっきりなしの喧騒、スロットマシンの鳴る音、太った醜い人々の群れ、お粗末な 食事とサーヴィス、安っぽいホテルの部屋――そのすべてに、気が狂いそうな気分だった。
今朝、やっとそこから脱出できて、恐ろしく嬉しかったよ。

 君も、シオンでの一夜を過ごしても構わないだろうと、ふと思えた。さっき言ったあの変わり者が、 こう書いたのは、君のためかもしれないね。
『何処にいたいと思う?――ここでないなら、何処でもいい』これも十分、真実じゃないかい?  違う? なんと言っていいか、何をしていいか、今回の場合、わからないのは僕のほうだけれど、僕が 辛い時、君がいい友達でいてくれたように、君の辛い今、僕も同じようにいい友達でいたい、真実、 そう思う。以前言った事があると思うけれど、あえて繰り返すよ。君ほど愛情深く献身的な友達は、 他に誰もいない。そして君の献身に報いる機会を与えられたことを、嬉しく思うよ。この感傷的で 真剣なムードから抜け出す前に、これだけは言っておきたい。君をこのとんでもない状況から救い出す ために、僕はできるだけのことをするし、君の家族に対しても、僕はできる限りの援助をするつもりだ ということを。僕がいる限り、君の家族は大丈夫だから。」

 この後、Las VegasでのFreddie Spencer主催のライディング・スクールでのこと、(自分は幸いにも コケなかったし、Markさんも大丈夫だった) 自分は潰瘍を患っていること(夕食は良かったが、 食べてから数時間に、いつも不快感に悩まされるetc)Salt Lake Cityで最後にBrutusさんと話して からの行程、以前そこを一緒に行った時の思い出、DebさんとMarkさんがよろしくと言っていたこと (やはりBrutusさんと友人関係にあるらしい)これからRushのクルーでもあるLiam Bartさんと 二人で、Santa FeにあるAlexの別荘に遊びに行く予定であること、等、かなり長文の手紙を 書いています。

 そしてBrutusさんへの手紙と小切手を郵送したあと、ロッジにもう一泊し、別の友人に手紙を 書きます。その人は、Mendelson Joe。Neilによると、「カナダ人画家、ミュージシャン、 モーターサイクリスト、素晴らしく風変わりな手紙の書き手、そして北の森に住みついている。 物理的にも哲学的にもスケールの大きな人で、熾烈な知性と揺るがない誠実さ、燃え立つような熱い 意見と、剃刀のようなユーモアセンスの持ち主で、ほとんどの(安っぽい)ヒューマニズムにたいして、 激しい軽侮を持っている。僕らは多くのことで意見が一致し、時には食い違うこともあるが、時折 沸き起こる刺激的な交流を楽しんでいる。」
(訳注:Mendelson Joeの音楽は、Rushファンには有名な某海外m○3サイトにて、2曲ほど聞けます。 ちなみに、Neilは参加してませんが、ベースはGeddy。"close friend"と記載されているそうなので、 Geddyのお友達でもあるのですね。バンドぐるみのお付き合いでしょうか。なおこの人、MFHの”Home  On A Strange”のモデルさんだという記述も、何処かで読んだ記憶があります。>チェンソー 抱えて眠る人)

 手紙には、食事の描写から始まって、この近隣の名所、景色、自分に襲いかかってきた悲劇から旅に 出るまで、その心境や旅のプロセス、Brutusさんのことなどが、ウィットに富んだ筆致でつづられて います。これも2日間にわたって書いた、かなり長文の手紙です。

 そのあと、Bruce Canyon 国立公園内のFairy Canyonにハイキングに行き、戻ってきて、 ビジターセンターで、Edward Abbeyの「Desert Solitare」と言う本を買います。(これが、章 タイトルのもと) この本に感銘を受けたNeilは、獄中のBrutusさんにも1冊送り、そして本の中に 書かれていた、Utah州Moabという町に興味を引かれて、そこを訪れることに決めます。そして、その町を 非常に気に入ります。
 MarkさんとDebさんとは、一回Las Vegasで別れたのですが、またこの近くを通る事を知り、 再び落ち合うことを決めます。そしてまた、Test For Echoツアーの終わりに、この近くで JackieさんとBrutusさんの奥さんGorgiaさんと落ち合い、(Brutusさんはもともと同行していたので) 4人で楽しくツーリングした時の記憶が蘇ってきて、切なく感じたようです。

10月24日の日記は、ユタから。MarkさんDebさんとは前夜会って、一緒に夕食をとった、ということ だけで、あとは行程の記述がほとんどです。その後、激しい雨の中をコロラド州に向けて移動し、 3日後の日記は、ユマからになっています。ここで、AnthemのShielaさんやBrutusさんの弁護士に 電話を入れ、バイクのオイルを交換し、それから博物館に出かけたことなどが、記されています。 その後、再びBrutusさんへ手紙を書きます。

手紙はかなり長いのですが、おもに行程報告が中心です。が、こんな記述も。
「前に話したかな――これが、最近僕が(想像上で)書いている本のタイトル――そして、僕自身 なんだ。「ゴースト・ライダー」文字どおりの意味でも、比ゆ的な意味でもね。僕は西部地方を 漂っている幽霊たちの存在を、ちょっとばかり感じ取っている。自分自身、何人かの亡霊を連れているしね。 (君もその一人だけれど、怒らないでくれよ!)そしてしばしば、僕は作家たちの亡霊が歩んだ 道のりをたどってきているようなんだ。ジャック・ロンドン、ヘミングウェイ、エドワード・アベイ、 パウエル大佐と言う人たちの。そしてテレグラフ・クリークのような、本物の生きている(それとも 死んでいる)ゴーストタウンさえも。(行ってきた) 時には、僕自身が現実のものじゃないという 気がするし、時には自分以外の世界が現実でないと感じる。どっちにしろ、僕はいつも、あらゆる人、 あらゆる場所から、分け隔たれているような気がするんだ」

 そして、時々湖畔の家に帰りたいと思うものの、クリスマスの頃までは帰らず、放浪の旅を続ける 決心だということを書いています。
 ハロウィーンの日に、Brutusさんへの手紙を書き上げ、(Happy Halloweenという挨拶つき) 今後の道程を考えます。いろいろ行って見たいところはある、でもとりあえず、Santa Feにある Alexの別荘に行こう、と。
 一緒に行くことになっているLiam BertさんはRushのデビュー当時からのクルーで、Neilに とっても、実務面で頼りになり、(LondonにJackieさんを連れて行った時も、グリーフ・カウン セリングに通った時も、実務面の処理をやってくれたのはLiamさん)なおかつ、「彼は僕が途方に くれ、寂しい時に会いたくなる人のうちの一人」だと言います。

「ヴァンクーヴァーでダニーとジャネットの家に滞在してから、ひさしぶりに、また誰かの家に いられるというのは、いろいろな意味で嬉しいことだ。2ヶ月間、見知らぬ人たちばかりの世界で、 モーテルやガソリンスタンドや、レストランをさまよった後、2人の親友たちと友にくつろげると いうことは。本物の暖炉や、アレックスの伝説的な料理、冒険の数々を語り合うこと、サンタフェ 近辺の探検や、バンデリア国立記念公園にあるアナサジ遺跡まで足を伸ばしたり、そして瀟洒な 客用寝室で、きれいなシーツと枕に眠れるということは。
 きっとそこを後にし、アレックスやリアムが彼らの生活や家族の中に帰っていく傍らで、僕はまた 一人旅を続ける、その時がきたら、僕はきっと避けられない「ビジター・シンドローム」に再び 襲われることだろう。でも、そこにいる間だけは、僕は仲間たちとの友情、良き友たちに思われて いるのだという、その暖かさに身をゆだねたいと思う」




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