Chapter 7 : Desert Solitare
カリフォルニアからグレート・ベイスンを抜けて、ネヴァダへ。砂漠の中、旅は続きます。
義妹Deb一家に、ちょっと会おう、そのために、ネヴァダとユタを超えなければならない、と。
Debさんは結婚前、Neil一家と10年ほど一緒に暮らしていたことがあり、Jackieさん、Selenaさん
とも非常に仲が良かった。Jackieさんが息を引き取る時、Neilと共に、その手を取って看取ったのは、
Debさんであり、それゆえ、この義妹さんはNeilにとって、「もっとも自分に近い悲しみを共有している人」で
あったわけです。
Debさんは夫と2歳の息子、それに愛犬と共に、やはり『傷心の旅』に出ており、大陸をRVで横断中で、
何処か途中でNeilと落ち合う予定でした。
そこまでの長い道、砂漠の中を伸びる道を、バイクを走らせて行きます。しばしば、その想いは
刑務所にいる友の身の上に行きますが、弁護士の紹介と生活の援助以外、今はどうすることも
できません、そうして何日か過ぎ、Nevada州Rachelで朝食をとっている時、Test For Echoツアーの
ツーリングでこの近辺を訪れたことを思い出します。(ちなみにこのRachelという町は、「ET」が
名物なのだそうです。)
当時、バンドは5日で大陸横断という日程だったため、NeilとBrutusさんもバイクで西へ。
途中Rachelを訪れた時、次の町Warm Springsまで燃料は持つだろうと、ここでは給油しないで行くので
すが、途中、砂漠の道路で飛ばしすぎて、思ったより燃料を食う結果に。(空軍のジェット機に
低空飛行でからかわれて、ギョッとした、というおまけつき)Warm Springsに着いた時には、燃料は
ゼロに近くなっていました。しかし、町は人の気がなく、ガソリンスタンドもみんな閉まっている
らしい。Brutusさんが公衆電話の電話帳を繰って、あちこちのガソリンスタンドに電話をかけても
何処も出ないという始末。
困り果てて、通りかかったトラックに、ガソリンを分けて欲しいと頼んだところ、あいにく
ディーゼル。その車に乗っていた母娘が、「農場でガソリンを分けてくれるかも」と言うので、近くの
農場に行きます。が、しかしそこは誰もいない様子。しかし、タンクがある。匂いで、それがガソリン
とわかったので、Brutusさん曰く「ここからちょっと頂いて、金を置いて行こう」
Neilはさすがにビビりますが、他にどうしようもないことを悟り、必死で「まず最初にお金を置いて
行こう(ガソリンを入れるのは、それから)」と主張します。いまにも泥棒と間違われるのではない
かとびくびくしながら、二人は2ガロンずつガソリンを入れ、20ドルと状況を説明した簡単なメモを
置いて、その農場を後にしたのです。
その近くへ来たので、そんなBrutusさんとの愉快な(?)ツーリングの記憶が思い起こされてきた
のでしょう。
Utah州に入ったところで、Debさん一家と落ち合い、Vancouverで弟Dannyさんの一家と会ってから、
初めて知っている人に出会った、のだと悟り、とても嬉しいことだと感じます。知らない人は、
「ところで、ご家族はおありですか?」と、何気なく聞いてくる恐れがある。自分を知っている人
なら、気を使わず、会話が楽しめる、と。ことにDebさんはJackieさんとSelenaさんの喪失に対し、
自分に非常に近い悲しみを持ってくれる人であるだけに。
Debさん一家がここに来たのは、DebさんのパートナーであるMarkさんのためでもありました。
非常なモータースポーツファンであるMarkさんのために、Las Vegasで、有名なバイク・レーサーで
あるFreddie Spencerとともにサーキットを走る、というコースにDebさんは申しこんでいたのです。
そしてNeilも、一緒に行くことになります。
翌日の夜、Utah州Zion国立公園内にあるZion Lodgeに泊まり、そこでLas Vegasでの経験を、
Brutusさんに手紙で書き送ります。これが旅に出て、Brutusさんあてに書いた初めての手紙ですが、
その後コンスタントに送りつづけることになります。
Zionという地名から、『Digital Man』の歌詞を連想したので、こんな書き出しに。
「やあ、友よ。
だいたい15年ほど前、僕がかつて知っていたある変人が、こんなロックソングの歌詞を書いた
っけ。
彼はシオンで一夜を過ごしたいと思っている
彼は長いこと、バビロンにいたから
それは今日の僕にとって、真実そのものさ。ラスヴェガスでのとてつもない混乱と下層都市社会の
喧騒の中で4日間過ごした後ではね。僕はとても、あの場所にいたい気分じゃなかった。昔はいつも、
あそこはそこそこ楽しい場所だと思っていたけれど(少なくとも、他の人と同じくらいにはね)、
でも車の群れや、ひっきりなしの喧騒、スロットマシンの鳴る音、太った醜い人々の群れ、お粗末な
食事とサーヴィス、安っぽいホテルの部屋――そのすべてに、気が狂いそうな気分だった。
今朝、やっとそこから脱出できて、恐ろしく嬉しかったよ。
君も、シオンでの一夜を過ごしても構わないだろうと、ふと思えた。さっき言ったあの変わり者が、
こう書いたのは、君のためかもしれないね。
『何処にいたいと思う?――ここでないなら、何処でもいい』これも十分、真実じゃないかい?
違う? なんと言っていいか、何をしていいか、今回の場合、わからないのは僕のほうだけれど、僕が
辛い時、君がいい友達でいてくれたように、君の辛い今、僕も同じようにいい友達でいたい、真実、
そう思う。以前言った事があると思うけれど、あえて繰り返すよ。君ほど愛情深く献身的な友達は、
他に誰もいない。そして君の献身に報いる機会を与えられたことを、嬉しく思うよ。この感傷的で
真剣なムードから抜け出す前に、これだけは言っておきたい。君をこのとんでもない状況から救い出す
ために、僕はできるだけのことをするし、君の家族に対しても、僕はできる限りの援助をするつもりだ
ということを。僕がいる限り、君の家族は大丈夫だから。」
この後、Las VegasでのFreddie Spencer主催のライディング・スクールでのこと、(自分は幸いにも
コケなかったし、Markさんも大丈夫だった) 自分は潰瘍を患っていること(夕食は良かったが、
食べてから数時間に、いつも不快感に悩まされるetc)Salt Lake Cityで最後にBrutusさんと話して
からの行程、以前そこを一緒に行った時の思い出、DebさんとMarkさんがよろしくと言っていたこと
(やはりBrutusさんと友人関係にあるらしい)これからRushのクルーでもあるLiam Bartさんと
二人で、Santa FeにあるAlexの別荘に遊びに行く予定であること、等、かなり長文の手紙を
書いています。
そしてBrutusさんへの手紙と小切手を郵送したあと、ロッジにもう一泊し、別の友人に手紙を
書きます。その人は、Mendelson Joe。Neilによると、「カナダ人画家、ミュージシャン、
モーターサイクリスト、素晴らしく風変わりな手紙の書き手、そして北の森に住みついている。
物理的にも哲学的にもスケールの大きな人で、熾烈な知性と揺るがない誠実さ、燃え立つような熱い
意見と、剃刀のようなユーモアセンスの持ち主で、ほとんどの(安っぽい)ヒューマニズムにたいして、
激しい軽侮を持っている。僕らは多くのことで意見が一致し、時には食い違うこともあるが、時折
沸き起こる刺激的な交流を楽しんでいる。」
(訳注:Mendelson Joeの音楽は、Rushファンには有名な某海外m○3サイトにて、2曲ほど聞けます。
ちなみに、Neilは参加してませんが、ベースはGeddy。"close friend"と記載されているそうなので、
Geddyのお友達でもあるのですね。バンドぐるみのお付き合いでしょうか。なおこの人、MFHの”Home
On A Strange”のモデルさんだという記述も、何処かで読んだ記憶があります。>チェンソー
抱えて眠る人)
手紙には、食事の描写から始まって、この近隣の名所、景色、自分に襲いかかってきた悲劇から旅に
出るまで、その心境や旅のプロセス、Brutusさんのことなどが、ウィットに富んだ筆致でつづられて
います。これも2日間にわたって書いた、かなり長文の手紙です。
そのあと、Bruce Canyon 国立公園内のFairy Canyonにハイキングに行き、戻ってきて、
ビジターセンターで、Edward Abbeyの「Desert Solitare」と言う本を買います。(これが、章
タイトルのもと) この本に感銘を受けたNeilは、獄中のBrutusさんにも1冊送り、そして本の中に
書かれていた、Utah州Moabという町に興味を引かれて、そこを訪れることに決めます。そして、その町を
非常に気に入ります。
MarkさんとDebさんとは、一回Las Vegasで別れたのですが、またこの近くを通る事を知り、
再び落ち合うことを決めます。そしてまた、Test For Echoツアーの終わりに、この近くで
JackieさんとBrutusさんの奥さんGorgiaさんと落ち合い、(Brutusさんはもともと同行していたので)
4人で楽しくツーリングした時の記憶が蘇ってきて、切なく感じたようです。
10月24日の日記は、ユタから。MarkさんDebさんとは前夜会って、一緒に夕食をとった、ということ
だけで、あとは行程の記述がほとんどです。その後、激しい雨の中をコロラド州に向けて移動し、
3日後の日記は、ユマからになっています。ここで、AnthemのShielaさんやBrutusさんの弁護士に
電話を入れ、バイクのオイルを交換し、それから博物館に出かけたことなどが、記されています。
その後、再びBrutusさんへ手紙を書きます。
手紙はかなり長いのですが、おもに行程報告が中心です。が、こんな記述も。
「前に話したかな――これが、最近僕が(想像上で)書いている本のタイトル――そして、僕自身
なんだ。「ゴースト・ライダー」文字どおりの意味でも、比ゆ的な意味でもね。僕は西部地方を
漂っている幽霊たちの存在を、ちょっとばかり感じ取っている。自分自身、何人かの亡霊を連れているしね。
(君もその一人だけれど、怒らないでくれよ!)そしてしばしば、僕は作家たちの亡霊が歩んだ
道のりをたどってきているようなんだ。ジャック・ロンドン、ヘミングウェイ、エドワード・アベイ、
パウエル大佐と言う人たちの。そしてテレグラフ・クリークのような、本物の生きている(それとも
死んでいる)ゴーストタウンさえも。(行ってきた) 時には、僕自身が現実のものじゃないという
気がするし、時には自分以外の世界が現実でないと感じる。どっちにしろ、僕はいつも、あらゆる人、
あらゆる場所から、分け隔たれているような気がするんだ」
そして、時々湖畔の家に帰りたいと思うものの、クリスマスの頃までは帰らず、放浪の旅を続ける
決心だということを書いています。
ハロウィーンの日に、Brutusさんへの手紙を書き上げ、(Happy Halloweenという挨拶つき)
今後の道程を考えます。いろいろ行って見たいところはある、でもとりあえず、Santa Feにある
Alexの別荘に行こう、と。
一緒に行くことになっているLiam BertさんはRushのデビュー当時からのクルーで、Neilに
とっても、実務面で頼りになり、(LondonにJackieさんを連れて行った時も、グリーフ・カウン
セリングに通った時も、実務面の処理をやってくれたのはLiamさん)なおかつ、「彼は僕が途方に
くれ、寂しい時に会いたくなる人のうちの一人」だと言います。
「ヴァンクーヴァーでダニーとジャネットの家に滞在してから、ひさしぶりに、また誰かの家に
いられるというのは、いろいろな意味で嬉しいことだ。2ヶ月間、見知らぬ人たちばかりの世界で、
モーテルやガソリンスタンドや、レストランをさまよった後、2人の親友たちと友にくつろげると
いうことは。本物の暖炉や、アレックスの伝説的な料理、冒険の数々を語り合うこと、サンタフェ
近辺の探検や、バンデリア国立記念公園にあるアナサジ遺跡まで足を伸ばしたり、そして瀟洒な
客用寝室で、きれいなシーツと枕に眠れるということは。
きっとそこを後にし、アレックスやリアムが彼らの生活や家族の中に帰っていく傍らで、僕はまた
一人旅を続ける、その時がきたら、僕はきっと避けられない「ビジター・シンドローム」に再び
襲われることだろう。でも、そこにいる間だけは、僕は仲間たちとの友情、良き友たちに思われて
いるのだという、その暖かさに身をゆだねたいと思う」
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